アニメ『PLUTO』原作・浦沢直樹さんインタビュー|手塚治虫先生が手掛けた名作『地上最大のロボット』に若者が触れてもらうきっかけになれば
数多の作品を生み出した漫画界の巨匠・手塚治虫先生の代表作『鉄腕アトム』。様々なSF作品の始祖となった本作の中でも屈指の人気を誇るエピソードのひとつが『地上最大のロボット』です。
その『地上最大のロボット』をリメイクするという大役を務め上げたのが『20世紀少年』などを手掛けた浦沢直樹さんでした。
『PLUTO』というタイトルで連載がはじまった本作は瞬く間に大ヒット。アニメ化も期待されましたが、連載が終了し14年の月日が経ちました。
そしてついに2023年10月26日。ファン待望の『PLUTO』のアニメがNetflixにて世界に向けて配信されます。
連載がスタートした2003年から20年の月日が経ちましたが、作品から伝わるメッセージはなお色濃くなるばかりです。
本稿では原作者であり今回のアニメの制作にも深く関わった浦沢さんに行ったインタビューの模様をお届け。浦沢さんが命をかけて作った本作への思いに迫っていきます。
尺と予算に悩まされたアニメ化
——アニメ『PLUTO』がまもなく配信となりますが、現在のお気持ちはいかがでしょうか。
浦沢直樹さん(以下、浦沢):よくここまでたどり着いたなと。皆さんにお知らせする機会がなかなかなくて、十何年前から企画が上がっては消え、上がっては消えで。もうこれは無理かなという時期もありました。
当時はNetflixのような動画配信サービスが無かったので、『PLUTO』を原作通りにアニメにするにはどうしたら良いんだろうと考えていたんですが、その工夫より先に世の中の方に比較的自由なプラットフォームが生まれるという幸運が訪れましたね。
諦めずにやってると実現するもんですねぇ……って感じです(笑)。
——どのような問題があって企画が停滞していたのでしょうか。
浦沢:特に尺の問題ですよね。映画だとすると2時間半が限界でしょう。2時間にまとめるとなると話を変えなければいけないし、連作はよほどのヒットがないと作れない。そこで頭を悩ませていました。
そして、予算です。作画に異様にお金が掛かるぞと。クオリティが上がらないと凄い未来の世界観が出ないので、そこには予算を掛けたかった。
いろんな問題が横たわっていて、情熱だけで突破できるものではないなと感じていましたね。
——今回は1話が1時間前後の尺で、全8話ありますが、そのボリュームでバランスが良いものになっているんですね。
浦沢:理想的なものになりました。
——実際完成された映像をご覧になっていかがでしたか?
浦沢:制作の段階から思っていましたが、私自身もかなり苦しみながら描いた作品なので、「皆さんこれを追体験したいのか?」と(笑)。
見てみると皆さんの熱意が凄かった。お仕事を超えた熱意を感じますよね。映像のクオリティがとにかく凄まじく、驚きと関心ばかりでした。
あと、僕の注文としてあまりにCGチックにし過ぎないでほしいと。日本の手描きアニメらしさを残すことは最初からお願いしていました。
——確かに。今回はクリエイティブアドバイザーとして浦沢先生は関わっていますが、具体的にどうやってアニメーションに関わっていたのですか?
浦沢:脚本のチェック、キャラクターの造形も、上がってきたものに対して細かく注文させていただいたし、美術的にも色々言わせてもらいました。
——脚本のチェック時に意識したことはありますか?
浦沢:1時間でもちょっと入り切らない原作の部分があって、そこの再構成をどうやってしていくのかとか色々相談させていただきましたね。
——話数ごとの区切りを意識したと?
浦沢:8巻が8話になるというざっくりとしたイメージですので、とりあえずそれをいい形にできれば間違いはないでしょうというところで。改変ではなく、改良の形にしたかったので、満足いくレベルまで関わりました。
Netflixさんで配信となると、1話あたりの時間を伸び縮みできるからそれで楽になりましたね。
2003年よりも2023年のほうが響く作品
——長く時間を掛けての制作だったと思うのですが、作業している間にも、時代が凄く変わりましたよね。
浦沢:2003年が手塚先生のアトム誕生の年なんですよ。『PLUTO』を描きながら「アトムが現実に登場するのはまだ無理だな」って思っていたんですけど、この2023年になって「あるかもしれないな」と思うようになりました。本物が生まれかねない時代に制作されて配信されるというめぐり合わせですよね。
人類は手塚治虫という人の発想に、追いつくように発展しているような気さえしますね(笑)。
——アニメ『PLUTO』を今の世界情勢や社会で公開するということに、浦沢先生はどのような意味を感じていますか。
浦沢:そこは複雑な思いで、「まだこの話が有効なのか」ということですよね。セリフひとつひとつを取り上げてみても、今だからはっとする発言が沢山あるんですよ。こういう世界がなくなりますようにっていう祈りを込めた作品なのに、相変わらず有効なんだなと。
この作品が有効な内は、この作品を見続けなければいけないかもなと思いますね。大々的に皆さんに見ていただきたいです。
——2023年にこの作品を見るに当たって、ポイントになるシーンやエピソードはありますか?
浦沢:そこら中にあると思いますよ。2003年に描き始めた時よりも、2023年のほうがフィットする話になっちゃってて。私自身も予想外のことですよね。あの当時の私の思いを込めたつもりが、ますますメッセージが強くなってしまって、こんなはずじゃなかったなという思いです。
思い返せば5歳位の時に、手塚治虫先生の作品を読んだ時に「何だこれ?」って5歳児には理解できない作品だったわけです。この作品は、それを解明する旅でもあるんですけど、いざ漫画を描く時になって、理解できるようになったこと、そこで取り逃した部分を23年になってまた、理解し始めている感じです。
——Netflixで配信というのも、多くの人が目にするきっかけになりそうです。
浦沢:手塚作品をこういう形で扱うというのは、僕も手塚治虫ファンとして嬉しいことですが、私からしても原体験となる作品で、聖典に手を出しているような気もして、「こんなことやっていいのか?」という気持ちもずっとありました。
命がけで取り組んだ作品なんですが、それがこういう形で世界に届けられるのは、あの時恐れずにこの作品を描いて良かったなと思います。世界規模の作品まで持っていけたのは、蕁麻疹を出しながら作って良かったなと(笑)。
——Netflixさんなどの配信メディアに対しては、浦沢さんどうお考えですか?
浦沢:我々作る側としては、理想的なメディアが生まれて来ているなと。私たちのような人間が「こういうのがあればいいのに!」って思っている理想の形が自然発生的に生まれてきているかもしれないなと。そうでないと、どうしても刈り込まなきゃいけない部分が出てくる。
劇場で作品を見るって本当に素晴らしいことなんですよ。お出かけをして、大画面で他人と知らないものを見る体験は、今後も廃れることなく続いてほしいんですが、そこには収益という部分があります。どうしても一日に何回転させるかを気にしないといけない。その概念から外れることができるともう1段階自由なものづくりができますよね。
長年、創作するものたちが感じていたジレンマのようなものが無くなりつつあるのかもしれません。2時間の劇場公開でぴったりな作品もあるし、時間無制限でなんでもありっていう作品もあっていい。いろんな形がある中で、住み分けができてくるのが良いですよね。