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- 五六七八千代
- 徳島出身のフリーライター&歌人。現在は、特撮、アニメ、DOMOTOが生きがい。

2025年9月から放送がスタートした『仮面ライダーゼッツ』。シリーズ初となる「夢の世界」を舞台に、現実と夢が交錯する予測不能な物語が繰り広げられています。
人々の夢を守るため、夢の世界を駆ける主人公・万津莫(よろず・ばく)/仮面ライダーゼッツ。そんな莫と、ときには敵対し、ときには手を組んできた小鷹賢政(おだか・けんせい)/仮面ライダーノクス。そして、登場時は敵怪人・ナイトメアと融合し、莫の前に立ちはだかったジーク/仮面ライダードォーン。
それぞれ異なる個性や信念を持つ3人は、さまざまな出来事を通して少しずつ関係性を変化させてきました。
「懲役1000年」の大罪人にして、CODEの初代エージェント。そして仮面ライダードォーンへと変身するジークは、へらへらとした笑顔で周囲をかき回す、まさに予測不能な男です。
しかし、その自由奔放な振る舞いの奥には、現実への絶望や孤独、そして彼なりの美学がありました。知れば知るほど「なんだ、この男……!」と気になってしまうジークの魅力を、本記事でたっぷり紹介します。
まず外せないのは、そのぶっ飛んだ経歴です。彼は「懲役1000年」を科せられた大罪人であり、CODEの初代エージェント、コードナンバー:ワンでもありました。
CODEの司令官・ゼロや、コードナンバー:ツーとして活躍したザ・レディからも警戒されるほどの危険人物。ところが本人は、そんな周囲の反応もどこ吹く風。いつもヘラヘラとしていて、まるで緊張感がありません。
もともとは、海外マフィアを率いる一族に生まれたジーク。暴力や欲望が渦巻く環境で育った彼は、自らの生い立ちそのものを「生まれながらに背負った罪」と捉えていました。やがて組織での活動中に逮捕されると、父親に見捨てられたことをきっかけに、明晰夢の力を使って父親の夢へ侵入。そこで父親を殺したところ、現実の父親も急性心不全で死亡してしまいます。
自らの夢で人を殺せると知ったジークは、そこから「姿なき執行人」として動き始めました。犯罪者や汚職に手を染める者たちの夢へ次々と侵入し、そこで彼らを処刑。夢の中で殺された人間は、現実では急性心不全として処理されるため、証拠は一切残りません。
こうした殺人を繰り返し、世間から恐れられる存在となった末に、ジークに科せられたのが「懲役1000年」という途方もない刑でした。
さらにジークは牢獄の中からも夢を通じた殺人を続行。そんな力に目を付けたのが、ゼロだったのです。ジークはCODE初のエージェントとして迎え入れられ、ドリームラーニングを受けることになります。
そこで彼の深層心理に現れたのが、パニッシュゴアナイトメア。ジークはその悪夢を恐れるどころか、自らの命を差し出すようにしてナイトメアと融合します。こうして人間の限界を超えた力を手にし、仮面ライダードォーンへと変身する力を得たのです。
しかし、CODEからは実験体として扱われることに。ナイトメアとの融合を経て、やがて組織そのものに反旗を翻し、CODEを裏切ることになります。
こうして振り返ると、ジークの底抜けに楽しそうな振る舞いの裏には、血塗られた現実や、自分を取り巻く人間たちへの深い失望があったことが見えてきます。現実に絶望し、悪夢の世界へ逃げ込んだ男。一方で、好き放題に振る舞う姿だけを見ていては分からないものが確かにあるのです。その過去を知れば知るほど、あのヘラヘラとした笑顔の奥に何があるのか、もっと知りたくなってしまう――。そんな底知れなさこそ、ジークのたまらない魅力のひとつではないでしょうか。
ジークの変化を語るうえで欠かせないのが、ヒロイン・ねむとの関係性です。
かつてのジークは、辛い現実を生きるくらいなら、都合のいい美しい夢の中で幸せに眠っていればいいと考えていました。そんな彼に対して、ねむは「どれだけ辛くても、自分で選んだ現実を生きたい」と、自分の気持ちをまっすぐに伝えます。
現実に絶望し、悪夢へ逃げ込んでいたジークにとって、ねむの言葉は簡単に受け入れられるものではありません。しかし、自らの運命から逃げず、現実に立ち向かおうとする彼女の姿は、少しずつジークの心を揺さぶっていきました。
その変化がはっきりと表れたのが、パニッシュゴアナイトメアとの決別です。
ジークが脅すように突きつけたブレイカムドォーンを自らの手で掴み、運命から逃げない覚悟を示したねむ。傷を負ってもなお現実から逃げようとしない彼女の姿を目の当たりにしたジークは、ついに自分の中にある弱さと向き合うことを決意します。
そして、パニッシュゴアナイトメアの支配を振り切り、己の罪も弱さも背負ったまま、パニッシュゴアナイトメアを倒すため、仮面ライダードォーンへと変身。現実から逃げ続けてきた自分自身と決別し、「現実を生きる」という選択をしたジークの覚悟が、そこにはありました。
とはいえ、ねむのために戦うようになったからといって、ジークが突然「正義の味方」になるわけではありません。むしろ、そこがジークの面白いところ。莫のように「世界を守る」という大義を掲げることもなく、あくまで「あの生意気なお嬢ちゃんが選んだ現実を守るため」。一見ひねくれているようでいて、実は誰よりも自分の気持ちに正直な戦い方です。
ねむに言われたから変わったのではなく、彼女の生き方を目の当たりにする中で、自分自身の価値観と向き合い、自ら選び直したジーク。最後までジークらしさを失わないからこそ、そこに表れる変化が格好いいのです。
#仮面ライダーゼッツ
— 仮面ライダーゼッツ【東映公式】 (@zeztz7toei) July 5, 2026
Case43 訣れる
【予告】https://t.co/cunjgfw9kM
ゴアナイトメアの猛威は続く。
ジークは永らく共にいたパニッシュ越しに
自身の過去と対峙する──#ゼッツ #ZEZTZ
Case42の振り返りはこちらhttps://t.co/YHUz6BWasM pic.twitter.com/apQyTXOhc4
物語が終盤に近づくと、ジーク自身がどのような生き方を選ぶのかがより鮮明に描かれていきました。彼の足跡を注意深く追っていくと、その心の奥底ではずっと「自らを罰してくれる何か」を求めていたことが浮き彫りになります。
悪人を夢の中で処刑し、自らパニッシュゴアナイトメアと融合し、監獄に身を置いていたジーク。そこには、自分自身もまた罪深い人間だと分かっていたからこそ、誰かに止めてもらいたい、罰してほしいという思いがあったのかもしれません。
だからこそ、オブリビオンナイトメアによって世界から人々が消え、自分の存在さえも忘れられてしまう状況を前にしたとき、ジークはそれを受け入れようとします。誰からも思い出されず、何も残らない。そんな終わりこそが、自分にふさわしいのだと。
けれど、そんなジークの前で、莫はオブリビオンナイトメアを倒すために一人で立ち向かったねむを取り戻すために立ち上がります。
世界が再び危機にさらされる可能性があっても、それでも「生きてさえいれば、夢も叶えられる」と前へ進もうとする莫。その姿を目にしたことで、ジークも自分が選ぼうとしていた「綺麗な終わり」に疑問を抱くようになります。
ねむを失ったまま、何事もなかったように生き続ける。それは本当に望んでいた結末なのか。すべてを忘れて消えてしまうことが、本当に自分にとっての救いなのか。そこでジークが選んだのは、「無」ではなく「生きること」でした。
たとえ惨めでも、苦しくても、失ったものを抱えたままでも、いっそこの最悪の現実を楽しんでやろう――。そうしてジークは、誰かに与えられた罰ではなく、自分自身の意志で生き方を選びます。最後には莫やノクスと肩を並べ、ねむを取り戻すための戦いへと身を投じていくのです。
最初から「誰かのために生きる」人間ではないし、最後まで綺麗な正義を掲げるわけでもありません。それでも、自分の罪や虚無から目をそらさず、「それでも生きる」と決める。悪夢から逃げることも、綺麗に終わることもやめて、泥臭い現実を自分の美学で楽しもうとする。
そんな、ひねくれていて、どこまでもジークらしい「生きる覚悟」に、最後にはぐっと心をつかまれてしまうのではないでしょうか。
#仮面ライダーゼッツ
— 仮面ライダーゼッツ【東映公式】 (@zeztz7toei) August 9, 2026
Case48 儚くなる
【予告】https://t.co/nDikxTGAzi
ジーク復活!
現実に戻り始める仲間たち。
しかし小鷹はまだ闇の中。
莫の体も夢と現実の行き来で
限界を迎えようとしており…
それでも夢を諦めない。#ゼッツ #ZEZTZ pic.twitter.com/J96IhRP6p4
「自由で何が悪い? それが夢だろ?」
そう言って、悪夢を何よりも愛してきたジーク。現実に絶望し、悪夢の世界へ逃げ込んでいた彼は、ねむとの出会いや莫たちとの共闘を通して、少しずつ「現実を生きる」という選択と向き合うようになりました。
笑っているのにどこか寂しく、ふざけているようでいて、心の奥には誰よりも深い孤独と罪を抱えている。そして最後には、そのすべてを抱えたまま「生きる」ことを選んだジーク。その不器用で美しい生き様は、物語が終わってもきっと忘れられないものになるはずです。
いよいよ今週末、『仮面ライダーゼッツ』は最終回を迎えます。最後の戦いでジークがどんな姿を見せ、どんな言葉を残すのか。そして、莫やノクス、ねむとどのような結末を迎えるのか――。
最後まで自由に、そしてジークらしく。最後の最後まで、ジークに振り回されてみませんか?
[文/五六七 八千代]
