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押井守監督は、この15年で何を見て感じてきたのか?

押井守監督は、この15年で何を見て感じてきたのか?ーー『ガルム・ウォーズ』監督インタビュー

『機動警察パトレイバー』、『GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊』と時代を牽引するアニメ映画を数多く生み出してきた押井守監督。そんな名作を数多く作り上げた押井監督にとって、大きな挫折といえる事があえる。それが『ガルム戦記』だ。『ガルム戦記』は、2000年に製作発表が行われたものの、紆余曲折あり、その後プロジェクトは解散。押井監督自身にとっても、待ち望んだファンにとっても、『ガルム戦記』の存在は大きなものだった。

あれから、約15年。『ガルム戦記』の流れを受け継ぐ『ガルム・ウォーズ』が今年公開された。そして、12月14日には、パッケージが発売される。更に、Blu-ray豪華版には、ライカリール、「G.R.M.」パイロット版、「G2.5」などの特別映像と、押井守監督直筆の画コンテ台本を丸ごと収録した画コンテブックが封入される。つまり、15年前に中止された『ガルム戦記』からどう変貌し、『ガルム・ウォーズ』へと変わっていったのかという片鱗を楽しめるとうわけだ。

そこで、押井守監督本人に、作品の背景と共に「戦記」から「ウォーズ」までの流れ、特典の意味を伺ってきた! 15年分の想いを伺っているので、かなり濃厚です!

 

15年を経て、なぜ「ガルム」なのか?
──他にも企画だけで終わった作品はあると思いますが、なぜ「ガルム」を復活させたんですか。

日の目をみなかった、企画なんて山ほどあるよ。でもやっぱり、当時考えていた企画としては『ガルム戦記』が企画規模もチャンレジも一番大きかった。ファンタジーって映像作品のなかでも、100%作り出さないといけないから表現手段としてマックスなんだよね。限りなく現実の中で根拠を持ちにくいから、映画の中で最もハードルが高いと思う。作品の中で使われている言語から貨幣に至まで、その世界に必要なものを全てゼロから作り出さないといけない。本格的な異世界ファンタジーをちゃんとやりきれたフィルムなんて数えるほどしかない。アニメなら『ナウシカ』(*1)だったり『王立宇宙軍』(*2)だったり。

(*1) 宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』(1984年)の事。『ガルム・ウォーズ』には、スタジオ・ジブリの鈴木敏夫氏が、日本語版プロデューサーを担当している。
(*2) ガイナックス初のアニメ映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)の事。


──押井さんもその一人ですよね。その経験があるから、実写ベースの映画でもファンタジーに挑戦できたんですか?

設定やデザインワークスに時間をかけるのは、アニメなら当たり前だからね。自分も、異世界ファンタジーを作るのに、ふさわしいキャリアを持った人間だと信じているし、そう思っている。

実写の監督が、「異世界のすみずみまで想像することに情熱を燃やせているのか?」という疑問はある。異世界を描くということは、床や壁の材質、照明、このキャラは何を食っているんだと、考えることでもある。もっと言えば、「そもそもこいつら家に帰ったら誰か待っているの?」ってことまで想像しなきゃらならない。そんなことを全部考えて、異世界ファンタジーだし、それを絵にしていかなくちゃいけない。自分が描かないならそれを判断しなきゃならない。それこそ、アニメの製作の中で培ったスキルであり、同時に人脈が大きく影響すると思ってます。

そういう意味では、今回の『ガルム・ウォーズ』ができたのも、デジタルエンジン(*1)をやっていた3年間とその後の15年があったからできたもので、突然やれと言われてできるものではない。特にデジタルエンジンの最大の遺産がデザイン。今回半分くらいしか使ってはいないが、これだけのデザインをするのに丸2年かけている。ゼロから形をつくるって、2週間や3週間そこいらで描けると思ったら大間違い。この曲線がもう少し……とかいうような凝り性の人間がやっているから出来るわけで、僕でさえ「いい加減にしろ」と思うもの。モデリングが完成し次の工程に入っている段階で、また修正をしたりするからね。ホントに、終わらないよ(笑)。でも、そういう人がやらないと、モノに説得力が生まれない。ただ「変な形をしています」というのと「飛びそうにみえる」というのとではまるで違う。

▲『ガルム・ウォーズ』より

▲『ガルム・ウォーズ』より

(*3) 1999年をターゲットに、バンダイが次世代の映像創世を行うべく立ち上げたプロジェクト。りんたろう監督作『メトロポリス』(2001年)、大友克洋監督作『スチームボーイ』(2004年)と共に、押井守監督作『G.R.M. THE RECORD OF GARM WAR(ガルム戦記)』の名も連なっていた。だが、後に『ガルム戦記』は凍結となる。
 
「アニメーションのように実写映画をつくろう」という15年越しの悲願
──では、今回の『ガルム・ウォーズ』でやろうとしていたことを教えてください。

『ガルム戦記』時代のデジタルエンジンの時に目指していたのは、「どこからどこまでが実写で、どこからどこまではCGなのか分からない映像」。実写の物理的制約をいかにして乗り越えるか。『アバター』(2009年)で実現されたあれです。15年経ってハリウッドで、CGと実写の融合があたりまえになったけど、日本では『アバター』に続くような作品を誰もやっていない。日本でもCGアニメーションは作っているけど、ハリウッドスタイルの実写ベースの本格的な合成映画を誰もやっていない。『ガルム戦記』では、頓挫しましたが、時代も進み『ガルム・ウォーズ』でも、再び同じ事をやろうと思ったんだよ。

原理的にはできるはずだけど、ただ『ガルム・ウォーズ』と『アバター』では予算(*4) が1桁以上違う(笑)。それは制作管理のスケールの違い。つまり、管理につぎ込める人間の数が違うってことで、映画製作では決定的なんです。でも、今ならば、もっと低予算でやれるはず。それを、証明しなきゃならないんです。それが『ガルム・ウォーズ』の制作面での一大テーマ。

『ガルム・ウォーズ』における、個人的な目標としては「自分の想い描く映画を作る」もあるけど、それより先に「自分達は、アニメのアプローチから、実写の物理的制約を超えることができる」と証明しなきゃいけなかった。つまり、映画を創る以上に、映画を完成させることが大事だった。

スタートした時に、足りない部分があるのも、しんどくなるのも分かっていた。だけどやろうぜとなった。やらないと永遠に分からないし、何が足りないのかわかるからね。

▲『ガルム・ウォーズ』より

▲『ガルム・ウォーズ』より

(*4) 『ガルム・ウォーズ』の製作費は20億円


──『ガルム・ウォーズ』は、まさに15年前の『ガルム戦記』の復活だったんですね。

『ガルム戦記』では「アニメーションのように実写映画をつくろう」もしくは「実写映画をベースとしてアニメーションを作ろう」というのが合言葉。それがいろいろあって潰れちゃって……。原因を、ひと言でいえば時期尚早だった。

まず、CGで使うマシンスペックの処理速度も今とは3桁くらい違う。そして、スタッフが……アニメを意識してCGを作れるスタッフが、絶対的に少なかった。そんな中でも、実際仕事を進めていけば、なんとかなると思い、アニメとCGのプロフェッショナルを集めたんだけど、結果うまく行かなかった……。

▲「G.R.M.」パイロット版(本編製作前に作られたパイロット・フィルムの最初の1本。 『ガルム・ウォーズ』の原点)

▲「G.R.M.」パイロット版(本編製作前に作られたパイロット・フィルムの最初の1本。 『ガルム・ウォーズ』の原点)

──アニメとCGのプロフェッショナルは揃ったし、目指す作品の方向性は分かっているのに、どういう道筋か分からなかったんですか?

頭を切り替えるだけじゃなくて、作業工程の組上げ、順番の作業の見直しなど、どうすれば良いのか、どうすれば答えに辿り着くのか模索したんだけどね……。『ガルム戦記』で行き着いた答えは、膨大な作業をどうやって管理していくかということ。つまり、「制作管理」の問題だった。

3分ぐらいの映像なら、スタッフの数も限られるし、1人でも把握できる。それが2時間近い映像になると、そうはいかない。アニメの場合、その管理部分が洗練されているんだよね。映像時間から、カット数がわかり、仮に2,000カットだとしても、2,000カットを管理する資料が作れ、並行して作業も進行できる。カットが何処まで進んだかで、リストを塗りつぶしていき、これが真っ赤になれば終わり。誰でも見れば一発で分かる。僕も『攻殻』(*5)の頃まで自分でやってた。

『ガルム戦記』では、アニメとしてのやり方をベースに進めたけど、アニメとCGと実写を融合させた長編だと完璧に管理することは無理だった。そこからは全体の進行状況を把握するための制作管理ソフトの模索を開発が始まり、永遠とそこに時間がかかった……。

いまでは、当時求めていた管理ツールが存在し、海外では当たり前に使われている。やっと、求めていた環境が揃った。そして、そこからの『ガルム・ウォーズ』なんだよね。

(*5)押井守監督の代表作のひとつ、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)のこと。本作は、日本のアニメ映画としては、異例のビルボード誌のビデオ売上1位を記録。『AKIRA』(1988)とならびジャパニメーションとして、国外でも大きな話題になる。

 
Blu-ray豪華版の特典には、監督の葛藤と想いが透けて見える!
──『ガルム・ウォーズ』のBlu-ray豪華版には、特典映像として、我々には耳慣れない「ライカリール」が収録されていますね。

「ライカリール」とは、アニメでいうとコンテ撮のことで、僕は『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008年)から始めた。採用する意味としては、半分はプロデューサーとかスポンサーに見せて納得してもらうもの、半分は進行を管理するもの。絵コンテを撮影して編集して、声も効果も音楽も入れてみる。シーンができたら刺し換えていくので、どれだけ完成に近づいているのかひとめでわかる。『ガルム・ウォーズ』では、カナダで撮影(*6) していることもあって、言葉の壁、文化の壁などを、超えるために、撮影の取れ高を形にしたんだよね。

(*6) 『ガルム・ウォーズ』は、カナダで撮影が行われている。その詳細な理由は、こちらの記事を観てください。
>>『ガルム・ウォーズ』コ・プロデューサー牧野治康さんインタビュー!

──Blu-ray豪華版についている、ライカリール・絵コンテ・本編映像と順番に観ることで、その制作過程が見えてきますね。

それ見ると「何を諦めたのか」が、大雑把にはわかるね。

最初に考えていたストーリーが、「予算の問題」もあり出来ないことが判明して、まずは脚本段階で削り……。カナダのプロデューサーの要求でハリウッドの脚本家が参加して、そこで僕が書いた脚本を手直しされる。直したものを見たら、向うの要求が山ほど見えてきた。カナダ側が望んでいたのはハリウッドスタイル。「ハリウッドスタイルってなんだ?」って聞いたら「まずは男と女のドラマが必要なんだ」と。ハリウッド映画の脚本では、単一のラインではありえない。複数のライン(物語・視点)を平行させることでテンポを出すことが重要だと言われた。例えば、男女が出てくるシーン。主眼は彼女にあるけど、男の視点をカットバック(複数シーンを交互につなぐ演出)することで、テンポを生みだしお客さんを飽きさせないようにする。カットバックすることで、キャラクターを印象づけることもできるしね。ハリウッドスタイルの基本だよね。だけど、その分尺(映画の時間)が増える。そして、結論として「それをやる予算がどこにあるの?」となった。


──最初は、どんな話だったんですか?

最初の脚本には、空の部族であるカラの話以外に、一緒に旅をするクムタクの老人・ウィドとブリガの兵士・スケリグの話も盛り込んでいたんだよ。特にスケリグは、実はスパイでブリガの利益を代表する者だったという設定だった。最後にはブリガを裏切り、カラと行動を共にするという見せ場も考えていた。でも、それらをすべて盛り込むと、目標が90分の映画に対して2時間半になり、ざっと計算して100分オーバー。撮影日数にハマらないっていうレベルの騒ぎじゃなかった。

元々の流れだと、スケリグがなぜ心変わりをするのかが物語の山場になる。三人がそれぞれの思惑を超えて旅を続ける理由、「ガルムってなんだ」「俺たちはどこからきてどこへいくんだ」。そこに行きつくためのステップボードとしては、スケリグは恰好のキャラクターだったの。カナダ側にとってもね。カナダ側も「この話の肝はスケリグである」と言ってた。間違っていない。さすが良くわかっていらっしゃる(笑)。それはわかるけど、撮影日数と予算はどうするんだと。だからズバズバ切った。ここで、明らかに映画が変わったんです。

自分も「この映画はかわるよ」と思った。これはハリウッドの典型的なドラマツルギーではなく、よくいえばアートっぽい、ヨーロッパスタイルの映画に成らざるを得ないと思った。制作が進行するにつれて明らかになっていくんだけど、「これはね、いつもの僕の映画だよ」って実感した。そして、出来上がったのは、押井ファンのための映画になった(笑)。

▲『ガルム・ウォーズ』より

▲『ガルム・ウォーズ』より

──失礼かもしれませんが、今作は最初から「いつもの押井さんの映画」を目指したわけではなかったんですね。

最初はね。でも、結果的にそうでなければ映画として成立しなかった。僕は、『ガルム・ウォーズ』を作るにあたって相当言うことを聞こうと思ってましたよ。今回は、作ることがテーマだからね。自分の映画である以前に、アニメとCGと実写を取り入れた新しい映画を体験する、創り上げることがテーマ。やらないと永遠に分からない。キャメロン(*7)がやったからいいやっていう話じゃないんだよね。この話も何度もしているけど、あの丘のてっぺんに星条旗が立ったから「やるだけ無駄だよ」っていう話じゃないんだよ。自分たちも、そこに立って自分の旗を立てなきゃいけない。実際に体験しないと、向う側が見えない。やっぱり山って自分で登るしかないだよ。登ったやつに写真を見せてもらえればいいやじゃない。

(*7)ジェームズ・キャメロン監督の事。代表作は、『ターミネーター』(1984)、『タイタニック』(1997年)、『アバター』(2009年)などがある。


──では、15年前に『ガルム戦記』で登ろうとした山には、今回の『ガルム・ウォーズ』では立てたんですか?

とりあえずはね。よじ登った(笑)。堂々たる登山ではないけどね。シェルパ(ヒマラヤ現地登山ガイド)も圧倒的に足りないし、機材不足で、最後はベースキャンプからやっとの思いでよじ登った感じかな。


──でも、登ったこと自体は大きいですね。

僕らにとってはね。自分は、海外で撮影監督やスタッフ、そして役者とどうつきあうかをたっぷりと経験した。それは自信にもなったし、自分にとっても大きなスキルになったと思うよ。海外で撮るってことは海外で生活するってことだからね。一日の大半を違う言語の中で暮らすってことでもあるし。これは精神的にキツイ。中には、日本人もいるけど、いつも同じメンバーだからお互い顔を見るのも嫌になるし、良いことはひとつもない。向うの役者と通訳なしでカタコトの英語で話し合いをしている方が多かった。役者と付き合うってこういうことなんだって覚えたよ。

 

「映像作品にとって、絵コンテの有無」に対して、監督はどう考える!?
──『ガルム・ウォーズ』を経験して、押井さんの撮り方も変わったんですか?

役者との付き合いもかなり変わったし、撮り方も変わった。撮り方でいえば『TNGパトレイバー』(2014年)(*8)が一番の転機になった。「絵コンテなんて絶対切らないぞ」って、カットで撮るのをやめた。『TNGパトレイバー』では、最初にセットの中で役者さんの好きに芝居してもらった。「台本読みながらでもいいから」って。それをじっくり眺めて「じゃあ、カット割りを発表します」と毎日その場で決めていった。キャストを眺めている間に、与えられた条件で、どうカットを決め撮影するかを考える。なので、カメラを置く場所も瞬間的に決める。これをやりだしたら、めちゃくちゃ楽しくて、やめられない。だって日々自分が試されているんだもん。まあ、『アヴァロン』(2001年)(*9)までは、鉄のコンテ主義でやってたんだけどね(笑)。

(*8) 『THE NEXT GENERATION パトレイバー』/2014年4月から劇場上映された『機動警察パトレイバー』実写版プロジェクト。主演は真野恵里菜。
(*9) 『アヴァロン』2001年に公開された押井監督の実写映画。すべてポーランド国内で撮影されている。


──『ガルム・ウォーズ』もまさに、鉄のコンテ主義ですよね

『ガルム・ウォーズ』は半分以上がブルーバック(合成)で、絵コンテを切らざるを得なかったから、嫌嫌切った。「ないと出来ないじゃん」って。アニメーションなら仕方がないんだけど……。いや、アニメだって絵コンテは切りたくないよ。『イノセンス』(2004年)(*10)の時にも「コンテ切らなくてもいい?」って聞いたら「駄目」って言われた。「芝居を通して描いてくれないかな。編集でいいところだけを使うから」といったらアニメーターから猛反対にあった。それはそうだと思うよ(笑)。だから諦めた。『イノセンス』は背景をCGで組んだから、その中でカメラワークを決めて、アニメーターに「これに合わせてくれる?」とお願いした。このやり方で、アニメの作り方が劇的に変わると思った。実際、確かに変わった。でも、当然のようにアニメーターからは不平不満の嵐が。理由は、表現の自由度がなくなるということ。でも、演出からすると、まずはカメラワークを決めてから「芝居をして欲しい」と言ってるだけで、手順の変更なんだよね。

(*10) 『イノセンス』2004年に公開された『GHOST IN THE SHELL /攻殻機動隊』に続く劇場作品。


──まさに実写ですよね。

そうそう。つまりコンテって必要上切っているだけなんだよ。実際に設定が上がってセットを組まないとカメラワークなんて決められるわけないじゃん。

コンテがあると、画作りの根拠が持てるから演出的には最大のメリット。ただ、逆に動きまである程度決めている絵コンテを元に「今日はこれだけ撮ります」と言われたら役者だって面白くないよね。操り人形じゃないんだから。実写の場合は、役者が演じることで初めてキャラクターが動き出すことになるんだし、彼らのモチベーションも大事な要素なんだよ。


──それを『ガルム・ウォーズ』では出来なかったんですね。

できなかった。理由は、スケジュールの8割はブルーバックだから。不用意にカメラも動かせないよね。


──海岸で戦車を置いたシーンでは?

あそこは、ブルーバックじゃないので好きに撮った。ロケに出たら好きにできるから楽しかった。僕も絶好調。撮影所でブルーで撮っている時は気分もブルー。「今日もこんなに撮るのか」撮りきれないのもわかっているから、「今回も欠番を考えなきゃ」と欠番の嵐。どんどんディティールが目減りしていく。この手の映画って、情報量が全てだから、撮れなかった分は二度と取り返せない。なので、当初の予定よりも大幅に目減りしているね。

 
『ガルム・ウォーズ』で出会った「朴璐美」という才能
──今作には吹き替え版がありますが、それは押井さんが書かれた脚本を元に起こしているんですか?

それが違うんだよ。ややこしいんだけど、僕の書いた脚本を向うのライターが英語の撮影台本にして、さらに日本語字幕に訳している……。しかもややこしいことに、日本語吹き替え版のセリフになるときにまた変わっている。一体、どれが正しいんだって誰にも言えなくなっているんだよね。


──監督は、英語版と吹き替え版では、どちらがオススメですか?

英語版の方が世界観に入りやすいと思う。ただ、映画の観易さでいえば圧倒的に吹き替え版なのは確か。でも、ファンタジーって本来咀嚼しにくいものだし、いっぺんに頭に入らない情報量があって然るべきなので、やっぱり字幕で観てほしい。とはいえ、せっかく両方入っているから、最初に吹き替え版で世界観を軽く頭に入れてもらって、次は字幕で観てもらえれば僕的にはベストだと思う。ランス・ヘンリクセン(*11)の錆びた声も聴いて欲しい。キャスティングの半分はあの声で決めたんだから(笑)。

吹き替え版も良かったよ。半分くらいは鈴木敏夫(プロデューサー)に感謝している。打越領一(*12)さんという有脳なディレクターを起用してくれたことと、朴璐美さんという選択肢を自分の中に増やしてくれたから。朴さんとは仕事で組みたいと思った。あの人は大した役者だと思う。僕はずっと(榊原)良子さん(*13)と付き合ってきたけど、その後継者の話になると、最初は田中(敦子)さん(*14)だって言われたけど、田中さんって不思議な人なんだよね。その次が、神山が連れてきた安藤(麻吹)さん(*15)。もしかしたら、朴璐美さんは、この流れの中にある人かなって気がした。

▲『ガルム・ウォーズ』より

▲『ガルム・ウォーズ』より

(*11) ランス・ヘンリクセン。今作でウィドを演じた。『エイリアン2』(1986年)のビショップが有名。
(*12) 打越領一。外国映画やドラマの吹き替えの演出家・音響監督。アニメで『ハッカドール THE あにめ〜しょん』(2015年)、『RWBY』(2013年)を手がけている。
(*13) 榊原良子。『機動警察パトレイバー』シリーズで南雲しのぶを演じた。押井監督の実質上の劇場初監督作品『うる星やつら オンリー・ユー』(1983年)ではゲストヒロインのエルを演じている。押井監督が愛してやまない声優として知られている。
(*14) 田中敦子。『攻殻機動隊』シリーズで草薙素子を演じた。
(*15) 安藤麻吹。TVアニメ『精霊の守り人』(2007年)でバルサを演じた。『真・女立喰師列伝』(2007年)にも出演している。

 
『ガルム・ウォーズ』再始動のキッカケは、『G2.5』にあり!
──今商品の映像特典にある『G2.5』(2009年)は、『ガルム・ウォーズ』とどんな関係があるですか?

『G2.5』というのは、『スカイ・クロラ』が終わったあとに何をやろうかと考えているところで、『G3.0』をすることが決まり、その予備作業として始まったんだよ。ただ、これが結構大変だった……5分程度のフィルムだけど、1年近くかかった。人間を丸ごとコピーしようとしたんだよね。モデルさんを口の中までスキャンしたんだよ。音響は、スカイウォーカー・サウンドまで行ったしね。向うのスタッフも、喜んでたよ。その反響をみてると、「これは凄いものができたのかな」って思ったんだけど、日本ではコテンパンに叩かれた。

そんな状況から「何をすればいいんだ?」となって、そこでCGを使った『サイボーグ009』の映画の企画が始まった。これまた1年以上やっていて3分のパイロットを作ったけど、また百叩きに会う。仕方ないから降りて、その後は神山(健治)がやったんだけど(『009 RE:CYBORG』2012年)。その後、バンダイナムコから企画依頼を受けて、「あんたのところでやるはずだった作品があるじゃないか」と、『ガルム・ウォーズ』を提案した。流れでいうと『ガルム・ウォーズ』の再始動は『G2.5』から始まったといえるね。

つくづく思うんだけど、パイロットを作るとろくなことないよ。パイロットを作って上手いこといったなんて一度もないよ(笑)。パイロットを見せるからちゃちゃが入るんだ、ということは学んだね。時間の無駄だよ。ただ、作業としては面白いからついやっちゃう。新しいものを開発するってこと自体はもの凄く面白いことなんだよ。監督という商売をしていても開発に関わることはそうあることじゃないから。いきなり台本を渡されて「これで撮れ」と言われるのは多いからね。

▲「G2.5」

▲「G2.5」

 
押井守は、アニメ現場のイノベーションを常にみている!
──押井監督が、今後やってみたいチャレンジはありますか?

やらせてくれないだけで、やりたい事は山ほどあるよ。でもそれは、映画やアニメを演出するというレベルではなく、「表現」のレベルを底上げするというレベルだけど。技術的な部分を含め、映像としてどう表現するのかという、技術開発って絶対必要だと思っている。

僕は毎回必要だと思っていたから、毎回なにかしらやってきた。開発には、システムに取り込まれたアニメの作り方を見直す気持ちでいた。『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993年)のレイアウトシステム(*16)、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)の部分的なデジタル合成。『イノセンス』(2004年)では3次元の背景に2次元にキャラクターをマッチングさせた。方法論だけでなく新たな職種も生まれるから、そのためのスペシャリストも要請しないといけない。『イノセンス』は、アニメーターもさることながら、背景の作業量は膨大になっていくから、みんなが戸惑う。それを断固として「やるんだ」「無駄にならないからやるんだ」と言えるのは監督しかいない。

カメラやソフトウエアの開発になるととんでもないお金がかかるけど、ゲームの世界は普通にやってる。『メタルギア』でもフォックスエンジン(*17)を開発したわけでしょ。もちろん膨大なデザインワークスもあるけど、予算の多くがエンジンの開発に注がれている。

(*16)レイアウトシステム 背景とキャラクターの配置に関する指示の事。以前は、絵コンテから、直接アニメーターが動画を書いていた。
(*17)『メタルギア』シリーズを開発していた小島プロダクションが、ゲーム開発の最適化と効率化を目指して開発したゲーム開発用ソフト。


──今、監督が作っているという噂の新作でも、新しい技術を開発されているんですか?

予算もないので、わかっている技術でやっています。


──その新作はアニメという噂も聞こえてきていますが?

アニメの監督をやめたつもりはないから(笑)。やらせてくれないなら仕方ないじゃない。その新作というのは、まだ決まってはいないけど動いてはいます。でも、力を入れて『イノセンス』みたいな凄いものをとは思っていない。たぶん歳をとったせいもあるんだけど、淡々と考えています。ある種王道でやろうと。これ以降、僕にアニメを撮らせようとする人が現われないかもしれないし、自分がそれに耐えられるのかも分からないしね。アニメを撮るってことは、凄い気力が必要で、想像以上に消耗するんだよ。だから、アニメ監督という仕事はいつまでもできる仕事じゃないなって思ってる。
 

▲『ガルム・ウォーズ』より

▲『ガルム・ウォーズ』より

 
作品情報
●ガルム・ウォーズ Blu-ray 豪華版
発売日:2016年12月14日
価格:8,800+税


DISC1(本編):本編 93 分+映像特典
・本編
・特報
・予告編

DISC2(特典):134 分/1 層(BD25G)
・ライカリール(本編製作前に作られたビデオコンテ)
・「G.R.M.」パイロット版(本編製作前に作られたパイロット・フィルムの最初の1本。 『ガルム・ウォーズ』の原点)
・「G2.5」(押井守監督作の中で、未公開だった映像作品)
・イベント映像集
・メラニー・サンピエールからのメッセージ&ティーチインイベント

外装・封入物
・三方背ケース
・解説書
・画コンテブック(押井守監督直筆の画コンテ台本を丸ごと収録)

 
Story
遙かなる古代、戦いの星・アンヌン。ここにはガルムと呼ばれるクローン戦士が生息し、果てしない争いを繰り広げていた。かつてガ ルムには8つの部族があり、それぞれ役割に応じて創造主・ダナンに仕えていた。あるときダナンが星を去り、その後の覇権をめぐっ て部族の間に戦いが生じたのである。長きにわたる争いの末に5部族が絶滅し、残るは空を制する「コルンバ」、陸を制する「ブリガ」、 そして情報技術に長けた「クムタク」の3部族だけとなった。

この星に生息するのはガルムの他に、彼らから神聖視される犬・グラと、鳥――。ガルムは生殖能力を持つグラや鳥と違い、クローン技術によ り命をつないできた。たとえ命を落としても、その個体の記憶をクローンの脳に転写することで再生を繰り返し、幾世代も生き延びてきたのだ。 空の部族・コルンバの女性飛行士「カラ」は、陸の部族・ブリガとの戦闘の最中、クムタクの老人「ウィド」、ブリガの兵士「スケリグ」と出会う。ウィド が投げかける不可思議な問いによって、敵同士である彼らの間に奇妙な連帯が生じる。
創造主にして神であるダナンがなぜこの星を去ったのか?
我々ガルムとは一体何者なのか?

我々は何処から来て何処へ行くのか? カラとスケリグは次第に惹かれ合う。2人はそれまで脳内に生じたことのない感情に戸惑いながらも突き動かされる。その情動はガルムにおける愛の芽生えであり、またそれは彼らが重大な変化の渦に巻き込まれつつある事を暗示していた。 ウィドは、絶滅したはずの部族・ドルイドの最後の生き残りである「ナシャン」を連れていた。ドルイドとは、かつて創造主・ダナンの声を伝えたとされる部族である。ナシャンに導かれ、カラ・ウィド・スケリグの3人はグラとともに、海の向こうの遙か彼方にある伝説の聖なる森「ドゥアル・グルンド」 を目指す旅に出る。自らのルーツを探り、「ガルムの真実」を知るために......。しかし、それは彼らの神の怒りに触れる行為だった。
聖地に待ち受けるのは希望か、絶望か―――?

キャスト/声の出演
ウィド:ランス・ヘンリクセン/壤 晴彦 スケリグ:ケヴィン・デュランド/星野貴紀 カラ:メラニー・サンピエール/朴 璐美(璐は王へんに路) 他

スタッフ
原作・脚本・監督:押井守
日本語版プロデューサー:鈴木敏夫
宣伝コピー:虚淵玄(ニトロプラス)
音楽:川井憲次

全国劇場公開作品
海外での公開:2015年10月2日 北米公開(海外公開版タイトル『GARM WARS: The Last Druid』)
日本での公開:2016年5月20日 全国公開

(C)I.G Films
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