
TVアニメは限られた予算でいかに表現するかが鍵! 原作の忠実性が重視されるこの時代に『死亡遊戯で飯を食う。』が監督の作家性で魅せる理由とは?
2026年冬アニメとなる今期は人気作の続編や作画力で勝負する作品など、話題作が豊富なシーズンです。もちろん、人気タイトルは通常より制作予算をかけています。その傍らで異色を放っているのが『死亡遊戯で飯を食う。』です。
おそらく限られた予算でいかに表現するかを模索しており、その結果が約60分という第一話の長尺トレンドより、その世界観が話題となりました。絵画や絵本のような独特なタッチ、キャラクターの輪郭を描かない特徴的な表現方法、美しさと不気味さを混同した画面づくり。そのどれもが視聴者を惹きつけます。
なぜ我々はここまで引き込まれてしまうのでしょうか。『死亡遊戯で飯を食う。』が誘う夢幻的な映像体験について、現役アニメーターが考察を交えます。
ミックスドメディアとスタイルチェンジ
ミックスドメディアとは、さまざまな画材を混ぜ合わせた表現を指します。美術作品の展示で、この言葉を見かけることがあると思います。アニメでは『魔法少女まどかマギカ』が代表的で、劇団イヌカレーとのコラボによって“動くコラージュ“空間にアニメキャラが動くという表現は当時、前代未聞な試みでした。最近でいうと、『光が死んだ夏』や『炎炎ノ消防隊』では実写を混ぜることで我々の現実との境界を曖昧にさせてサスペンス的な演出を試みたり、『その着せ替え人形は恋をする』第2期ではどこか馴染み深いパペット人形劇がいきなり登場させたりと話題なりました。
しかし、この手法は作品の印象をガラッと変える効果がありつつも、裏を返せば危険な手法でもあるのです。アニメ制作の予算は実写の何倍もかかるため、アニメの途中で実写が入ると「予算が足りなかった?」と思う部分もあり、意味を持たない演出をすればそれが逆に際立ちすぎてしまう恐れもあります。
対する『死亡遊戯で飯を食う。』の実写シーンを改めて考えると、現実にいる視聴者に語りたいがためだと思いました。私たちはアニメを見ると、物語が流れるまま受け身状態になりますが、実写に切り替わると意識も切り替わって、ふと現実に戻ってしまうんですね。その隙に、登場人物が独白する。それは現実にいるあなたに聞いて考えてほしいからです。アニメとより繋がって欲しいから。アニメだって、純文学みたいに一度は哲学タイムを設けたいというメッセージなのかもしれません。
絵柄のスタイルもカメラの引きと寄りで変わります。寄りではいつものアニメ顔になりますが、引くと線画無しのイラスト風アニメーションになります。線が少しガタガタしても目立たないスタイルです。これを他の作品でやったら絵柄の不一致で違和感を感じてしまいますが、本作品ではゲームの中という設定だけあって、インディーズゲームをプレイするような視聴体験を得られています。コストカット的な部分もあると思いますが、アートディレクションでバランスを探し出した結果というのも「非常に考えたもの」だと感じます。
上野監督が『死亡遊戯で飯を食う。』で様々な画材で挑戦したいのがひしひしと伝わるとともに、2Dアニメーション×3DCG×実写×モーショングラフィックスを第一話でやり遂げたので、もう何が来てもおかしくないという期待感もあります。
アニメーション作家コラボがトレンド?
近年、アニメーション制作ソフトが安価に手に入れられることによって、アニメーション作家が増えました。アニメーター不足とトレンドが重なって、アニメーション作家が商業アニメに参加する比率が高くなりました。
特に最近ではエンディングアニメーションで見かけるようになり、例えば『葬送のフリーレン』第1期ではカットアウトアニメーションのhohobunさん、ストップモーション映像の村松怜那さん、同じく『葬送のフリーレン』第2期では色えんぴつ映像の青梅美芽さんがご担当されています。また、『ダンダダン』第2期ではこむぎこ2000さんが「日本アニメトレンド大賞2025」エンディングアニメーション賞を受賞されました。
『死亡遊戯で飯を食う。』では珍しくOP、本編、EDでアニメーション作家hewaさんが大活躍しています。スタッフ集めと世界観共有のための打ち合わせ数はなかなか大変なものです。アートディレクションを、hewaさんを軸にしたことで作家特有の独特なスタイルが生まれてきたと思います。また背景美術の代わりに美術設定が全て3DCGで行われているため、コストカットができると言うメリットもあります。
今まで作家さんはアニメーション企画の一部しか携わらなかったのに対し、hewaさんをここまでメインスタッフとして参加するのは劇団イヌカレーのように実験的であり、それが功を奏して他のアニメーションとは一線を画すスタイルとなったのではないでしょうか。
ライトノベル原作のアニメ化が再ブームとなるか?
私はラノベ世代で、ラノベ原作のアニメがやっぱり好きだなと再確認させられました。文字から映像化する工程はさぞ大変ですが、ラノベ原作がもたらす映像演出の自由度と余白はやはり魅力的です。例えば『涼宮ハルヒの憂鬱』第1話では主人公・キョンが登校するシーンと同時並行に登校とは全く関係のない彼のモノローグが流れます。文字ではできない演出です。また、『バカとテストと召喚獣』のギャグのリズム感も文字や漫画では出せない映像の作り手が時間を調理した表現です。今期のアニメで言うと、『勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録』のガチダークファンタジー路線やそのビジュアルの決定も、文字世界がもたらす解釈の自由度による監督の「判断」という美的センスが発揮できるものです。
原作の忠実性が重要視される現在のトレンドから振り返ってみると、監督の作家性が際立つ作品が再び話題になったのは、『死亡遊戯で飯を食う。』にもどこかノスタルジーを感じます。
そういう意味でも『死亡遊戯で飯を食う。』は今期の中で考えさせられる作品だと感じました。なぜこのアートディレクションにしたのか。なぜこの映像を入れたのか。なぜこういう演出にしたのか。予算との折り合いで見出した一つの可能性であり、制限の中で新しいものが生まれる代表例ではないでしょうか。今後もその可能性に期待です!
[文/朴智銀]
作品情報
あらすじ
少女《プレイヤー》たちが挑むのは、死が隣り合わせのゲーム。
生還すれば賞金を得るが、万全を尽くしても命を落とすことがある。
そんな世界で、生きていく。
この世にはそういう人間たちが確かにいる。
プレイヤーネーム・幽鬼《ユウキ》。
職業・殺人ゲームのプロフェッショナル。
彼女は今日も、死亡遊戯で飯を食う。
キャスト
(C)鵜飼有志・ねこめたる/KADOKAWA/「死亡遊戯で飯を食う。」製作委員会










































