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紗久楽さわ先生が江戸のBLを解説する『百と卍』イベントレポート

『百と卍』原作者・紗久楽さわ先生がわかりやすく解説! トークイベント「百と卍と、お江戸とBL」で学ぶ江戸時代のBL講座

江戸時代後期を舞台に、元陰間(※1)と伊達男の愛とその日暮らしの生活を描いたBL漫画『百と卍』。2017年2月に待望の第1巻が発売され、繊細かつ艶めかしい描写はもちろんのこと、当時の人々の生活などもリアルに描かれている本作に、多くのBL好き、歴史好きが夢中になっています!

そんな本作第1巻発売を記念して、2017年5月21日には書店・書泉グランデにて、作者の紗久楽さわ先生をお招きしてのトークイベント「百と卍と、お江戸とBL」が開催されました! 当日は、コミックの帯で「もう、二人を見守る障子になりたい…」の名言を残している担当編集の方も登壇。江戸時代の男色についてや当時の風俗、紗久楽先生ご自身についてなど、熱く語ってくれました。

ここでは、そんなトークイベントの模様をレポート。BL好きはもちろん、歴史好きの方もぜひご覧ください。


(※1)陰間(かげま):江戸時代に売春を行っていた男娼。男女ともに客をとるが、主な客層は、僧侶や武士など男性が多かった。

歴史好きになるには「推しメン」を探せ!

第1巻の反響があり、紗久楽先生自身も『百と卍』についてもっと語りたいといことで実現したという今回のイベント。担当編集の方と登壇し、あいさつと自己紹介を済ませた紗久楽先生は、まず最初にご自身のことについて語ってくれました。

江戸時代が大好きで、当時の文化などにも非常に詳しい紗久楽先生が、そもそも江戸時代を好きになったのは、高校時代に放送されていた大河ドラマ『新選組!』(※2)がきっかけ。ドラマにハマった先生はそこから浮世絵など、徐々に江戸文化へと触手を伸ばしていき、杉浦日向子さん(※3)の漫画で陰間の存在を知ったそうです。

また紗久楽先生は、『新選組!』で中村勘太郎さん(現・中村勘九郎)を好きになったことで歌舞伎も観に行くようにもなったと語ります。そして、最初に歌舞伎を観たことを振り返りながら「歌舞伎も歴史も推しメンをひとり作って、その人を知りたいと思って調べていくと、その人からまわりの人たち、たとえばお嫁さん、子供、友達、その同僚と、関係がどんどん繋がっていきます。そして住んでいる時代や生活状況や風俗、政治などに興味が連鎖的にでてきます。推しメンを作ることは、歴史を知る上で大事ですね」と、歴史好きになるための秘訣についても教えてくれました。


すると、担当編集の方から紗久楽先生に「江戸のことをどうやって勉強しているのですか?」との質問が。これに対して、紗久先生はなんと勉強した記憶がないとのことで、「萌え狂って調べていたら、いつの間にか、こんな(『百と卍』が描けて、イベントができる)ところに……」と江戸好きならではの答えを返し、観客を笑わせます。

そんな紗久楽先生は、机上での学問よりも自身の足で調べることが好きらしく、江戸検定などの実力を測る試験は一度も受けたことがないとのこと。東映太秦映画村(京都市)に行ったりと、「知りたいことがあれば外に出る」という自身のこだわりについて話します。実際、担当編集の方はそんな紗久楽先生と資料館へ行ったことがあるらしく、そこで先生にいろいろなことを教えてもらったとのこと。中でも、現代のものよりも非常に小さなコタツにはとても驚いたらしく、さらに色々と妄想したようで、紗久楽先生からは「こんなに小さいのに、男の子同士で入ったら……」との言葉が飛び出します。実際、江戸時代の春画にもコタツを使ったものがあるらしく、二人でコタツの良さを熱く語っていました。

そんな紗久楽先生は自身でBL作品を描く前から、時代物のBLを読んでいたようですが、「百と卍」以前のBL作品には月代(※4)頭同士の絡みがある作品がとても少なく、月代同士にとても憧れがあったそうで「月代をしているお兄さんがふたりいるのがものすごく好きで、ずっとそのふたりを望んでいた」と再び熱く語りだします。しかし、自分の妄想力が高かったためなかなか自身の思い描く作品に出会えなかったという紗久楽先生。最終的に『昭和元禄落語心中』でお馴染みの雲田はるこ先生などの後押しでBL作品を描くことを決めたとのこと。『百と卍』の意外な誕生秘話を聞くことができました。


(※2)2004年に放送されたNHK大河ドラマ:三谷幸喜が脚本を務め、香取慎吾や藤原竜也など、当時の若手俳優が多く出演するなどで話題を呼び、大ヒットを記録。女性を中心に新撰組ブームを巻き起こした。

(※3)杉浦日向子(すぎうら ひなこ):1958年、日本出身の漫画家。代表作は『合葬』『百日紅』『東のエデン』など。『百日紅』は2015年にアニメ映画化。

(※4)月代(さかやき):前髪から頭頂部を剃り上げた頭のこと。これに髷(まげ)を結った状態が、俗に言う丁髷(ちょんまげ)。

紗久楽先生に聞く江戸の男色と陰間講座

紗久楽先生自身についての話が一通り終わると、続いては江戸時代の男色、陰間の話に移ります。

まず最初に紗久楽先生が語ったのは、遊女と陰間について。「(遊女がいた)吉原にも陰間がいたんですよね?」と混同されるかたが多く、そういう声をよく聞くと紗久楽先生は語ります。そのうえで先生は、「吉原に陰間はいなかった」と回答。

その理由を「陰間の所在地は江戸の町にばらばらと点在していますが、一番有名なのは『芳町』という町。そこが移転する前の旧吉原(皆さんが良く知る吉原は“新吉原”と区別して呼ばれる別の場所のことを言います)の場所と近いということで、“同じ場所”と混同されているのかも。しかし吉原が新吉原に移転されて、場所が最終的には江戸後期には離れていますし、女の子たちが仕事をするところが吉原なので、そこで男に売りをされると営業の妨害となるので、遊女は当たり前ですが歓迎しません。」と述べます。

さらに、遊女と陰間は待遇も大きな差があったらしく、陰間は団体で客が来た場合などはくじ引きで相手を決められていた場合もあったとのこと。などなど、両者の違いが分かるような内容を実際の記述などを交えてわかりやすく解説してくれました。


そんな江戸時代の風俗に関しては、現代人がイメージするような風俗は浮世絵が広く普及した19世紀以降のものが大半であると語る紗久楽先生。しかし、陰間などが実際に流行っていたのは17、18世紀で、18世紀の最盛期以降は衰退していくことから「イメージの世界でよく思い描かれている、江戸時代における男性同士の男色関係が熱かった時代より、本当の流行は100年、200年も前の事で、かけ離れている」という、意外な事実を明かします。

また、江戸時代の男色は衆道とも呼ばれており、なんと書道や華道のような武家の作法のひとつであったとのこと。戦国時代には武士が職場や戦場に女を連れていけないということ、また下の者を育てるという教育の一環で若い美男子を小姓(※5)として側に置き身の回りの世話などさせていましたが、その文化を、戦のない江戸時代でも残すため、作法として確立されたと紗久楽先生は説明します。

しかしいっぽうで、衆道という文化的流行として確立されていたにもかかわらず、男色は江戸時代では度々男色禁止令が発令され、公で許可はされていなかったとのこと。実際に男同士の夫婦は認められもせず、衆道の行く末は共に死んでしまう末路や、血なまぐさい終焉になる事件も多かったと、江戸時代における男性同士の恋の難しさも語ってくれました。

ちなみに、『百と卍』は文政末期(19世紀)を舞台とした作品。陰間が衰退していく期間を時代設定として選んだことに関して、紗久楽先生は「男色が流行した時期を描いたら、絵の記号として“江戸”と皆さんが思い描く、わかりやすいちょんまげとか衣装風俗に絶対ならないので、陰間茶屋(※6)が衰退してきているけれどまだ頑張って働いている子たちの話にしようかなと思いました」と、江戸好きらしいこだわりが感じられる話をしてくれました。


その他にも、陰間の道具や陰間の仕込み、陰間の様子など、実際に描かれている浮世絵や春画、資料を使って解説してくれたお二人。春画のなかには手習い所の先生と生徒や、旅行者が遊女を紹介する代わりに旅先の男の子と関係を持つ絵など、意外すぎるものも数多くあり、観客からは驚きの声が上がります。

さらに陰間の道具に関しては、なんと実際に潤滑剤として使われていた丁子油(ちょうじあぶら)入りのキャンドルを持参!でんぶ(おしり)の臭い消しとしての効果もあったということで、「嗅いでみてください」と観客に渡すなど、机上の学問を好まない紗久楽先生らしい講座となっていました。


(※5)小姓(こしょう):若年層の武士が点く職業で、戦国時代は君主の側近や護衛として活躍。戦場に行けない女性の代わりに男色の対象となることも多く、美男子が職に就いていた。森蘭丸(成利)や高坂昌信などが有名。

(※6)陰間茶屋(かげまぢゃや):陰間が売春をする飲食店、居酒屋。陰間は陰間屋に常駐しており、仕事の際に陰間茶屋へ出張していた。

ふんどしに彫物、アダルトグッズ! 江戸のディープな文化が明らかに

しばらく休憩を挟むと、次は紗久楽先生への質疑応答の時間に。事前に配られたアンケートの質問をもとに、紗久楽先生が観客の疑問に答えていきます。

最初に紹介された質問は「男の人はふんどしをいくつ持っているのですか?」というもの。これに対し、紗久楽先生は「お金持ちの人はふんどし用の絹や縮緬などで仕立てて持っているかもしれませんが、一般庶民は着倒した着物を崩して、ふんどしとして使っていました」と、江戸時代に詳しいこともあってすらすらと回答します。また『百と卍』では、キャラクターごとにイメージに合った着物やふんどしを着させるように心がけているようで、「卍は白いふんどしで、百樹には着物を崩した柄入りのふんどしを履かせています」と、作中でのふんどしへのこだわりについても話してくれました。


「好きな浮世絵師はいますか?」という質問に対しては、歌川国芳を主人公にした漫画を描いていたこともあり「歌川国芳(くによし)と国貞(くにさだ)ですね」と回答。特に、国芳はいちばん最初に好きになった浮世絵師ということもあり、無類の猫好きである国芳に対して「かわいいですよね」と口にします。

さらに、国芳が描く春画の男性もとてもタイプのようで「春画に描かれている男って、男性が描いているので、女ほど目がいかない場合が多いのですが、国芳の描く男が一番好みの男前のカッコいい顔で素敵です。」と、国芳の絵のよさを熱く語っていました。

他にも、「卍さんは大きな彫物を入れていますが、江戸で彫物は一般的だったのですか?」という質問では、当時の流行と彫物について解説。江戸では、歌川国芳が描いた『水滸伝』(※7)の豪傑たちの浮世絵が大ブームになって以来、豪傑たちのマネをして江戸っ子たちが全身に彫物をするようになったと、彫物に否定的な現代では考えられないような当時の彫物に対する価値観について語ります。また、百樹と卍の部屋にも『水滸伝』の浮世絵が飾られているそうで、「多分好きなんだろうな」とプチ情報も教えてくれました。


質疑応答の時間が終わると、次はなんとを当時の資料を基に、江戸時代に実際に使われていたアダルトグッズの紹介コーナーに! ここでは主に男女間で使用するものが紹介されましたが、資料には非常に多種多様なものが緻密な絵で描かれており、現代の道具にもつながるようなものも数多く見受けられました。さらに、当時の道具を売る店には武家の女性も来ていたとのことや、道具が買えなかった人はこんにゃくを実際に使っていたなど、様々な補足情報がお二人から語られ、観客を笑わせていました。

アダルトグッズの話も終わり、イベントもいよいよ終盤に。最後は紗久楽先生による、百樹と卍のイラスト入り直筆サインのプレゼント抽選会が行われます。しかも、今回は卍のイラストを描く様子をライブ形式で公開! 観客の前で色紙に卍のイラストを描き上げ、客席からは感動の声が上がっていました。

そして、イベント終了直前に紗久楽先生から観客へメッセージが。「本当に初めてきちんとした続きもののBLを描いたので、単行本が出る時に『全然エロくない』と半分鬱になっていたのですが、蓋を開けてみるとけっこう喜んでもらえたようで良かったです。
毎回試行錯誤して、助言をいただきつつBL漫画を描いている感じで、毎回思い入れを持って二人を描いているので、楽しく読んでもらえたら嬉しいです」とメッセージをいただき、イベントは終了となりました。


そんな今回のイベント会場には『百と卍』の原画が一部展示。さらに、紗久楽先生先生がオススメする江戸関連の書籍も紹介されており、これらの書籍の方は現在、書泉グランデ4階の「百と卍コーナー」でも購入することができます。本作のファンはもちろん、興味を持った方も漫画と一緒に購入してみてください。




(※7)『水滸伝』(すいこでん):明代の中国で書かれた小説で、『西遊記』、『三国志演義』、『金瓶梅』に並ぶ「中国四大奇書」として有名。物語は政治の腐敗が著しい中国・北宋末期を舞台に、梁山泊に集結した108人の英傑・無頼漢が国を救うために立ち上がるというもの。

作品情報

価格:¥680
発売日:2017/02/25 発売

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