
「皆さんの応援のおかげで遂に100巻という景色を観ることができます」──世界中に広がる自転車競技マンガの金字塔『弱虫ペダル』コミック100巻刊行記念! 渡辺 航先生ロングインタビュー【後編】
「名シーン100選」の人気トップ5を先生が解説!
──今回、100巻刊行を記念して、ファンの方からの「好きなシーン100選」を募集しました。先生にもチェックいただき、ぜひベスト5のシーンについてコメントをいただければと思います。
渡辺:皆さん、こんなに投票していただいてありがとうございます。
1位は先ほどお話しした「ティーブレイクしてたんだよ!!」のシーンですね。実はあのシーンで今泉が出るという選択肢もありました。真波が出て、さあ総北はどうするのかという時に、今泉が出るのが順当だなと。
だけど真波がめっちゃ強いことを踏まえ、誰と闘わせたらおもしろいかなと考えたんです。結果「一番弱いヤツと闘わせたらおもしろいだろう」という発想から手嶋になりました。
センスは持ち合わせていない手嶋ですが、人一倍努力する男です。坂道とスイッチするのが少し見えていたので、手嶋でもいけるかなと思っていました。とはいえまさか、あんなに手嶋が頑張るなんて……。
その後手嶋は葦木場との山岳賞争いに勝ちますが、インターハイではリタイアしたら勲章はもらえません。次点でゴールした人のものになってしまうんです。あれだけ頑張った手嶋が無冠というところも手嶋らしくて好きだし、手嶋を描き切ったなと思いました。平凡な男が両手を挙げた瞬間を描けてよかったです。
渡辺:余談ですが、初代の担当さんと1回目の合宿についての打ち合わせをしている時、「手嶋と青八木が2年生にいるじゃないですか?」と言ったら「そんなの誰も覚えてないですよ。どうでもいいじゃないですか?」と言われたんです。だからこそ、手嶋と青八木のいいシーンを絶対に描いてやろうと思っていました(笑)。
そこで1年生3人組と2年生2人を対決させたことで、皆さんも手嶋と青八木の存在を知って覚えたと思うし、田所との繋がりも理解してくれたと思います。その次の年に繋がっているし、手嶋はインターハイに出場したこともないのにキャプテンを任されて。初日の一番大事な山岳賞に出るという重責と、彼がやり遂げたことの素晴らしさは記録には残らないけれど記憶に残る。描いていて楽しかったです。
──2位はコミックス12巻収録の「1年目インターハイ1日目、巻島と東堂の山岳賞争い」です。
渡辺:第2位の巻島と東堂の山岳賞争いのエピソードも先ほど話してしまいましたが、巻島さんを描きながら「たぶん読者の皆さんからは気持ち悪がられているんだろうな」と思っていました。
東堂もハコガクの強い人というポジションではあるけれど、当時はまだキャラがそこまで深掘りされていませんでした。巻島から坂道に「ああいう男は無視しろ」と言ったり「わっはっはっ、巻ちゃん、勝負だ!」なんて言ったりしているけれど「うざがっている巻島が塩対応している人」でしかありませんでした。
だけど二人を勝負させて、掘り下げていくうちに「俺たちは3年生で最後のインターハイじゃないか」と。ここでしかもう勝負できないという機運が高まった時、坂道が落車してしまったので「俺はもう行けない。」「準備しとけよバカヤロウ!!」という別れがありました。
そこから坂道が100人抜きでやってきた時に、ちょうどスイッチして間に合うタイミングになって。あそこは館林が鉄壁の盾と言われながら二人に置き去りにされて……名脇役として本当にいい仕事をしてくれました(笑)。どんな名勝負の裏にも支えてくれる存在、脇キャラは必要だと思っているので。手嶋と真波の時はそういうキャラはいませんでしたけど。
──3位の「1年目インターハイ3日目、荒北がチームを引いて落ちていくシーン」も泣ける場面ですね。
渡辺:3位は坂道の1年目のインターハイ3日目ですね。メインキャラの中で一番最初に落ちたのが荒北でした。例えば異能バトルでは、キャラクターがギリギリの極々まで行った際の死に際の描写があります。ロードレースの場合はリタイアが死に際で、僕はいつもキャラクターがリタイアした時は「その人の死にざま」を描こうと思っているんです。
この荒北と福富のシーンは「福ちゃん、おまえにだけはほめてほしいんだ」と力尽きてつぶやく荒北を振り向きもせずに、前を向いて走る福富は「おまえは最高の走りだった!!」と言って去っていきました。でも荒北は別に死んだわけではないので、後でひょっこり現れることができるんです。またその前々回あたりで、荒北さんは「一番イキがいいヤツほど最初に散っていくんだよ」と予言するようなことを言われているんです。そして荒北は、チームを引っ張るだけ引っ張って「インハイラストステージの先頭はハンパなくキモチイイ」という言葉を残して散っていきました。このシーンはロードレースらしさを表現できたと思っています。
ロードレースではエースがゴールするシーンがニュースになりがちだけど、荒北のようにアシストが素晴らしい仕事をして、勝利をチームに託して散っていくシーンも美しいんですよね。
そして福ちゃんは振り向きもせずに走っていきましたが、実は振り向かせるかどうか、すごく悩みました。でも荒北と福富の固い信頼関係だったら振り向かないだろうなと思って。その次の回で坂道が「今、荒北さんが落ちていきましたよ。どうすればいいですか?」とすごく動揺するけど、いずれみんなリタイアしていって、一人になるというロードレースの厳しさをチームメートが「これがロードレースなんだよ」というセリフで伝えました。このシーンでもロードレースらしさを描けて嬉しかったです。
同じ3日目で青八木さんがハコガクの集団に追いついた後にリタイアした時もそうでした。鏑木が涙を流しながら「何で涙が出るんですか!?」と言って去っていく。任務をやり通した男が最後に散っていく……すごい死に際を見せておいて、レース後に行われた表彰式にひょっこり現れて、みんなと優勝の喜びを分かち合えて。まるで死んだ人が生き返ってきたみたい。そのロードレースの構造はすごいなと自分で描いていて思ったし、キャラクターが誰一人死なないエンターテイメントっていいなと改めて思いました。
──4位は「1年目インターハイ1日目、巻島が東堂に追いつくシーン」です。笑いあり、感動ありの名場面でした。
渡辺:1年目の2日目、坂道の奇跡の100人抜きにより、一度はあきらめかけていた巻島との一騎打ちが実現した東堂が「巻…ちゃん…オレは たった今絶好調になった!!」と言ったシーンです。東堂があんなに浮かない顔しているのはあのシーンくらいしかないと思います。
……あっ! あと今「SPARE BIKE」で東堂を描いていますが、巻島さんからイギリスに行くことを告げられた時も浮かない顔してましたね(笑)。東堂の一喜一憂、いろいろな表情が描けて、おもしろかったです。
「後ろから1人やってくるぞ~!」という声が聞こえてきて思い切り振り返ったら館林だったので、すごくガッカリして。後でもう1回「後ろから1人やってくるぞ~!」と聞こえた時は「もう振り向かないよ」と言ったけど、今度は「フラフラしているぞ」の声で振り向くと巻島がいて。そしてあのセリフが東堂の口から出てきた。ベタベタといえばベタベタですが、東堂と巻島という組み合わせかつ良い演出として描けたかなと。そして二人が命の限り走って、山岳賞を競い合う彼らの表情と走りが描けたのですごく満足しています。
──5位も荒北の名シーン「1年目インターハイ3日目、小野田・荒北・真波の協調」です。
渡辺:3位のシーンの前にあった荒北が坂道と真波を引っ張ったシーンですね。荒北から「お前には俺がどう映っているんだ?」と尋ねられた坂道は「こわくて、こわくて、今にも食べられそうな人です!」と答えました。
野獣の荒北と草食動物の坂道の相性は最悪ですが、どうしても行かなければならない状況です。坂道も決死の気持ちで協調を申し出て、結果荒北が「ちょっとだけ、福ちゃんに似ているな。」と思い「のってやるよ」と了承したら、ひょっこり真波も後ろから現れて。「お前も集団に飲み込まれていたんかい!」と(笑)。
3人で走って、荒北の「見せてヤンよ!箱根学園2番の引きってヤツを!」と先頭を走っていった荒北さんが超カッコよくて、ここから荒北さんムーブが始まりました。二人を引っ張った後、広島と闘って、ヤンキーの過去編をやって「一番イキがいいヤツが落ちていくんだよ」というところで、落ちていくという。荒北さんが光り輝いたエピソードでしたね。
荒北を登場させた時はギャンギャン言っていて、みんな嫌いだろうなと思いながら描いていました。基本的に自分の名前と作品名でネット検索はしないというルールがあるので、読者の方の反応を知ることができるのはイベントなどで直接お会いした時だけなんです。連載が進んでいくと、イベントなどで読者の方とお会いするたびに「荒北さんが好きです」と言ってもらえて。荒北や巻島は読者の方に怖いとか気持ち悪いと思われているだろうなと思っていたので、好きという声をたくさんいただいたのが意外でした。
また荒北さんのヤンキーエピソードは1日目の夜に少しやろうかなという話をしていました。でも田所さんが倒れてしまったので、それを放っておいて、別のキャラの回想エピソードをやるのは情緒不安定になるなと思って、1回置いておくことにしました(笑)。
その段階ではヤンキーエピソードを「もうやる機会はないだろうな」と捨てるつもりだったんです。でも待宮くんとの闘いの中で、「これはもしかしてワンチャンいけるかも」と思って。1年生の時の荒北と福富の出会いを描くことができてよかったです。































