映画
『天使のたまご』4Kリマスター制作スタッフインタビュー

伝説の“アートフィルム”を如何にして蘇らせたのか?『天使のたまご』4Kリマスター制作スタッフに聞いた制作秘話【インタビュー】

「オリジナルを変えてはいけない」リマスターとAIとの関係性

ーーお二人から見て、4Kリマスターに向いている作品とは、どのようなものなのでしょうか?

水戸:何よりも重要なのは「フィルムが残っている作品」であることです。日本の作品の場合、比較的状態が良いものは多いですが、戦前の作品や世界には上映用のプリントしか残っていないというケースもあります。そうなると、十分な情報量を得られないんです。やはりオリジナルのネガ原版が現存している作品は、最もリマスターの効果が高いと言えます。。

ーー押井監督自身、「『天使のたまご』は4Kリマスターに向いている」とおっしゃっていました。

水戸:『天使のたまご』の映像は、非常に繊細で細やかに描かれています。4Kになることで、これまでのDVDやBlu-rayでは見えなかった細部、例えば、筆致や微妙なトーンがより鮮明になり、監督が本来意図していた表現が見えるようになる。そういう観点から、「4Kに向いている」とおっしゃったのだと思います。

ーー昨今はAI技術の発展もめざましいですが、4Kリマスターの制作において「ここはやはり人の目が必要だ」と感じる部分はどこでしょうか?

水戸:「人の目が欠かせない」という観点で言えば、レストア(修復)の工程でしょうか。先ほどもお話した通り、フィルムは経年劣化によって色が変わったり、光が明滅したりする症状が出てきます。そのような部分を補修・修復していくのですが、実は今の技術では“何でもできてしまう”んですよ。CG技術を使えば、全く違う顔を描き直すこともできてしまう。しかし、それでは本来の作品性が損なわれてしまいますよね。どこまで手を入れ、どこを残すべきか。その線引きを見極めるのが最も難しいところです。

例えば、仮に細かい雨が降るシーンで小傷を消そうとすると、修復ソフトの自動処理では雨ごと消してしまうんです。つまり機械的に処理する中では、「劣化症状なのか、演出なのか」という判断はまだ難しい。AIの進化によって多くの可能性が広がっているのは確かですが、我々が行っているのは、あくまで「アーカイブ」であり「リマスター」なんです。つまり、オリジナルを変えてはいけない。「絶対に改変していない」と確信できる技術が完成しない限りは、人間の目による確認が必要になります。

ーーそういう意味でもリマスター作業を進めていく上では、「作品の意図を理解すること」や「当時の制作者に関わってもらうこと」が重要になると思います。

水戸:作品や背景によって異なりますが、今回は最終決定者として押井守監督がいらっしゃいました。ただ、監督にご提案する前の段階で、当時の絵本や画集、既存のBlu-ray映像などの関連資料を確認し、「どういった方向でご提案すべきか」を検討する必要があります。

関係者がすでにいない作品の場合は、過去の文献やカメラマンの記述など、ありとあらゆる資料にあたります。例えば「濁った空」と記されていれば、「青くしすぎてはいけない」とか。

本作に関しては、まず現存する出版物などをすべて調べた上で、監督に判断していただくためのサンプルをいくつか制作したんです。すべての作業を始める前に、「どの機材・スキャナーでデジタル化を行うか」という選択肢を提示させていただきました。

ーー押井監督といえば、今年は実写映画『紅い眼鏡』の4Kリマスター版が制作されていましたね。

山口:『紅い眼鏡』と『天使のたまご』に関しては、作品としての尖り方も違えば、テイストもまったく異なります。グレーディングの立場から言えば、その作風の違いが作業のアプローチにも大きく影響しました。

『紅い眼鏡』は実写作品ということも踏まえつつ、コントラストをかなり強調した映像に仕上げています。一方で『天使のたまご』は、世界観的にも暗部が大きく、あまりコントラストを立てすぎないように注意しました。

時代の空気を感じつつ、“新作”として楽しんでほしい

ーーお話を伺っていると、かなり神経を使いながら制作に取り組まれたことが伝わってきます。その中でも特に「これは大変だった」という箇所や、苦労された工程をお聞かせください。

山口:大変だったと言えば、作品全体が暗いトーンで構成されており、暗部が画面の多くを占めていたことでしょうか。暗部の色バランスが乱れないように整える必要がありました。

ーー「どのように暗いのか」という部分まで調整していく、ということですね。

山口:色彩を抑えた画面構成が多い中で、例えば、焚き火や戦車、球体などのワンポイント色が映えるように描かれています。加えて、暗いシーンが続くことで、観る側の目も暗部に対して敏感になります。だからこそ、ほんのわずかな色の違いも気になってしまうんです。

ーー押井監督とのやり取りや、監督から出たオーダーについてもお聞かせください。

水戸:冒頭の方向性確認の段階や、暗部の部分に関する大きな方針を最初に伝えてくださいました。それ以外の細かい指示はほとんどなく、「ここだけは守ってください」という大枠をいただいた形です。監督によっては、「このカットをこうしてほしい」と具体的に指示される方もいますが、我々が仕上げたものに対しても、大きな修正の指示はほとんどありませんでした。最終チェックの段階で「ここはもう少し」という微調整をご指摘いただいた程度です。

山口:とにかく「暗部を締めつつ、ディテールを見せる」という点については、監督が最もこだわられていた部分だった気がします。

水戸:「潰れないようにしたいけど、暗くしたい。暗くはしたいけど、その中で魅せたい」と。

ーー難しいですね。

水戸:やはりそういう作品なんだと思います。最終的に監督もご満足いただけたようで、我々としてもホッとしました。

ーー今回の上映で初めて本作に触れる若い世代の視聴者も多いと思います。最後に、おふたりから「ここを注目して見てほしい」というポイントを教えてください。

水戸:今ではこうした“アートフィルム”のようなアニメーションはなかなか作られないと思います。そういった意味でも、この時代にこういう作品が生まれたという事実そのものを、体験として感じていただきたいです。そして、4Kリマスターとしての画質や映像の情報量は、今の新作と比べても遜色がありません。時代の空気を感じつつも、同時に“新作”としても観ていただけたら嬉しいです。

もうひとつお伝えしたいのは、「ぜひ劇場で観ていただきたい」ということです。

この作品は明確なストーリーがあるタイプではなく、流し見してしまうと、その世界観がなかなか入ってこないかもしれません。スクリーンでしっかりと向き合って観ることで、圧倒的な没入感と言いますか。まるでその世界に飲み込まれるような感覚を味わえると思います。

ーー今回はドルビーシネマ版も制作されているので、ドルビーアトモス化された音響面も注目ですね。

水戸:音の迫力や広がりがかなり変わっていますので、絵も音も含めて、ぜひ劇場という環境で作品を感じてほしいですね。

山口:私もまったく同じ思いです。やはり、この世界観に全身で浸ってほしいという想いが一番大きいです。普段の生活の延長ではなく、外の世界から切り離された映画館という空間の中で、『天使のたまご』の世界を楽しんでいただきたい。できれば「リマスター作品」ということも意識せずに観てほしいと思っています。

[インタビュー/小川いなり]

『天使のたまご 4Kリマスター』

11月14日(金)ドルビーシネマ先行公開、11月21日(金)全国順次公開

提供:徳間書店、配給:ポニーキャニオン

(C)YOSHITAKA AMANO (C)押井守・天野喜孝・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ
おすすめタグ
あわせて読みたい

おすすめ特集

今期アニメ曜日別一覧
2025年秋アニメ一覧 10月放送開始
2025年夏アニメ一覧 7月放送開始
2026年冬アニメ一覧 1月放送開始
2026年春アニメ一覧 4月放送開始
2026冬アニメ何観る
2026冬アニメ最速放送日
2025秋アニメも声優で観る!
アニメ化決定一覧
声優さんお誕生日記念みんなの考える代表作を紹介!
平成アニメランキング