
伝説の“アートフィルム”を如何にして蘇らせたのか?『天使のたまご』4Kリマスター制作スタッフに聞いた制作秘話【インタビュー】
押井守(原案・脚本・監督)×天野喜孝(原案・アートディレクション)によるアニメ『天使のたまご 4Kリマスター』が11月14日(金)よりドルビーシネマ限定で先行公開、11月21日(金)より全国順次公開となる。
1985年に発表され、物語性を抑えた演出と美しい映像によって熱狂的なファンを獲得し、アート作品としても高い評価を得る本作。公開40周年を記念して、押井監督本人による監修のもと、4K&HDRリマスターで蘇る。
アニメイトタイムズでは、リマスター制作に携わったIMAGICAエンタテインメントメディアサービスの水戸遼平さん、山口登さんにインタビューを実施。完成までの道のりや4Kリマスターに関する様々なお話を伺った。
『天使のたまご』は“美術品”の領域。だからこそ……
ーー『天使のたまご』の4Kリマスター企画は、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか?
水戸遼平さん(以下、水戸):徳間書店さんから「もう一度この作品を世に出したい」というご相談をいただいたことがきっかけです。そこから「どのような素材が残っているのか」「どんな技術でお手伝いできるか」などの話が具体的に進んでいきました。
ーー『天使のたまご』という作品には、どのような印象を持たれましたか?
山口登さん(以下、山口):作品の存在は知っていましたが、実際に観たのは今回が初めてでした。作業に入る前に通して観たのですが、率直に「難解だな」と(笑)。
ーーそうですよね(笑)。
山口:ただ、その“難解さ”ゆえに引き込まれる部分も多く、ダークな世界観や、示唆に富んだストーリーテリングには強い魅力を感じます。加えて、絵力が非常に強い作品ですので、それを自分の手で触るというのは、大きなプレッシャーがありました。
ーー昨今は、ここまで物語性を抑えたアニメ作品も少ない印象です。
水戸:おっしゃる通りで、物語の流れというよりも、一つひとつのカットそのものが作品を形づくっていると感じました。どちらかというと“美術品”の類ですよね。その質感をどう残していくか。『天使のたまご』は押井守監督の作品であると同時に、ベースには天野喜孝先生の絵があります。それをどう活かせるかは企画段階から非常に悩みました。
ーー数々のリマスターを手掛けてきた水戸さんでも「どうしようかな?」と。
水戸:実を言うと、技術的な条件だけを見れば、全てが整っていたんですよ。フィルムの状態も良いので、標準的なワークフローで進めれば、スムーズに仕上げられる案件でした。ただ、それでは「作品の良さを引き出せない」と感じたんです。『天使のたまご』という作品が持つ独自の美しさは再現できないと。そこでフィルムスキャナーの選定を含め、「監督の意図をいかにリマスターに反映できるか」をプロジェクトの軸に据えました。通常、機材の選定に時間をかけることはあまりないんです。
ーーその芸術性の高さゆえに、初期段階から押井監督の意見を伺うことを軸にした。
水戸:そうですね。画の質感が全てだと思っていたので、「監督が満足しなければ、リマスターとしては成功しない」「監督に不満があるまま進めてはいけない」という意識がありました。
4Kリマスターの要は「一度アナログに戻る」こと
ーー4Kリマスターの制作はどのようなところから始まるのでしょうか?
水戸:そもそも「4Kリマスター」とは、主にフィルムから4Kでデジタル化する工程を指します。フィルムをスキャンした後、フィルムに付着したゴミや傷といった劣化症状を取り除き(レストア)、もう一度色を整え直す(グレーディング)。そして、現代の視聴環境に合わせて映像を変換・調整する。これが大きな流れで、映像と音の両方を同時に進めていく作業になります。大きなポイントとして、「一度アナログに戻る」という部分が非常に重要です。
ーーアナログに戻る、ですか。
水戸:今回で言うと『天使のたまご』には、公開・制作当時に作られたオリジナルのネガフィルムが残っていました。このフィルムこそが、作品において最も情報量の多い、世界に一つしか残っていない大切な原版です。そこから改めてデジタル化を行うことが、4Kリマスター最大の要になります。
公開当時は、その原版からプリントしたものが劇場で上映されていました。監督が“完成形”と判断したその時点での最良の形=上映版ということになります。そういった意味で、4Kリマスターは当時みなさんが観ていたものよりも一つ前の素材から改めてデジタル化を行うんです。より情報量の多い素材をもとに、監督や当時の制作スタッフが考える“完成形”へと整え直していく、というイメージですね。
ーーなるほど。
水戸:ただ、原版をコピーしてデジタル化すれば、美しい映像ができるわけではありません。その中には整っていない情報が多く含まれているんです。
例えば、当時観ていたものとは全く違う色が出てくることもあります。作品が持つ最良の情報を取り出し、当時のオリジナルに近づけるのか、近づけないのか。そういった取捨選択を含めて作り直していく必要があります。
ーー各工程についても、詳しく伺わせてください。フィルムのスキャン後にはゴミや埃の除去を行う「レストア」に入るとのことでした。
水戸:フィルムのキズや汚れは経年劣化であり、監督が本来意図したものではありません。
我々が目指すのは、公開当時に監督やクリエイターが「完成形」と思っていた映像をデジタルで再現すること。フィルムは生ものなので、だんだん形が歪んでしまったり、使うことで傷が入ったり、ゴミがついたりすることは当然あります。それらを取り除き、クリエイターが「一番良い」と思っていた状態に戻すという工程です。
ーー山口さんが担当した次の色を整え直す「グレーディング」という作業は、具体的にどのようなものでしょうか?
山口:端的に言うと、明るさと色を整える作業です。フィルムをデジタルに変換した直後は「ログ状態」=暗部が浮き上がっており、ハイライトが収まっている状態です。つまり、明暗の幅が広く、調整の自由度が高い。
この「ログ状態」でデジタル化しておくことで、後の色調整や明るさの調整がしやすくなります。そこから最終的に完成形として、視聴に適した見え方に仕上げていく。その工程がグレーディング、あるいはカラーコレクションと呼ばれる作業です。
ーー「どの色味が正解なのか」という判断は難しそうです。
山口:そうですね。過去に制作されたブルーレイやマスター素材などを参考にしつつ、フィルムそのものに残っている情報から「本来の色」を判断していきます。それらを照らし合わせながら再構築していく、というのが一般的な進め方です。カット単位で色を調整しますし、場合によってはフィルムの状態が悪く、カットごとに変色具合が異なることもありますから。それぞれのカットに合わせて調整を行い、全体として色のバランスが均一になるよう整えていくことも必要になります。
ーーちなみに、山口さんはどのような経緯でこの道に進まれたのでしょうか?
山口:映像の専門学校に通っていたのですが、当時はカリキュラムの中に「フィルム撮影」の授業がありまして。現在勤めているIMAGICAエンタテインメントメディアサービスでテレシネ作業(フィルムをビデオに変換する工程)をさせていただいたんです。
その際、担当教師が突然「ここでアルバイトしたい人はいる?」と言い出して。誰も手を挙げなかったので、私が「じゃあ……」と手を挙げたのがきっかけです(笑)。気づけば、20年ここで働いています。
ーーなるほど。水戸さんはいかがでしょう?
水戸:私の場合、最初から専門職として入社したわけではないんです。入社当時は、お客様のご要望に応じて、当社の持つ技術による解決をご提案するチームにいました。たとえば「この手法でも可能ですが、こちらの方が作品に合っていますよ」といった形で、ワークフロー全体を設計するような役割です。
その中で、旧作などの案件を担当する機会が増えていき、2013年にアーカイブ専門のチームが立ち上がりまして。それ以前は、会社内にもアーカイブを専門に扱う部署がなかったので、経験豊富な先輩方に教わりながら技術を身につけていきました。「映画が好きだった」というだけでこの道に入り、今に至ります。






























