
「苦しいのにやめられない。むしろ苦しいからこそ向き合ってしまう」表現者の苦悩と葛藤を肌で感じられる作品──アニメ『ワールド イズ ダンシング』鬼夜叉役・花守ゆみりさんインタビュー
「苦しいのにやめられない。むしろ苦しいからこそ向き合ってしまう」
──鬼夜叉を演じる中で、共演者の皆さんとの掛け合いから影響を受けたことはありましたか?
花守:影響を受けるというより、自分自身の芝居と改めて向き合えた現場だったなと感じています。鬼夜叉には、言葉そのものに真っ直ぐな力を持っていてほしいという想いがありました。たとえ誰かに刃を向けるような場面でも、その感情を真っ直ぐ届けてほしかったんです。
もちろん私という役者のフィルターは通しています。でもそのフィルターを限りなく薄くして、鬼夜叉自身の言葉がそのまま届く存在でありたいと思いながら演じていました。その過程で、自分は怒りや悲しみといった感情を強く感じる人間なんだな、と改めて気付かされた部分もありましたね。
──鬼夜叉を演じることが、ご自身を見つめ直す機会にもなったのですね。
花守:監督から「自由に演じてほしい」と言われていたからこそ、逆に悩みを分かりやすく表に出すのではなく、自分の中でしっかり悩ませてみようとか、怒りをどこまで鋭く届けられるだろうとか、そういうことを考え続けていました。自分は普段どんな感情に寄り添って生きているのか。どんな表現を選び取る人間なのか。鬼夜叉を演じながら、ずっと自分にも向き合っていた気がします。
共演シーンの多かった土屋さんも、きっと同じ気持ちだったと思うんです。キャラクターと自分との距離をどこまで近づけるのか、どこまでフィルターを薄くできるのかを考え続けていたんじゃないかなと。普段はキャラクターと自分の間に一線を引いて演じていますが、今回はその境界線を極限まで薄くしたからこそ、自分自身の喜怒哀楽とも向き合うことができました。
──掛け合いを通して、結果的にご自身への理解も深まったと。
花守:そうかもしれません。相手と真剣に掛け合ったからこそ、自分の言葉がどこを向いているのか、自分がどういう感情を大切にしているのかを再確認できた気がします。鬼夜叉は、そういう気付きを与えてくれたキャラクターでした。
──本作は能という伝統芸能を描いた作品ですが、花守さんご自身が声優という仕事の中で「受け継いでいってほしいもの」はありますか?
花守:私はまず、声というものはその人だけのものだと思っています。そして声優という仕事はその声を使って、この世界には存在しないキャラクターに命を与え、その人生を感じてもらう仕事だと思うんです。
俳優さんとも少し違う表現の形だと思いますし、だからこそ大切なのは「作品の中のキャラクターが本当に生きていると感じてもらうにはどうしたらいいのか」を考え続けることなんじゃないかなと思っています。
──技術というよりも、キャラクターに向き合う姿勢を受け継いでいってほしい、と。
花守:私はそう思っています。もちろん滑舌や口パクに合わせる技術など、受け継いでいくべき技術はたくさんあります。でもその根幹にあるのは「自分ではない誰かの人生を、どうすれば見ている人に感じてもらえるのか」を考え続けることだと思うんです。
キャラクターが本当に生きていると感じてもらうために何ができるのか。その問いに向き合い続ける心がある限り、声優という仕事は形を変えながらも受け継がれていくのではないかと思います。
──ちなみに、花守さんご自身は「どう演じるのか」という問いに対する答えを見つけられていますか?
花守:たぶん、死ぬまで見つからない気がします。でも、それが面白いんですよね。私たちは今こうして生きているのに「どうやったら生きられるのか」という答えを見つけられない。その不思議さを抱えながら、今ここに立っているんだと思います。
──答えを探し続ける姿勢は、どこか鬼夜叉とも重なるように感じます。
花守:そうかもしれませんね。でもきっと、みんな悩みながらこの仕事を続けているんじゃないかなと思います。ずっと答えの出ない問いを考え続けているからこそ「声優」という道を歩み続けることができているんじゃないかって。
──花守さんはこれまでの声優人生の中で、大きな影響を受けた出来事はありますか?
花守:これはいろいろな場所でお話ししていることなのですが、私にとっては、黒沢ともよさんのお芝居を舞台で観たことが大きな転機でした。
もちろん、それまでにも素晴らしい作品やお芝居に触れる機会はたくさんありました。でも友人である彼女が舞台の上に立っている姿を見たとき「私は今、彼女ではない別の人生を見ている」と感じたんです。その体験が「これを声で表現するんだ」という気付きにつながりました。
──それほど大きな衝撃だったのですね。
花守:そうですね。まさに鬼夜叉が白拍子の舞を見たときの衝撃に近いものを、私は黒沢さんのお芝居に感じたんです。自分がよく知っている、隣を歩いたこともある人が、舞台の上ではまったく別の人間として存在している。そのことにものすごく衝撃を受けて、思わず涙が出るくらいでした。
──その経験は、今の花守さんのお芝居にもつながっているのでしょうか。
花守:間違いなくつながっています。むしろ、私が「なぜ演じるのか」という問いを持つようになったきっかけそのものが、彼女のお芝居だったと思っています。ただ、本人にその話をしても「えー? わかんなーい」って返されるんですけど(笑)。そういうところも含めて大好きなんですよね。
──ありがとうございます。最後に、ご友人にこの作品を勧めるとしたら、どのように魅力を伝えますか?
花守:もし表現をすることが好きな人や、表現者の生き方に興味がある人なら、ぜひ見てほしい作品だと伝えると思います。この作品には、表現者が人生を懸けて悩み続ける姿が描かれています。その苦悩や葛藤を、本当に肌で感じられる作品なんです。
苦しいのにやめられない。むしろ苦しいからこそ向き合ってしまう。そんな表現者の生き様が詰まっていますし、一度見始めたら、きっと最後まで心を掴まれてしまう作品だと思います。
──実際に演じる中では、苦しさと楽しさの両方があったのではないでしょうか。
花守:まさにそうで、現場ではみんなで「苦しい!」と言いながら笑っていました(笑)。監督から作品を通して語られていた「笑いながら泣いている」という表現を、むしろ私たち自身が体現していたんじゃないかと思います。ずっと向き合い続けてきた種類の苦しみだからこそ逆に燃えるんですよね。苦しいのにアドレナリンが出ているような状態でした。
──それでも前向きに向き合い続けられた理由とは。
花守:きっと私たち自身が、その感情を人生のどこかで経験しているからだと思いますし、これからも味わうだろうと分かっているからだと思います。だから苦しいんですけど、それ以上にずっとワクワクしていました。収録が終わるたびに、みんな達成感のある顔をしながら「苦しい!」って言っていて(笑)。不思議な現場でしたね。
でも今振り返ると、あれだけ笑いながら苦しさを共有できたのは、それ以上に向き合う価値のあるテーマだと全員が感じていたからなんだと思います。挑む価値のある課題だと信じていたからこそ、最後まで向き合い続けることができた作品でした。
【インタビュー:柴山夕日】
『ワールド イズ ダンシング』作品情報
あらすじ
キャスト
(C)三原和人・講談社/『ワールド イズ ダンシング』製作委員会
































