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映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』片渕須直監督インタビュー

「すずさんにカメラをずーっと向けっぱなし」で作られた映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』|片渕須直監督インタビューで語られたアニメへの提案と多様性

こうの史代先生の漫画を原作とした劇場アニメ『この世界の片隅に』。昭和19年に広島から呉に18歳で嫁いだ主人公・すずが自分の役割に思い悩むさまや奮闘と、戦時下でのリアルな生活描写などが話題を呼び、63館の小規模公開でのスタートながら、国内外で数々の賞を受賞しました。

2016年11月の公開から、1133日間もスクリーンで上映され続けた本作をベースに、250枚を超えるカットを新たに描き加え、新しい物語として生まれ変わった映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が2019年12月20日(金)より公開されています。

アニメイトタイムズは、『この世界の片隅に』に引き続き監督・脚本を務めた片渕須直氏にインタビューを実施。主人公・すずを取り巻く人びとの交流に、よりフォーカスしたという作品の魅力はもちろん、細谷佳正さん、小野大輔さんら豪華声優陣起用についてのエピソード、アニメーション業界、映画業界の変化といった興味深いお話がたっぷりと語られました。

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目次

映画の観方、映画館の在り方が変わってきている

――映画『この世界の片隅に』は公開日数が1000日を超える超ロングラン上映となりました。監督から見てヒットの理由はどういったところにあると思いますか。

片渕須直監督(以下、片渕):ひとつは何回観ても新しい発見がある映画として作り上げることが出来たということ。もうひとつは、「映画館に行くのは面白いな」と思ってくださる方が増えた、ということですね。

ただ映画を観るだけなら、今は配信やDVDなどでもできますよね。でも、もっと違う映画の観方、違う体験ができる場所として、映画館という存在が見えてきている気がして。

スクリーンの大きさ、音響の設備などはならではのものがあります。つきつめると僕らができるのは映像と音を作ることだけでしかないのですが、そこに大きな空間を感じてもらえるのが映画館という場所です。

それから、映画館は、同じ映画のために集う場所みたいになっている。ライブ感みたいなものが現れてきているわけなんですよ。そこへ行くと仲間がいるというか、映画館側の人たちまでが仲間になってきている。それが新しい映画館の位置づけなんじゃないかな、と思いますね。

『この世界の片隅に』を1035日間の長い間上映してくださったのが、土浦セントラルシネマズさんなんですけど、すごい量のファンアートが飾ってありますよ。

 

――自発的にそういった動きがあったんですね。

片渕:そうです。ファンの人と映画館の方とで相談してやってくださったみたいで。前の『マイマイ新子と千年の魔法』(※1)の時は、僕らが映画館側と一生懸命相談してたんですけど、今回はファンの人がそういうのを作り上げるようになっていて、僕らほとんど出る幕が無い感じです。いっそう“集う場所”という感じになっていますね。


※1:芥川賞作家・髙樹のぶ子先生の自伝的小説『マイマイ新子』を原作とした劇場アニメ。2009年公開。約80ヶ所のシネコン、ミニシアター、野外上映などで1年近くのロングラン上映を果たし、海外の映画祭でも公開されるなど、片渕監督の代表作のひとつとして知られる作品。


――SNSの影響も強いように感じます。

片渕:強いかもしれないですね。僕らは、自分たちが作り上げた映画について、どんなふうに感想を抱いてもらっているのかを、直接知ることが出来る。多くの場合、心強いです。お客さんたち同士も横につながって。

――社会に閉塞感がある中で、監督の作品のような映画が、消費者の横のつながりを強めていったんですね。

片渕:僕のだけじゃないですよ。『ガルパン』(※2)とかもみんなそうじゃないですか。


※2:『ガールズ&パンツァー』。2012年にスタートしたアクタス制作のオリジナルアニメ。「戦車道」と呼ばれる戦車を用いた武道が一般化した世界を舞台に、主人公・西住みほら県立大洗女子学園の面々が、戦車道全国大会出場を目指し奮闘するさまを描く。TVシリーズ、劇場版を経て、2017年より公開がスタートした劇場アニメ『ガールズ&パンツァー最終章』で更なる盛り上がりを見せている。


――確かに! 『ガルパン』の爆音上映などは、まさにそうですね。

片渕:そうなんですよ。映画館で観ることの新しい楽しみが生まれたんです。映画はテレビができてから娯楽の王座の位置を奪われ、ずーっと負け戦だったんだけど、ここにきて新しい立場に立ち始めた、という感じですね。

こういった上映スタイルは、シネコンさんもそうなんですが、そうじゃないところ、町中で頑張って生き残っているような小さい映画館なんかのほうが、実はフットワークが軽くてやりやすいんところもありますし。

土浦セントラルシネマズさんなんて、東日本大震災で4つあったスクリーンが2つ壊れたままなんですよ。『ブレードランナー』に出てくる廃墟みたいなところが残ってしまってるのですけど、「じゃあそこを全部展示に使っちゃおうぜ」みたいな話になるんですよね。

ところが、シネコンさんはシネコンさんで、やはりそういう支配人さんがいらっしゃったりするんですよ。ある劇場でびっくりするくらい巨大な展示物を独自に作ってくださっていて。(配給の)東京テアトルさんが「うち、あんな宣伝材料出した覚えないのに勝手に作っていただいてます」なんて言っていて(笑)。

で、聞いてみたら支配人さんが、(原作者の)こうの史代さんのファンだったのだとか。

――映画は、海外ではマス受けのものが主流な気がしますが、そういったものとは逆の流れになってきているのは、日本独自の流れなのでしょうか。

片渕:これがそうでもなくて。フランスでシネコンじゃない映画館20数館を集まってひとつの映画祭をやるということで、以前『マイマイ新子と千年の魔法』のフィルム1セットと一緒にそこへ出かけて、ずっと車で持って回って、舞台挨拶とQ&Aを20何か所でやってきた、なんてこともありました。

そういう風に、せっかく今まであった映画館がただ傍らに追いやられていくのを待つだけでなく、何かできるんじゃないかな、したいな、という思いは世界のあちこちでも抱かれてるんじゃないかなと思います。

――なるほど。世界的な潮流なのかもしれませんね。

片渕:とまではまだいえないのだとは思いますが、そういう風になっていってくれたらいいですね。

 

「すずさんってどういう人なんだろう?」をさまざまな角度から

――『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が作られるようになった経緯を改めて聞かせてください。

片渕:『この世界の片隅に』はどちらかというと、戦争の中にある生活を中心に描いていて。それを営む人としてのすずさんが描かれる。そのことで、戦争という時代が得体の知れないものじゃなくて、自分もそこにいたらどう感じるんだろう? みたいな、タイムマシン感覚でその場所に行って体験する、というような体験型の映画だったんですよ。

今回は、じゃあすずさんって本当はどういう人なんだろう? というのをもっと別の角度から眺めてみましょう、という感じですね。

すずさんという人を、より一人の人間として、その心の中をのぞいているみたいな。すずさんは、実は「自分は、やっぱりここにいていいのかな」「ひょっとしたらいないほうがいいのかな」「いるんだとしたら何か意味があるのかな」といったことを考えながら生きていた。それって今の我々も変わりませんよね。

今の僕たちと等しい心を、70年以上前の若い女の人が持っていたんだな、というところを感じ取れるように、という作品ですね。

例えば、リンさんという人のことについては、よく、周作さんをめぐる三角関係という風に言われてしまうのですけれど。(すずを演じた)のんちゃんの理解がはちょっと違ってました。

「リンさんは、すずさんに初めて絵を描いてと頼んだ人、唯一の人だ」って言っていて。確かに他にいないんですよ。すずさんが自分から絵を描いたことは何度かあるんですが、「わたしのために絵を描いて」と頼んでくれたのはリンさんだけだった。そこですずさんが抱く気持ちは、「周作さんを取られてしまう」ということよりも、「リンさんを取られてしまう」というものなのではないかと言っていて。

それって「私ってここにいていいの?」という問いそのものなんですよね。リンさんとの関係って男女の三角関係ではなく、現代的なアイデンティティに関することなんです。そう考えると、昔生きていた人たちと私たちってイコールなんだな、というのを魂とか心の中の問題として感じることができるのが、今回の映画の試みですね。

 

2016年の映画『この世界の片隅に』では、すずさんという人をいかに実在の人のように感じてもらえるかということについて、彼女が営む生活の部分、さらには周りの世界の全体像の存在感で作り上げることを目的にしていました。そうした中で、義理の姉・径子さんとの関係で、すずさんが歩み道のりを見せたかったんです。その場合には、リンさんを描くことは少し脇道であり過ぎた。

でも、そうした映画を達成できたのちである今回は、前とは違う新しいやり方で、すずさんを描いていけるんじゃないかな、と思いました。すでにすずさんを見ていたのとは違う角度からの視線で。

なおかつ、今のアニメーションの主人公って高校生くらいが多いですよね。実は、すずさんだって18歳なんですよ。

ちょうど高校卒業前の年齢の2月くらいに、いきなり嫁に行かなきゃいけなくなって、そこから20歳くらいまでの期間を描いた作品です。今アニメーションを好んで観てくれる年齢層のみなさんとそう変わらない歳で、心の中にあるものもそう変わらないんですよね。

でもそれは、あんな中、戦争が周りにある中にあってしまう。特に後半は死というものが近づいてきます。リンさんも途中まではピンク色の着物なのに、後半は黒い服になって現れて、「自分たちが死ぬときは……」という話をし始める。

私たちとそう変わらない人たちなのに、急に死というものを必然のように語り始める、その意味するところを感じてもらえれば、と思います。

――監督は、その世界にあるものを定点観測して、それをフィルムに収めていく、作品とそうやって触れあっているように感じました。

片渕:そうですね。前作はその時代のドキュメンタリーを取るという感じで。今作はすずさんの横顔にカメラをずーっと向けっぱなしというか(笑)。

――(笑)。それでいて監督の見ているものとしては同じポジションということですね。

片渕:まあ、そうですね。すずさんを実在する人として見つめる、という前提でやってますね。だからこそ、看板のような一枚板のキャラクターなのではなくて、多面性を持った人格として捉えることが出来る。

 

本当なら4時間バージョンも制作できる!?

――前作は戦争を含めたドラマとしては完成されたもののように感じます。それでもあえていくつものシーンが追加されたのだと思いますが、違和感などは感じませんでしたか。原作の残り部分を入れているということでもあるとは思いますが。

片渕:違う要素がどんどん入ってくると、当然別の映画になっていきます。単純に映画が長くなるのではなく。前作と同じ材料を使ってまったく別の映画を作ろう、という気持ちで臨みました。追加シーンは、実はけっこう万遍なく存在しています。それらが、2016年の映画から引続き存在している場面の意味合いにまで影響して、全体が違う意味合いになってゆく。

――制作する中で、原作にもない、新しい展開というのは選択肢にはあったのでしょうか。

片渕:本当はね、4時間くらい作れるんですよ(笑)。例えば、この前広島のワークショップで「みんな、径子さんが旦那さんと知り合った年齢に気づいてますか?」って言ったんです。

径子さんのお父さんが軍縮条約で失業して、それが1930年。で、そのあと満州事変で軍事費が出たので再就職して。その再就職のお祝いの時計を買いに行ったときに時計屋の若旦那と知り合ったっていう話なんですよね。

それが原作に書いてあって。その時の径子さんの年齢が15、6歳。15、6の頃の径子さんの青春だって書けるわけですね。

――確かに書けます……! あんなモダンガールになった経緯なんかも知りたいですね。

片渕:しかもモダンガールなんだけど、あれ少し古い大正時代っぽい服を着てるから、古着かもしれない。お父さんがいっぺん失業してるのに、モダンガールやってるっていうのは、学校も行かないで職について、自分で稼いで古着買って、それを15、6でやっている。

そこから時計屋の若旦那と出会って、たぶん向こうの親からは気に入られてなくて。ケンカしながらとかやりながら生きてきているわけでしょ。もうそれだけで十分いっぱい書けるじゃないですか(笑)。

それぐらい、こうの史代さんの『この世界の片隅に』って漫画はいろいろなものが潜められていて、なおかつ、それらが歴史的な事実の経緯とも関連して存在してるので、全部その裏や外側があることばっかりなんですよ。そこに直接書いてないことも、実は我々にはまだ見えてないだけで、現実と照らし合わせると、どんどん世界が広がってゆく。そんなふうに読者が読み取ることを待ってる漫画なんですよね。

僕らの映画というのは、そのちょっとした読解例であったりします。ここにある行間って実はこういうものなんだなって思いながら足したシーンもありますし。でも、もっともっと広げてゆける。ひたすら行間がいっぱいある原作なので。

――4時間バージョンもぜひ、見てみたいです。

片渕:4時間あればTVシリーズ1クール分になるんですよね。一番最初、10年前くらいに考えた時には、まず2時間の映画を作ってから、その次に、TVシリーズ1クール分に発展させられないか、と思ってました。今はもう体力的に無理です。もう僕38分足すのに、2年半くらいかかってしまっているので、4時間は無理だなと(笑)。

映画として作るにしても、前後編で映画作ったらどうか、と提案してくれた人もいました。その場合、1本1時間半ずつとしても、合計3時間になる。今より長いんですよ。でも仮にそうすると、ぼけぼけっとしながら生活するすずさんがいて、リンさんの問題で自分のアイデンティティについて考え始めて、そこで前編が終わっちゃうんですよ。

そして、後編は、ひたすら空襲や原爆をくぐり抜けていくすずさんを描くことになる。前編と後編でまるで別の映画になってしまう。ぼけぼけっとしながら日常生活を送るすずさんが、悩みに陥り、さらに戦争の災禍の中に放り込まれる。同じ人の上に起こった一連の出来事として一回で観ることに意味があるのであって。

なので、少なくとも最初は、ちゃんと一本の映画として提示しないと意味がないからやめましょうって言いました。

でも、生活のディテールとか季節の変化とか、もっと描けることはあるんですよね。今でも、4時間分くらいは簡単に思い浮かべられます。思い浮かべるだけならば。

――監督の中に世界が存在していて、今でも並行して動き続けているんですね。

片渕:自分のの中に世界が存在して、っていっても、でもそれって、本当にあった世界がどんなものなのか調べて、理解していったもののことです。それとこうのさんの漫画を照らし合わせると、物語の方が現実の中にはみ出していって、様々に広がってゆく。

こうのさんも本当にあった世界の年表を作って、その上に出来事を貼り付けてストーリーを作っておられたんですね。そもそも、本当にあった世界を理解して、その中にすずさんを置いたのが、こうのさんの原作だったわけです。同じようにすれば、さらにもっとイメージできるわけなんですよね。

――そういった手法は映画の制作においては、普通のことなのでしょうか。物語やドラマ、メッセージがあって、そこから設定が後でくるイメージがあるのですが。

片渕:一般的でなかったとしても、そうした方法はあってよいと思います。自分で次に作る作品も同じような作り方を選ぼうと思っています。

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