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- 藤崎萌恵
- 大阪府在住のライター。小説、漫画、アニメ、映画など“好き”を追い続ける。

天界を震撼させた事件として語らずにはいられないのが、天界五師のうちの3人、風師・地師・水師をめぐる因縁。
半月関で風師・師青玄と一緒にいた人物が地師・明儀であることが判明しましたが、師青玄が明儀に「君の一番の親友」と発言していることからも、師青玄と明儀の関係は良好だと思われました。
明儀に関しては複数の秘密が重ねられており、彼の言動には何度か怪しい描写も。一度疑惑を晴らしつつ、明儀の正体をめぐる真相へと繋いでいく道筋は実に見事なものでした。
驚くべきは「明儀」がなりすましであり、その目的が他でもない風水二師への復讐であったこと。水師・師無渡が、弟である師青玄と「明儀」こと賀玄の命格をすり替えた罪は決して許されるものではなく、骨の髄まで刻み込まれた賀玄の恨みと憎しみが消えることはありません。師青玄自身に罪はなくとも、何も知らずに飛昇して輝かしい道を歩んできたとなれば、一層忌々しいというのも頷けます。
しかし賀玄は2人に恐ろしい選択肢を提示しつつ、師無渡のことは抹殺しても、師青玄の命は奪わなかった。冷酷に振る舞いながらも、彼に生き延びる道を与えた。
賀玄が明儀になりすましている間、おそらく最も身近にいたのが師青玄。これはもう師青玄に対する情であるとしか思えず、ここに師青玄と賀玄の関係性の味わい深さが膨らみます。
後に謝憐と花城に協力して人陣に尽力していた際、師青玄に法力を貸して風師扇を渡した偽の花城は、おそらく彼だったのでしょう。あの素っ気ない態度と口調はまさしく。
花城がこの世から離れたくない理由は、心から愛する人がこの世にまだ残っているから。賀玄がこの世に留まっているのなら、今の彼にとっての心残りは師青玄だと考えられます。
永遠に自分の前に姿を見せるなと忠告しながらも、賀玄は人界にいる師青玄のことをどこかで見ているはず。放っておけなくて気にかけて、手を差し伸べたり助けたり、これまでもきっとそういうことがたくさんあったから、師青玄も彼を慕っていたのだと思います。
もともとは飛昇するには及ばなかった師青玄でしたが、“風師”として矜持を持ち、天界の悪しき風潮に異議を唱える人格者であることも確か。賀玄は激しい憎悪の感情を交えながらも、そんな師青玄のことを誰よりも評価していたのではないでしょうか。壊れたはずの風師扇を渡したのは、彼が“風師”であったことを認めた証なのではないでしょうか。あれこれ考えずにはいられないほど、私も虜になってしまったわけです。
本人の知らぬところで根付いていた憎悪の念といえば、引玉と権一真についても言及したいのですが、こちらの2人の関係性にも心を抉られ、同時に惹かれるものがあります。“非凡”な才能を持つ者には“凡人”の気持ちは理解できず、これが引玉と権一真の関係を悪化させていました。
師兄である引玉をはるかに超えていく権一真に、屈辱を受ける引玉の気持ちを察することなどできず。面倒事を起こす上に、悪気なく付き纏う権一真に、引玉はもう本気で関わりたくなかったのです。引玉の優しさは彼自身を追い詰めていました。
思考が混乱を極めていたとはいえ「頼むから死んでくれないか」という言葉が飛び出したのは、引玉の我慢がとっくに限界を超えていたから。権一真は師兄のことが大好きなのですが……。
とはいえ引玉の能力は、総合的に見ると権一真より劣っていると一概には言えません。花城が「下弦月使」としてそばに置いているのも、引玉の有能さを認めている証。存在感が薄く控えめであることも含めて重用していたように見えます。彼は貶謫されても道を踏み外すことなく、最期まで己の信念を貫きました。
死に際に後悔と本音を漏らす引玉に、「大丈夫、全部些細なことですから」と言葉をかけていた謝憐。この世でもう何百年も生きれば、そんなことは本当に取るに足らないことだと諭して、自分は傷つけてきた人を皆殺しにしようとしたと明かします。そんな自分でも図々しく生きてきたのだと。
「最後にあなたは何もしないことを選んだ、それこそが一番大事なことじゃありませんか」
この言葉は謝憐自身にも言えること。謝憐が肯定してくれたことで、引玉の罪の意識は浄化したのではないでしょうか。“全部些細なこと”だという言葉も、謝憐が語ると説得力が増します。
「人は上に向かえば神となり、下に向かえば鬼となる」という言葉がありましたが、かつて梅念卿はそれは誤りだとして、「上に向かおうとも下に向かおうとも、人はやはり人なのです」と謝憐に告げていました。
おそらく謝憐はとっくにこれを悟っていて、「私がなりたかったのは神」だと言い残す引玉に「本当はこの世に神様なんて存在しない」と語りかけていました。神官も人であり、失敗したり間違えたり、時に憎悪を抱いたりするもの。神も人によって救われることがあり、誰も彼も完璧ではないのです。
引玉の死を惜しんでいたところ、なんと復活を匂わせる描写がありました。ひとつは、謝憐の言うことをきかない権一真に、花城が「正しい魂の修復方法は教われないと思え」と告げている場面。もうひとつは外伝にて、花城に報告する鬼の面を被った黒衣の人物が登場していることと、その人物の存在感が極めて薄いこと。
これらの匂わせにより、引玉の魂は修復され、以前のように花城のもとで仕えているのだという希望が出てきました。権一真の手によって蘇ることを引玉が喜ぶのかどうかは置いといて、彼が謝憐の言葉を覚えているのなら、矜持を持ち続けられるのではないでしょうか。
思えば仙楽国は上天庭の上位神官3人と絶境鬼王1人を生み出すという偉業をなしており、近絶に位置付けられる青鬼戚容も謝憐の従兄弟という意外な繋がりが。風信と慕情が登場すると妙な安心感があり、元気いっぱいに罵り合っていると笑みが溢れます。
昔は慕情が情報を知らせに戻り、風信が残って謝憐を手伝う役目を担っていました。八百年経ってもその名残りが見え隠れしていますが、今は謝憐の隣にいるのは花城で、風信が一抹の寂しさを覚えているようにも思えます。
謝憐が花城に全信頼を寄せていくことに安堵しながらも、風信や慕情のことを思うと私まで少し寂しくなっていたのですが、通天橋でわちゃわちゃする仙楽三人組の姿に泣けてきてしまいました。どれだけ苦しかった日々も、時が経てば笑い話にできる。彼らには八百年の間に失ったものもあれば得たものもあり、変わりゆくものもあれば変わらないものもあるのです。
あの頃の慕情は謝憐のもとを見限って去ったわけではなく、自分が天界に戻れば彼らを助けられると思ったのでしょう。だけど慕情は何も言わずに去るものだから、関係が拗れてしまいます。何かにつけて自分は疑われているのではないかという疑心暗鬼が消えず卑屈になってしまいますが、八百年経って謝憐と腹を割って話せて、憑き物が落ちたような気がします。
風信は離れざるを得ない状況であったとはいえ、最後まで仕えることが出来なかったことで、侍徒としての無念さや罪悪感が滲み出ていました。実のところ謝憐は、自分が道を踏み外しても、どんな姿に変わり果ててしまっても、風信はそばに残ってくれるかもしれないと期待を持っていたのです。風信は謝憐にとって一番忠実な侍徒であり親友であり、彼が去るかもしれないと恐れるくらいには、大きな存在だったと言えます。
そう、風信は最後まで残った侍従であり、花城はたった1人残った最後の信徒。それぞれ謝憐に最も忠実に仕えていたのですが、2人の大きな違いをひとつ挙げるなら、花城はたとえ道を踏み外す行為であっても謝憐のしたいようにさせるということ。謝憐が何をしようと尊重し、自分はそばで支えるということを徹底しています。
時は流れ、風信と慕情はそれぞれ飛昇して上天庭の神官に。謝憐が3度目の飛昇を果たしたときは安堵と、過去の経験から不安もあったはず。人面疫や白無相の名前が出ると、すぐさま事の重大さに思い至るほど彼らの心に落とした影は重いものでした。
口では文句を言ったり皮肉を言ったりしながらも、謝憐に何かあったとなれば真っ先にやって来るのが風信と慕情。とりわけ謝憐のことになると、考えるより先に体が動いてしまうんですね。花城が天界に謝憐を攫いに来たときには、必死になって守ろうとしていました。
風信と慕情は相容れない性格で昔から仲違いしていますが、今も任務で顔を合わせることが多いのか息はぴったり。お互いを知り尽くし、言葉がなくとも意思疎通できる仲。あれこれ騒ぎながらも仕事となると瞬時に切り替えて、阿吽の呼吸で殿下をお守りする姿はやはり感慨深いものがあります。
『天官賜福』をはじめ、墨香銅臭先生が生み出すキャラクターはとても魅力的。キャラクターたちが世界中で愛されている理由は、美麗なビジュアルはもちろん、彼らの人生にもあります。その人の生まれた境遇、歩んだ道、信念、才能、性格、人間関係、その全てを投影した言葉や行動だからこそ物語への没入感が増し、我々は彼らの虜になってしまうわけです。
菩薺観では2人の絶境鬼王のギャップも楽しめるのですが、皿を洗う血雨探花、供物卓に突っ伏して気を失う黒水沈舟といった、なんとも言えない光景を巧みに生み出しています。青鬼戚容は自身より格上の花城に対して、恐れを抱きながらも尊大な言動を繰り返していますが、謝憐の料理を難なく食する花城を見て「さすが絶!」と感嘆しているのは、泣くに泣けず、笑うに笑えない。
そして、やはりみんな大好きな神官と言えば、裴茗ではないでしょうか。裴茗も雨師篁との確執や裴宿の流刑など苦い事情を抱えているのですが、彼はどこにいてもどんな状況においても裴茗なんですよね。彼からは百戦錬磨という獰猛かつ甘美な匂いと、ずば抜けた生命力の強さを感じます。
謝憐と花城の“法力の受け渡し”という名の口づけを見せつけられた神官や鬼たちの反応も興味深いもので、それぞれのキャラクターらしさが集結していて、何度も反芻したいほど愉快で心をくすぐってきます。
激しく喚き散らす戚容、絶句して驚愕する風信と慕情、「ほぅ」と観察するように声を漏らす裴茗、頭の中で処理できない権一真……上天庭の神官と絶境鬼王の親密な接触は目撃した者を震撼させ、梅念卿は謝憐のお相手について難色を示して説教し始めました。
小説を読み進めるにつれて、1巻に無数の伏線が緻密に敷き詰められていたことに気づかされ、本編ラストに向けての怒涛の回収劇に興奮を覚えました。謝憐が関わった事件には何重にも仕掛けが施され、これらは独立したものではなくて全て地続きに。
与君山・半月関・鬼市・黒水鬼蜮・銅炉山……謝憐が任務や依頼で向かった先では、上天庭の神官たちの過去や罪までも暴かれ、天界に甚大な影響を与えることに。五師のうち3人が同時に不在になるなんて、誰が想像できたでしょう。
読者の想像力を掻き立てつつ、そのさらに奥深い場所へと潜り込み、全てのピースを巧みに繋げながら思わぬ真相を突きつけるのです。どのようにプロットが作られているのか、入り組んだストーリー進行と同時に、珠玉の愛を見事に描き出しています。
謝憐は「重要なのは“君”であって“どういう”君なのかじゃない」と告げており、花城もまた「重要なのは“あなた”であって“どういう”あなたなのかじゃない」と伝え、「どんなことがあっても俺は離れたりしない」と誓っていました。花城にとっては謝憐がこの世に存在することが希望であり、これほど深い愛を私は知らなくて、宝物を見つけたような気がして、この本に出会えてよかったと今も噛み締めています。
花城が永遠の恋に落ちた八百年前の上元節。そして同じ上元節に、彼は謝憐のもとへと帰ってきました。物語の着地も本当に美しく、それでいてこれが終着点ではなく、謝憐と花城の愛は永遠であると信じさせてくれるのです。