速水奨さんのライフワーク朗読会「The Reading Show」に内田夕夜さんと金月真美さんがゲスト参加！『陰陽師』安倍清明が、源博雅が、物の怪共が語りの妙で躍動する…！

　2017年3月11日、東京・浜離宮朝日ホール小ホールにて「速水奨朗読会 The Reading Show act.9」が開催されました。

　こちらは速水奨さんが2008年からライフワークとして続けている、夢枕獏先生の傑作伝奇小説『陰陽師』シリーズなどを“一人語り”で詠み聴かせる朗読会です。

　多人数で演じる朗読劇とは違い、一人の語り手が椅子に座ったまま、語りだけですべての登場人物（老若男女どころか、似たような年格好の男性数人の演じ分けなどもある）を表現し、地語りで観客を魑魅魍魎がばっこする世界に惹き込む。これは相応の技量なくしては舞台として成り立ちません。

　真に声優の力量を求められるこの朗読会に、今回は内田夕夜さんと金月真美さんがゲスト参加。以前の朗読会で速水さんが語った演目を、速水さんと同じ舞台で披露されました。

　夜の部で自身の朗読を終えた内田夕夜さんの、心の底からやりきったという表情に、どれほどの重圧のもとでこの朗読に挑んだかを伺うことができました。

＜演目＞
陰陽師「鬼小町」語り：速水奨（文春文庫『陰陽師飛天ノ巻』より）
奇譚草子「輪廻譚」語り：金月真美（文春文庫『奇譚草子』より）
陰陽師「天邪鬼」語り：内田夕夜（文春文庫『陰陽師飛天ノ巻』より）

開幕から40分を超える内田夕夜さんの一人語り！
　内田さんは自身のオフィシャルブログ「夕夜のブログ」にて、速水さんから朗読会への出演を誘われ、資料を受け取った昨年12月上旬から本番を迎えるまでの3ヶ月の奮闘を「私の朗読が出来るまで。」と題して綴られています。

　それを読めば、どれほどの覚悟でこの朗読に挑んだか窺い知れます。朗読会は2回公演で、昼の部では緊張して何も喋れなかったそうですが、夜の部でも朗読直前に速水さんに「どうですか？」と振られて「は？」と返してしまうほど、朗読に集中している様子。

　ただそこで会場に笑いが起こったことで、幾分気持ちが和らいだのか、「美味しいケーキを前にしている気分ですね。食べたら終わってしまう。でも食べる！という感じです」と、苦心して作り上げた「天邪鬼」の、これが最後となる朗読への意気込みを語りました。

　『陰陽師』の物語は、平安時代の陰陽師・安倍晴明のもとに、貴族で管弦の名手の源博雅がやってくる場面から始まるのが恒例です。しかし様々なメディアで慣れ親しんだこのシーンが、“一人語り”となればこれだけでも、地語り、晴明、博雅の3役となります。

　武門の博雅は若干熱く、清明は常に冷静で知的と、同じような年格好の男性でも性格が違うため、2人のキャラクターははっきりしています。しかし、落ち着いた口調の地語りと清明では、使う声のトーンや熱量もほぼ同じ。それでも、僅かな首の動きや抑揚、間の取り方で地語り、晴明、博雅の輪郭が見えてくる。内田さんが作り上げた『陰陽師』の世界に、みるみる会場中が引き込まれていきます。

　「天邪鬼」は、仏師・玄徳が齢千年の檜から四天王像を彫っている最中に、広目天が踏みしめる木彫りの邪鬼が消失。その頃、峠で人の言うことの逆ばかりする童子が悪さをする怪異が起こる、という物語です。クライマックスでは童子が鬼に変化し、清明に襲いかかるところを、清明が真言で調伏し、木彫りの邪鬼に戻すというシーンが描かれます。

　内田さんの、得体の知れない童子から鬼に変わっていく語りの不気味さに、激しいギター演奏、効果音、照明効果が合わさると、SFX映像などなくても平安京の退魔スペクタクルが目の前で繰り広げられているようでした。

　朗読を終えた内田さんは、すべてをやりきった安堵の顔で客席に降り、観客と共に以降の朗読を楽しむことにします。

金月真美さんが生み出す異国情緒と女性の艶やかさ
　続いては金月真美さんの朗読による「輪廻譚」。京からインドへと舞台が移ります。
　伴奏もギターから、インドの弦楽器シタール風音色のキーボード演奏に変わりましたが、これだけで会場にインド感が充満するのが“朗読＝音のエンターテイメント”の強みでしょう。

　「輪廻譚」は、仏陀になる前のシッダールタが遭遇した輪廻現象を描く物語です。

　シッダールタが森の中で出逢った不思議な3人は、緑地に赤い模様の衣の老人、色黒の青年、白と薄紅色の衣の美女。3人は親子とのことだが、なぜか老人の父親が青年だという。聞けば、3人は前世で親子関係にあり、現世でようやく再会できたものの、明朝には老人が青年を殺さなければならないカルマを持つらしい。

　翌朝、シッダールタは腐朽した老木が倒れ、周囲に赤い花が散って、黒い犬が下敷きになって死んでいる様を見る。そこには白と薄紅色の羽の蝶が舞っていた。昨晩、青年が鍛冶屋の子に生まれ変わると聞いていたシッダールタは、その子を訪ね、赤い花のついた老木の枝を胸に抱かせた。すると蝶がシッダールタの唇に止まり、昨晩味わった甘い酒の香りを残して空に消えていった。

　不思議な余韻を残すお話で、金月さんが演じる蝶の美女の可憐さが印象的でした。
　速水さんの朗読会に女性がゲスト出演するのは初めてですが、女性が演じる唯一の女性役、紅一点の魅力とはこういうものかと改めて感じました。

　朗読を終えた金月さんは、先程の内田さんと同様に「終わっちゃったわ……」という心持ちだったそうです。そこにこれから大トリの朗読に挑む速水さんが現れ、「金月さんの語り終えた達成感と、これから語る僕の心細さの表情の違いがとても感じられます」と羨ましそうにこぼすと、金月さんも「あら速水さん、まだなの？」とからかい、会場も笑いに包まれました。

鬼と化した小町の切なさ、小町に取り憑いた深草少将の情念を、速水奨さんが能語りで表現！
　最後は再び『陰陽師』の世界へ。
　「鬼小町」はそのなんとも切ない読後感から『陰陽師』でも人気の一篇で、速水さんも朗読会で語るのは3回目。いかに語り甲斐のある物語なのかが伺えます。

　その名の通り小野小町を題材にした「小町物」で、絶世の美女として浮名を流した小町が、老いさらばえ、醜くなるにつれて誰からも相手にされなくなる悲哀が描かれます。

　せめてもう一夜の恋との未練を残して孤独死し、成仏できず、ついには鬼と成り果てた老婆小町。しかも彼女には、小町への恋慕から百夜通いまでしたものの、とうとう振り向いてはもらえなかった深草少将が、やはり鬼と化して取り憑いていた。どれほど小町が拒んでも、決して離れようとしない深草少将。今や鬼となって一体化したふたつの魂魄を救うことは、晴明にもできなかった……。

　小町の口から、老婆のしわがれ声、美しさの盛りにあった頃の艶声、深草少将の怨霊の声が代わる代わるに飛び出し、罵り合う様子は、まさしく化生の物。『古今和歌集』の小町の歌として知られる「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」が吟じられ、清明が老婆の素性に気付くシーンでは、この場に小野小町が降臨したかのような荘厳さを感じました。
　そして圧巻は能語り。深草少将の小町を想い続ける心が、能の朗々とした台詞回しで語られると、会場中が幽玄の世界に惹き込まれました。

　1時間という大ボリュームの朗読の中で、美と醜、愛と憎、男と女を演じ切った速水さんには、いまだ心酔している会場中から惜しみない拍手が贈られました。

語りの極意は「トチらんは、つまらん」!?
　最後は3人でフリートーク。大役を務め終え、ほっとした心境を語り合います。

　軽い話題でひとしきり笑った後は、公演日となった「3月11日」についても触れました。
　内田さんは、3月11日という日本中が忘れられない日に、この公演によってプラスの想い出を作ることができたことが嬉しかったそうです。

　金月さんは当時、「芝居とかいらないんじゃないのかな」とまで思ったそうですが、3月11日にこうしたことを行うことで「あの日を忘れはしないけれど、何か前に進んでいくということも大事なのかな」と、改めて本公演の意義を噛みしめていました。

　速水さんは「僕たちは言葉を介してみなさんに想いをお届けすることしかできない職業ですから、僕らができることをしっかりやっていきたい」と、自分たちの役割について述べられました。

　さらには朗読会を続ける速水さんが、朗読に大切なこととして「“読む”ことと“語りかける”ことは違う作業で、乱暴な言い方をすると、トチってもいいんじゃないかなと（笑）」と爆弾発言！　笑いが巻き起こった客席に、「そういった意味ではありません！　勇気ある戦いをした上で、ちょっと傷を負うことはいいんじゃないかと！　前を向いた傷はいいと思うんですよね」と懸命に取り繕います。

　それを受けて内田さんも、稽古中に速水さんから「攻めないでトチらんは、つまらん」という指導を受けて「ダジャレかい！」と思ったものの、その言葉を胸に攻めの姿勢で行ったと語りました。
　また速水さんは観客にも心得として、「あそこをトチったとかは記憶の彼方に追いやって、聴き終えた最後の気持ちを大切にしてくださいね。記憶の編集とか、そういう話じゃないですよ！」と再び取り繕い、和やかな雰囲気の中で朗読会を締めました。