髙月まつり先生の『名無しの神様ご執心』が登場! 試し読みページも

<6月のダリア文庫新刊情報>髙月まつり先生の『名無しの神様ご執心』が発売。試し読みページもお届け!

 乙女がときめくボーイズラブレーベル・ダリアより、6月に発売する文庫の新刊情報が到着! 今月は、高月まつり先生の『名無しの神様ご執心』が登場! 書籍の試し読みもたっぷりありますので、発売情報とあわせてしっかりチェックしてください☆

■私は神だ、お前に抗えるわけはないだろう――?

タイトル:名無しの神様ご執心
著者:髙月まつり
イラスト :明神翼
発売日:2014年6月13日(金)
本体価格:602円+税

【STORY】
陽都は、祖父の部屋で「神」と名乗る男
と出会う。彼に「水無月」という名前を
与えたことにより、彼との契約が結ばれてしまい…!?

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「名無しの神様ご執心」(著:高月まつり) (本文p41~47より抜粋)

「まだ私を神と認めんか、陽都」
「あんたは俺の足を治してくれた恩人だ。だから、その事実は信じる。祀れ崇めろというなら、俺ができる範囲でやるつもりだ。けどな……神様となるとなあ」
「この国は神と人間が密接だと聞いたが?」
 男はラピスラズリの薔薇を慎重にデスクに置き、陽都に問う。
「神というか、万物には霊が宿るというか……アニミズムは生活に密着してるから、改まって考えたことなんかない」
「では今から考えろ。私は、お前が信仰する神だ」
「いや、そんな断言されても」
「埒(らち)があかんな」
 男は苦笑を浮かべると、一度、手を叩(たた)いた。
 次の瞬間、部屋に花びらが降ってくる。
 淡い色をした花びらの雨。
 何の花びらかなんて、日本人ならみんな分かるだろう。
 桜、だ。
 骨董で満たされた祖父の部屋に、桜の花びらが降り積もる。
 ああ……なんて綺麗なんだろう……と、陽都はしばらく自分の体と骨董に降り積もる花びらを見つめた。
 今はじめじめとした梅雨なのに、この部屋だけは春の優しい香りがする。
 ノスタルジーを引き起こす淡い香りに、思わず涙ぐみそうになったところで、陽都は突如現実に戻った。
 降り積もる花びらは美しいが……。
「これ、掃除するのは…………………………俺かっ!」
 陽都は自分に「俺以外の誰がいる」と突っ込みを入れた。
「掃除だと? 美しいではないか。日本人は桜の花を愛しているのだろう?」
「そりゃ花見も桜も好きだけど……いや、こういう趣向は個人的には嫌いじゃないけど、後々のことを考えると、なんというか……」
 それに、埃と花びらを一緒にして捨てるのは、なんだか悲しい。
 陽都はたくさんの桜の花びらを頭や肩につけたまま、「いい加減にしろ」と男を睨(にら)んだ。
 すると男は、今度は手を二回叩く。
 部屋中にあった桜の花びらが、一枚残らず消え失せた。
 瞬(まばた)きする間もない。
 陽都は無言で、己の頬を強く引っ張った。
 痛い。
 寝てない。ちゃんと起きている。
「今のは?」
「お前が掃除をしなくともいいように、全て消した」
「え? いや、おい、消したって……? 消した?」
「これが神の力の、ごくごく一部だ。神にとっては児(じ)戯(ぎ)にも等しいが、人間に対する説得力にはなる」
 確かに。
 超能力で済ますにはいろいろと無理がある。いや、無理なら最初からあった。リハビリしてもちゃんと歩くことができない足が、超能力とやらで治るはずはない。
 理性は否定しているが、本能は認めている。
 今まで祖父と一緒に世界を巡り、様々なものを見た。様々な人に会った。真贋入り乱れたバザールの中、騙(だま)す者と騙される者、嘘を見抜く者を星の数ほど見てきた。祖父も時折贋(にせ)物(もの)を掴まされて、悔しそうに唸(うな)っていた。そして陽都は、祖父が唸った十倍も唸ることになった。
 おかげさまで目が肥えた。
 その、肥えた目で目の前の男を見つめる。
 陽都の目の前にいる、この美しい男は「神」なのだ。
 もう否定できない。
「……その、神様が……祖父さんの部屋にずっといたのか」
「そういうことだ。ようやく信じたか。これからは私をきちんと敬うのだぞ? 太陽の機嫌を損ねると、人間は困るのだからな。酒は欠かさずにな? なんなら、一升瓶をここに置いていってもいい」
「あの」
「ん? どうした?」
「……祖父さんの通夜と葬儀のとき………天気にしてくれたのはあんたか?」
 突然の快晴は、祖父の人徳と言われた。
 陽都もそうだろうと思っていた。
 しかし今、目の前に「太陽神」を名乗る男がいる。
「興一は私のよき話し相手であった。彼を見送るのに、私がおらんでどうする」
 男は、それが当然とでも言うように偉そうに微(ほほ)笑(え)んだ。
「そっか。ありがとう。きっと祖父さんも喜んだと思う」
「喜んでいたぞ。もう意思の疎(そ)通(つう)はできんが、時折骨董を愛(め)でている」
 人の魂は四十九日まで現世に留まると言われるが、陽都は、まさかその事実を今聞かされるとは思ってなかった。
「え、マジか?」
「神は嘘などつかんぞ。というか、つけん」
「死んだ後まで骨董を見てるなんて、祖父さんらしいや」
「まったくだ」
 二人は顔を見合わせて小さく笑う。
「あんたは……ずっとここにいるのか?」
 陽都がそう尋(たず)ねると、男は呆(あき)れ顔で肩を竦(すく)めた。
「ここに神体がある。この屋敷はすでに私の社だ。出て行く理由がない。さあ思う存分祀るがいい」
「あ、あの……もう一つ、いいか?」
「疑り深い信者だな」
「いや、そうじゃなくて……あんたの手、触ってもいいかな?」
「私は信者には寛大だ。畏(おそ)れ多いこの手に触れるがいい」
 陽都は、男が差し出した手を両手でそっと掴む。
 人の形をした幻ではない。温かな人の手だ。関節の皺も爪もある。
 これもいわゆる「神の奇跡」なのか。
「神様は……その、アレか? 人間の形をしてるときは、人間と同じものを食べたり飲んだりするのか?」
 陽都は男の右手を握り締めたまま、矢継ぎ早に質問する。
 ずっとここで暮らすなら、衣食住の話は必要だ。
「誠心誠意祀られていた頃は、酒以外の人間の食事にさほど興味はなかったが……今は違うぞ。この国の料理は美味だな。酒も素晴らしい。特に日本酒。私は日本酒が一番好きだ。この屋敷には、素晴らしい腕を持つおなごがいるだろう? お前の姉の一人。たしか、花梨と言ったな。これからが楽しみでならん」
 キラキラと輝く笑顔を見せる男に、陽都は「本当に……何でも知ってるんだな」と呟いた。
「知っているだけで何もしておらん。お前たちは私の信者ではなかったからな。だが今は違う。私は、今までのように見守るだけでなく『信者のお前』を守っていこう」
「神様って……人間が願ってから願いを叶(かな)えるもんじゃないか?」
「は?」
 男は眉間に皺を寄せ「願いを叶えるだと?」と不機嫌な声を出す。
「神様ってのはそういうもんだろ。だからみんな参拝に行くんだ」
「恐れ敬われてこそ神だろう。なぜいちいち人間の願いを聞く必要がある? 願うなら、少なくとも、家畜や生(き)娘(むすめ)の生(いけ)贄(にえ)を捧げてからだろうが」
 なんだよこの神さまは……。
 陽都は心の中で突っ込みを入れる。
「ああ忘れていた。今の世界に生贄は存在しないのだったな」
「思い出してくれて幸いだ。多分、祖父さんからいろいろ聞いてると思うけどさ」
「荒ぶる神の話はなかなか楽しかった。私も昔は、何度か荒ぶってみたことがある。太陽という手前、禍(まが)々(まが)しいことはできなかったが」
 それやったら祟(たた)り神ですから。太陽が祟るって日照りか? 日照りしかないだろ。最悪だ。
 陽都はまたしても心の中で突っ込みを入れ、微妙な表情を浮かべた。
「日本では私は客のようなものだからな。アマテラスがいる手前、天変地異は起こせん」
「起こすなよ。やめろよマジで」
 アマテラス、まじアマテラス様……っ!
 陽都は輝く女神に、心の中で頭を下げる。

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