
ゴジラが持つ「ドメスティックな強さ」を世界へ――『ゴジラ-0.0』監督・脚本・VFX 山崎貴さんインタビュー後編
『永遠の0』のノウハウを活かした空の戦い
──今作では空も闘いの舞台になりますが、演出面で新たに挑戦されたポイントはありますか。
山崎:おっしゃる通り、前回は海に対して、今回は「空」がひとつのテーマになっています。空中戦の演出に関しては、以前に映画『永遠の0』をやっているので、色々とノウハウがあったんですよ。当時は雲の描写、レンダリングが非常に重くて大変だったんですけど、今は実用可能なレベルに進化してきたので、自由に空を飛び回る画も作れます。
ただ、カメラがどうしても高くなるので、僕の出身地でもある長野県松本市の上空に許可を取ってドローンを飛ばして、全天周のパノラマ映像を撮影して背景の周りに貼り付けました。その景色を作る中で、現代物の建物もそうですが、一番問題だったのは「田んぼ」の描写だったんですよ。
──田んぼですか。
山崎:現代の田んぼは区画整理されていて綺麗な四角い形をしているので、昭和の田んぼの形をしていないんです。そこで、ドローンで撮影した現代の田んぼの映像を直していきました。見渡す限りものすごく広いエリアがすべて田んぼなので、CGスタッフが一つずつ手作業で直すのは大変な労力がかかっています。
ゴジラが持つ唯一無二のポテンシャル
──「マイナスゼロ」というタイトルに込めた意図と、本作が描くテーマについて教えてください。
山崎:マイナスゼロというタイトルには、本当に色々な説があるんです。現場のスタッフの間でも色々なことを言っているし、東宝の宣伝部の人たちもそれぞれに色々なことを語っているのですが……僕の中では、ある学問の中ではマイナスゼロってゼロの近似値なんですよ。
ほぼゼロなんだけど、ゼロに向かっていく力、ベクトルみたいなもの。敷島一家は、パッと見は幸せな日常を送っている感じがするけれど、典子さんは大きなものを背負っているし、みんながそれぞれ何かを心に背負っている家庭なんです。
普通の暮らしがしたいのにさせてもらえない。それでも、普通の小さい幸せを求めている。そんなギリギリのところで踏みとどまりながら進もうとするエネルギーこそが「マイナスゼロ」なのかなと。僕自身はそういう風に捉えています。
──エンターテインメントの中に戦争や核といった重いテーマを違和感なく落とし込めるのは、やはりゴジラだからこそでしょうか。
山崎:普通のエンターテインメントに、核の問題や戦争の傷跡を持ち込むのは相性が悪いというか、無理やり連れてきたような感じがするんです。でもゴジラは、核の問題や戦争の問題を体現しているキャラクターであるという絶対的な大前提があります。
だから、そういうことを描いても違和感がない、稀有なキャラクターだと思います。他のキャラクターの作品で急に戦争の話を持ってきたら「何でここに入ってきたの?」となりますが、ゴジラの場合はそういう存在であると誰もが知っている。それはゴジラが持っているポテンシャルの1つだと思いますね。
──最後に伺いたいのですが、ゴジラや特撮という日本のドメスティックなものがグローバルな強みを持つ理由はどこにあると思いますか。
山崎:前作の映画『ゴジラ-1.0』(ゴジラマイナスワン)を作っていた時は、正直に言って、海外で大規模に上映されるなんて微塵も思わず、国内の観客に向けて、自分たちが面白いと思うものを突き詰めました。
そしたら、世界中の皆さんが喜んでくださって。「日本向けに作れば、それが結果として世界に通じるんだな」ということを実感したんです。つまり海外や世界のことを意識せずに、自分たちを信じて作り上げれば、結果として世界に通用する作品になる。『ゴジラ-0.0』でも、あまり世界のことは考えずに、ドメスティックな強みを全開にするスタンスで臨みました。それが世界中で上映できるということで、本当に幸せな時代に入ったなと感じています。特にゴジラは、どこの国に行っても知られている大スターですからね。ゴジラが僕たちを世界に連れて行ってくれた気がしています。
[インタビュー/小川賢人]
作品情報
全国東宝系にて公開中
































