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- わたなべみきこ
- 出産を機にライターになる。『シャーマンキング』『鋼の錬金術師』『アイドリッシュセブン』と好きなジャンルは様々。

突然ですが、みなさんお風呂は好きですか? 朝晩が肌寒くなってきた今日この頃……温かいお湯にゆったり浸かりたくなってきた方も多いのではないでしょうか。
本稿でご紹介するのは、そんなお風呂のような漫画『おかえり水平線』。渡部大羊先生によって2025年3月からマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」にて連載が始まり、先日「次にくるマンガ大賞 2026」Webマンガ部門で第1位に輝いた注目作品です。
マンガ賞受賞を機に本作を知った方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。本作を連載開始時から愛読している筆者としては、今こそぜひ多くの方に読んでほしいという思いが日に日に強まるばかり。
そこで、本作の推しポイントを語らせていただきたいと思います。舞台は小さな銭湯のある海辺の街。お風呂で温まった後のような気持ちの良い読後感を1人でも多くの方に体感していただきたいです。
※本稿にはネタバレ要素が含まれます。
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主人公の柿内遼馬(かきうちりょうま)は、祖父の経営する銭湯「柿の湯」をこよなく愛する15歳。両親はおらず祖父と2人暮らしで、40年前から地元民に愛される銭湯を積極的に手伝い、いっしょに切り盛りしています。
高校では友達を作ることもせず、授業が終われば真っ直ぐ帰宅して銭湯の仕事をし、番台に座る……遼馬にとって「柿の湯」こそが何にも代えがたい最高のオアシスなのです。
そんな日々を送っていたある日、見慣れないシティボーイが銭湯を訪れ「この人、ここにいない?」とスマホの写真を遼馬に見せてきました。そこに写っていたのは今は亡き遼馬の父。
遼馬が戸惑いながら父との関係を訊ねると「この人はオレの父親だ」と。その少年は柴崎玲臣(しばさきれお)、歳は15歳。遼馬の父の不倫相手の子で、奔放な母親が蒸発してしまい、頼れる親戚もおらず困り果てた末に父を訪ねてやってきたのでした。
しかし、頼みの綱だった父は既に他界。祖父は玲臣を引き取るかどうかの判断を遼馬に委ねます。突然現れた異母兄弟に複雑な気持ちの遼馬でしたが、悩んだ末に玲臣を迎え入れることを決意。こうして同級生の異母兄弟のほろ苦い共同生活が始まったのでした。
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— 渡部大羊『おかえり水平線』4巻発売中 (@oknhtj) March 30, 2025
身ひとつで「柿の湯」を訪ねてきた玲臣。遼馬にとっては台風の目とも言える玲臣ですが、彼自身も傷を抱えた少年です。
彼の母親は夜はほとんど家におらず、玲臣はいつも一人で菓子パンか買ってきた弁当を食べる生活。母方の親戚は母親ごと玲臣のことを嫌っており、母親がいなくなってしまった玲臣は本当に柿内家以外に頼るところがなかったのです。15歳の子どもにとってそれがどんなに心細いことか……。
そんな環境で育ってきたにもかかわらず、優しく謙虚な玲臣は遼馬や祖父と囲んだ食卓や大切にされている銭湯を見て、柿内家の形を自分が崩してしまったのでは、と一度は身を引こうとします。彼自身は何も悪くないどころか、身勝手な大人の一番の被害者であるというのに。
柿内家とはもう関わらないつもりで家を出たものの行く宛てはなく、海岸で途方に暮れていたところを遼馬に発見され、柿内家に身を寄せることになりました。「行くとこないんやったらうちに来ーや」遼馬のこの一言が玲臣にとってどんなに救いになったことでしょう。
心に寂しさを抱えたまま柿内家で暮らし始めた玲臣は、家族の温かさに少しずつ癒されていきます。帰ってきたら「おかえり」と言ってくれる人がいること、たくさんのおかずが並ぶ食卓を家族と一緒に囲めること……そんな些細なことに温められる玲臣の心。
祖父・勝臣(かつおみ)は、そんな玲臣のことをよく理解しており、いい意味でちゃんと子供として扱っています。苦しんでいれば抱きしめ、しんどい思いをした日の夜ごはんには好物を用意してあげる勝臣。
私は、食事は居場所の象徴だと思っているのですが、玲臣の分の食事が用意されている柿内家はまさに彼にとって初めてできた居場所。ましてや、好物が用意されるなんてその最たるものだと思うのです。
また、玲臣は「居候させてもらってるんだから銭湯の手伝いをしなければ」と思っているのですが、勝臣や遼馬は一切そんなことを思っておらず、「手伝ってくれるなら有難いけど、やりたくないならやらなくてもいい」というスタンス。
柿内家は自分が対価を払わずとも無条件で受け入れられる場所。これまで居場所がなかった玲臣にとって、これ以上の安心感はないでしょう。
自分の居場所があることや受け入れられていることを実感するたびに、言葉を詰まらせ、時には瞳を潤ませる玲臣。そんな彼を見るたびに、私の心もギュッと切ない温かさを感じるのです。
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クラスメイトの秋野は眼鏡をかけた地味な女子。秋野は自宅の給湯器が壊れたことをきっかけに「柿の湯」に訪れ、お風呂の気持ちよさと銭湯の居心地の良さを気に入り、度々足を運ぶようになります。
彼女は仕事と恋に忙しい母と2人暮らし。母がほとんど家に帰らないため、秋野は家に帰るといつもひとりぼっち。彼女も玲臣と同様、家に居場所がない子どもなのです。
彼女が初めて銭湯に入った時、常連のおばあちゃんから「おやすみなさい」と声をかけられ、少し戸惑いながらも嬉しそうにするシーンがあるのですが、いつも家で1人の彼女はおやすみを言う相手もいないのだな……とチリッと心が痛みます。
足繁く通ううちに遼馬や玲臣とも打ち解けていき、弱音を吐き出したり折り合いの悪い母との関係を打ち明けたりと少し特別な友達に。すっかり「柿の湯」が居場所になった秋野はただお風呂に入るだけでなく、母の彼氏と鉢合わせしたくないときの避難場所としても足を運ぶようになります。
遼馬と玲臣も彼女には心を許しているところがあり、いっしょに住んでいることを唯一打ち明けています。異母兄弟であることまでは伝えていませんが、何か事情があることを秋野も察しており、他のクラスメイトに同居していることがバレそうになると秋野がフォローするなど、「柿の湯」を介した3人の絆を感じます。
また、とある事情から学校ではあまり人と関わらないよう過ごしていた秋野ですが、遼馬達との関わりが遠因となり、少しずつ変化を見せるように。彼女が勇気を必要とする場面も出てくるのですが、そのときにも自分の事情を知っている遼馬や玲臣が心強い存在となっているのも「柿の湯」で築いた関係があってこそ。
閉ざした心が銭湯の温かさをきっかけに少しずつ開かれ、彼女が今まで見せなかった柔らかい表情を見せる瞬間はこちらも顔が綻んでしまいます。彼女のさらなる成長や変化も本作の注目ポイントのひとつです。
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— 渡部大羊『おかえり水平線』4巻発売中 (@oknhtj) November 9, 2025
主人公である遼馬はかなり我が道を行くタイプの高校生です。銭湯至上主義とも言うべきか、「柿の湯」を愛しすぎているがゆえにクラスメイトとの交流も必要に感じておらず、物語序盤はクラスで孤立していました。
本人が望んでそうしており、周囲からの目も気にしない性格であるため、本人は何とも思っていませんでしたが、同じクラスに転入してきた玲臣は一人ぼっちの彼を見てヒヤヒヤ。
そんな遼馬でしたがグループでの課外学習に貢献したことでクラスメイトたちの見る目が変わり、さらに文化祭でクラス劇の脚本を手掛けたことで一目置かれるようになります。
一方の遼馬自身も、そうしてクラス劇を作っていく中でクラスメイトと過ごす良さにも気付き、銭湯を中心に回っていた彼の世界も広がりを見せるように。卒業したら銭湯を継ぐ気満々の遼馬でしたが、銭湯の外の世界を知り、その気持ちにも少しばかり変化が訪れます。
高校生ならではの視野の広がる展開っていいですよね……私の大好物です。銭湯至上主義だった遼馬がどんな道に進むのか、楽しみでしかたありません。
玲臣の視点で見ると独りぼっちだった自分を柿内家が受け入れてくれたという構図なのですが、柿内家も玲臣に与えるばかりの立場ではありません。
詳細は明らかになっていないのですが、遼馬の母は彼が幼い頃に家を出てしまっており、その後父と祖母が順に他界し、家族は減っていくばかり。それからおよそ10年間、柿内家は祖父と遼馬の男二人暮らしでした。
そこへやってきた玲臣。柿内家は久しぶりに家族が増えたのです。はじめこそ、都会的な玲臣の風貌に違和感を覚えていた遼馬でしたが、生活を共にし始めるとすぐに玲臣と打ち解け、兄弟ゲンカもするように。
当人たちはちゃんと本気で怒っているのですが、第三者から見れば“ケンカするほど仲が良い”ということわざそのもの。互いを思いあっているからこその衝突であり、ムキになってつっけんどんな態度を取り続ける二人を見ていると、不思議と微笑ましい気持ちになります。
ところが、玲臣は柿内家に居心地の良さを感じながらも、自分の出自に今も苦しみ続け、家族の一員だと思うことができません。一方の遼馬は、玲臣を「家族」だとはっきり口にし、苦しみを抱える兄弟に何をしてあげられるのか頭を悩ませる日々。
互いの思いがすれ違う異母兄弟。いつか思いが通じ合い、玲臣が堂々と「柿内家の家族」を名乗れる日が来ることを願わずにはいられません。
我が道を行くブレない遼馬、心の傷を抱えながらも優しい人柄の玲臣、トラウマから少しずつ解放されていく秋野──どの子もそれぞれの魅力に溢れたキャラクターなのですが、私の最推しは祖父の勝臣です。
柿内勝臣は「柿の湯」の主人であり、遼馬を幼い頃から男手ひとつで育ててきた齢73歳のおじいさん。この勝臣さん(あえて敬称を付けます)が本当に格好良い大人なのです。
例えば、玲臣を引き取る際のこと。玲臣の言うように遼馬の父が不倫して作った子であることが事実であれば、柿内家が彼の面倒を見るのが道理であると遼馬に話しつつも、「嫌やったら嫌って言ってもええねんで」と同じ年である孫の気持ちも尊重します。
「じいちゃんはそれでいいの…?」と問う遼馬に「あの時分の子供はみんな孫に見える」「けどずっと育ててきたお前の方が大事や」と返すのです。
遼馬の気持ちを無視して玲臣を引き取ることをしないだけでなく、「引き取らんでもやりようはある」と、もし遼馬が嫌だと言った場合でも、玲臣をそのまま放り出すことはせず何かしらの支援はしてあげるつもりだったことがうかがえるのが勝臣さんの素晴らしいところ。
遼馬の気持ちを尊重したうえで、大人である自分が責任を取ると言っており、大人としての腹が据わっているところが格好良いのです。遼馬が玲臣を引き取るという選択ができたのも、祖父が自分のことも変わらず大切にしてくれるという安心感があったからだと思います。
そして、玲臣を引き取ってからは長年育ててきた遼馬と分け隔てなく接し、二人の孫を同じように可愛がる勝臣さん。親からの愛情に飢えている玲臣は勝臣さんからの愛情を受け取るたびに噛み締めていて、そんなシーンを見るたびに「勝臣さんありがとう……!」と私は目を潤ませてしまいます。
また、将来は銭湯を継ぐと積極的に家業を手伝う遼馬のことも「後継ちゃう 本人がやりたい言うから今はやらせとるだけや」と常々言っており、15歳の孫を銭湯に縛り付けることはしません。そんなところも非常に格好良い。私も勝臣さんのような大人になるべく、年を重ねていこうと思います。
父親の不倫を発端とする異母兄弟の物語というテーマとしては重みのあるものながら、柔らかい絵のタッチや静かに進む物語から、読んだ後には温もりと爽やかさが感じられる『おかえり水平線』。
その読後感はまるで銭湯でゆっくりお湯に浸かった後のよう。寒くなる今からの時期にぴったりの作品ではないでしょうか。
また、ストーリーとはあまり関係ないのですが、私が注目してほしいのが遼馬が着ているオリジナルのTシャツ。「銭湯開始」「湯るがぬいし」「渡る石鹸は鬼ばかり」などの文字が印字されており、そのユニークさにいつも笑いがこぼれます。
本作は「少年ジャンプ+」にて連載中で、コミックスは第4巻まで発売されています(2026年10月現在)。さらに、安田陸矢さん(柿内遼馬役)と島﨑信長さん(柴崎玲臣役)によるボイスコミックもYouTubeで公開中です。魅力あふれる本作にぜひとも触れてみてください!