
シャフトの“絵”を信頼して、一緒にボケる役作り! 『忍者と殺し屋のふたりぐらし』黒役・喜多村英梨さんインタビュー
コミック電撃だいおうじにて連載中のハンバーガー先生による漫画『忍者と殺し屋のふたりぐらし』。本作のTVアニメが、2025年4月10日(木)より好評放送中です。
アニメイトタイムズでは、黒役・喜多村英梨さんへインタビューを実施。
コミカルながらもどこかダークさが拭えない非常に特徴的な世界観についてはもちろん、ご自身の演じられている黒の印象や演じる上で気を付けたこと、黒の恋人・百合子を演じる大久保瑠美さんとの掛け合いなどお話いただきました。
この作品の中で盛大に、パワフルに突っ込めるキャラクターは黒くらい
――原作や台本をご覧になった際の印象からお話いただければと思います。
黒役・喜多村英梨さん(以下、喜多村):黒役のオーディションにお声がけいただいた際に、初めて原作に触れましたが、最初の印象としては、絵は可愛いけれどブラックな要素が強い……でしょうか。ただのコメディーというより、ちょっと癖が強めなシュール寄りの作品なのだろうなとも思いました。
そんな原作の持っているダークさみたいな、そういうところからくるいい意味で異質な日常会話もあるし、ただスピーディなコメディという感じでもないんですよね。だから、絶妙な間のバランスを加味した芝居運びのほうが面白いかなと考えながら、オーディション原稿を読ませていただきました。
ただ可愛いだけじゃないところが肝になる作品だし、アニメではあの絵が持っている力にプラスして私たちの声の力があるので、いい塩梅を引き出せる役者さんが関わっていくんじゃないかなという期待もありました。
――ダークな世界から抜け出たさとことこのはの日常をゆるく描いていくのかと思いきや、サクッと追手の忍者たちが退場していくあのバランス感覚が興味深いですよね。
喜多村:毎回誰が退場するのかなとか、どれくらいの秒数生き残るのかなって。かわいこちゃんにも容赦がないですよね。きっと原作ファンの方もアニメファンの方も、そういう際どさを胸に期待を膨らませてもらえるはずです。
――ご自身が演じられる黒の第一印象はいかがでしたか?
喜多村:斜め上の発言にはなるのですが、黒とセットで出てくる百合子がどんなお芝居をされる役者さんになるかどうかが重要だろうなと。むしろ、私が黒役に決まるかどうかは、その人とのバランスによるんじゃないかとすら思っていました。
芝居の質感や声質、その役者さんの等身大なところ、パーソナルな部分もキャラクターの魅力のひとつになると思ったので、もし自分が受かるとするならその人との相性が決定打になると考えたんです。
音響打ち上げの時に原作のハンバーガー先生に、「私が黒で解釈不一致じゃなかったか心配でした」みたいなことを直接お話ししたのですが、「大丈夫でした!」とお答えいただけた時には、先生からお墨付きというか太鼓判をもらえたのかなと思えました。自分で言ってもいいかはわからないですけれど(笑)。
この作品の中で盛大に、パワフルに突っ込めるキャラクターは黒くらいなので、しっかりと良いスパイスになっているところを評価してもらえたようでした。みんな割とニュートラルな方なので、その中で黒は大事なポジションを担っています。だからこそ、彼女のそんな一面は自分が黒の役作りをするにあたっても意識していました。
他のキャラクターが持っていない正統派な雰囲気というか、生真面目さというか。もちろん黒にも他人様に胸を張れない部分はあるのですが、みんなどこか若干ズレているからこそ、登場人物たちの中では一番の常識人っぽい……というより常識人っぽい皮を被っている。
ストーリーが進むと実は非常識な人だったりするのはわかってきますし、里を抜けた動機も不純だったりするのですが、おそらく人間性は割と常識的。そんな彼女なりの真面目なツッコミというか、黒のそういう一面は意識した方がきっと他のキャラクターも立つんじゃないかと考えて取り組んでいました。多分正解だったかなと思っています。
――さとこに対してもそうですが、面倒見がよかったりしますよね。
喜多村:さとこはあまり否定から入るキャラクターではないので、基本的には黒も受け入れている印象があります。やっぱり人が良いからこそ、抜け忍になった後もなんだかんだ巻き込まれてしまうところに通ずるんだろうなと。
――そんな面倒見が良い一面もありつつ、ちょっとダメな一面もあるのが黒かと思います。そういった部分のギャップは演じてみていかがでしたか?
喜多村:アフレコに参加した印象だとやっぱり安心安全・信頼のシャフトさんが映像を作ってくれている作品なので、アプローチの仕方や正解は色々あるだろうけれど、芝居であまり答えを提示しない方が面白いだろうなという感覚がありました。
「とにかくなんかダメな奴です」と、しっかり芝居するよりも、その要素はあまり語らず絵で見せると言えばいいのでしょうか。時には芝居で濃く出すことも必要になる時はありますけどね。
私も色々な作品でお世話になってきた中で、やっぱりシャフトさんが持っている絵の力や説明力、その見せ方のセンスのようなものはわかってきていると思うので、逆にシャフトさんの絵と一緒にボケるようなことができればいいなと。
なので、百合子のヒモでダメな奴とか、誘惑に弱いだとか、そういうところはあえてしっかり芝居しないことを心がけました。自分だけ頑張ってボケて先頭に立つ感じで今回は演じていません。
やっぱりアフレコの時って完成した映像で収録することがあまりなくて。そうなると、最初に私たち役者側が先に「あのシーンのこのキャラクターはこうです」ってわかりやすいものを提示していくパターンが多くなると思うんです。
実際に『にんころ』も音響監督の亀山俊樹さんに、「このシーンの絵ってどうなりますか?」って質問すると、「後でどうにかします!」と返ってきて。だからといって手を抜くとかではなくて、この作品をシャフトさんが作るなら、がっつり濃厚に芝居をしない方が逆に面白いだろうなと考えて取り組んだんです。
それで芝居が足りなかったことや、リテイクをもらったこともないですしね。作品が持っている空気感も日常のいびつさ、みたいな要素を主軸としているので、こういう感じでやって良かったなと今のところは考えています。

















































