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『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』クリエイターズトークVol.5 公式レポ

『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』クリエイターズトークイベント第5弾の公式レポートが到着! 武田一義さん(原作・共同脚本)、平一紘さん(映画『木の上の軍隊』監督)が登壇

2025年12月5日(金)より公開中の映画『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』。

このたび、本作のクリエイターズトークイベント第5弾が開催。武田一義さん(原作・共同脚本)、平一紘さん(映画『木の上の軍隊』監督)が登壇し、二人から戦争を描く作品へのこだわりが語られました。

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ペリリュー -楽園のゲルニカ-
仲間の最期を「勇姿」として手紙に書き記す功績係――彼が本当に見たものとは?太平洋戦争末期の昭和19年、南国の美しい島・ペリリュー島。そこに、21歳の日本兵士・田丸はいた。漫画家志望の田丸は、その才を買われ、特別な任務を命じられる。それは亡くなった仲間の最期の勇姿を遺族に向けて書き記す「功績係」という仕事だった。9月15日、米軍におけるペリリュー島攻撃が始まる。襲いかかるのは4万人以上の米軍の精鋭たち。対する日本軍は1万人。繰り返される砲爆撃に鳴りやまない銃声、脳裏にこびりついて離れない兵士たちの悲痛な叫び。隣にいた仲間が一瞬で亡くなり、いつ死ぬかわからない極限状況の中で耐えがたい飢えや渇き、伝染病にも襲われる。日本軍は次第に追い詰められ、玉砕すらも禁じられ、苦し紛れの時間稼ぎで満身創痍のまま持久戦を強いられてゆく――。田丸は仲間の死を、時に嘘を交えて美談に仕立てる。正しいこと、それが何か分からないまま...。そんな彼の支えとなったのは、同期ながら頼れる上等兵・吉敷だった。2人は共に励ましあい、苦悩を分かち合いながら、特別な絆を育んでいく。一人一人それぞれに生活があり、家族がいた。誰一人、死にたくなどなかった。ただ、愛する...

<以下、公式発表の内容を引用して掲載しています>

映画『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』クリエイターズトークイベント オフィシャルレポート

12月5日(金)よりついに劇場公開されると、史実に基づき描かれる凄惨で生々しい戦場描写や、そこで紡ぎ出される戦火の友情物語に絶賛の声が相次ぎ、大きな反響に包まれている本作。

本作と同様、太平洋戦争の戦況が悪化の一途を辿る1945年に沖縄県伊江島で米軍との激しい攻防戦から生き残った二人の日本兵の物語を描いた映画『木の上の軍隊』。

この度、2月7日にクリエターズトークイベントが開催され、映画『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』の原作・共同脚本の武田一義と映画『木の上の軍隊』を手掛けた平一紘監督が登壇し、それぞれが一言挨拶した後、イベントがスタートした。

初めに、初日公開に劇場に足を運び、本作をご覧になった平監督の感想を伺うと、「映画『木の上の軍隊』は2人の日本兵士が生き延びた物語ですが、すごく似たような部分があります。『木の上の軍隊』を作るよりだいぶ前に原作漫画を知っていました。ずっと好きな漫画ですので、アニメ化が嬉しくて観に行きました。まず、一番驚いたのは、田丸が田丸で、吉敷が吉敷で、すごく感動しました。原作を見事にまとめていてやってほしかったところも見事に映像化されていて素晴らしかったです。観終わってすぐ武田先生にDMをしました」と本作への率直な感想を述べた。

一方、平監督がメガホンを取った映画『木の上の軍隊』について、武田は「私も『木の上の軍隊』の試写会に誘っていただいたんですよ。私も観終わってすぐに平監督にDMをお送りしました。井上ひさしさんの原案の存在は知っていたんですが、映画で初めて具体的な内容に触れたんです。『ペリリュー』の物語と同じように終戦を知ることができずにその時間が長く過ぎてしまった、、そういった兵士たちの経験は本当にいろんなところで同じようなことが起きていたなと改めて思いました。」と両作品の共通点を振り返りながら「『木の上の軍隊』と『ペリリュー』の中でやはり兵士それぞれに共通する感情であったり、地域柄によって違う感情であったり、それぞれの作品から見て取れるなと思いました。『木の上の軍隊』は『ペリリュー』の漫画を自分が描いていた頃に味わったような実際の兵士たちの感情を、平監督が脚本に込めて書いていることがすごく伝わってきたんです。お互い戦争を知らない同士ですが実際の証言から想像しながら、キャラクターの心情を考えてやっていくというところで共通するものを感じました」と語り、平監督への共感を示した

ロングランを記録した映画『木の上の軍隊』の制作について、平監督は映画化の企画段階で『ペリリュー』の原作を参考にされた質問に対して、「もともとは井上ひさし先生の原案と蓬来竜太さん作の舞台がありまして、その舞台の映像や台本だけが僕の頼りだったんです。そこから取材を重ね、戦場だった伊江島というところで実際生き残った2人の兵士の文字起こしみたいなものもありましたが、それでも伝わらないことわからないことがいっぱいあって、『ペリリュー』をもう1回読み直し、苦しさや葛藤というのが全部伝わってきたので、あの木の上の2人とペリリューのメンバーの感情がすごくわかりやすく、僕の中で自分ごととして捉える作業になりました。」と映画を制作するにあたって『ペリリュー』から抽出したエッセンスを明かしました。

さらに『木の上の軍隊』の制作において一番具体的に参考にしたことについて平監督は「具体的に参考にしたのは1箇所があって、漫画版とアニメ版に違いがいくつかあったと思うのですが、ある写真を見て、あの戦争が終わったと気づく場面です。漫画版では日本人とアメリカ人が握手しているカットは実際にある写真を元にされて描いてありました。『木の上の軍隊』では、堤真一さん演じる上官がゴミ捨て場でその写真を見つけるというシーンを入れているんです。『ペリリュー』で描いてあった写真を元に、実際どんな写真だったんだと、美術部に探してもらってそれに近いものを作ってもらいました。」とコメントし、写真のシーンへのこだわりについて「英語がわからなくても写真を見て外国人と日本人がニコッと笑っているというのは、当時はありえないことだろうと思っても、その写真でちょっと腑に落ちるようなところは一番参考にさせていただきました。」とさらに補足した。

また原作の漫画について平監督は「小杉伍長が好きです。あと泉くんも好きなんです」と好きなキャラクターを告白し「少しマニアックなシーンですが、小杉伍長が死ぬ時にちょっと奥さんのことを思い出すシーンが好きですね。」と好きなシーンも明かした。

それに対して、武田も「似たようなエピソードはやはりどうしても多いんですよね。ただ一番違うところは、『木の上の軍隊』は本土から来た上官の兵士と沖縄地元の兵士の2人が生き残るんですね。この地元が戦場という兵士の心情は、『ペリリュー』の中ではやはり描かれることのない心情なんです。」と『木の上の軍隊』にしかない感じられないものを語りながら「一番心に残っているシーンは、戦争が終わっているということを受け入れざるを得なくなった、沖縄の地元兵の安慶名(山田裕貴)の感情です。その“もう戻れない、俺もこの島も“というセリフが、本当にそういうことなんだと思いました」と印象に残ってシーンとセリフを明かした。

武田はキャラクターのセリフからさらに感じたことについて「戦争を体験した兵士はもう戻れないんですよね、前の自分には。そして沖縄も戦後80年経っても戦争のなかった沖縄にはもう二度と戻ることができないんですよね。今も米軍基地など戦争に関する事柄は残り続けている状態です。自分もこの島も元には戻れないというセリフには、この作品の全てが詰まっていると思わされたすごい言葉だったなと思って大好きです。」と話した。

さらに、本作の舞台となっている「ペリリュー島」は今でも戦争の傷跡が鮮明に残っており、漫画を描き始める前にも何度も現地に訪れ、取材していた武田は「戦争の痕はまだまだ残っていて、不発弾があったり、島もまだ自由に全てのところが歩けないほど危険なんですよね。時間が経っても戦争があった跡はずっと残り続けるんだなと感じました」とリアルに戦争について触れていた当時の心境を語った。

同じく戦争の痕跡が色濃く残っている沖縄について、平監督は「僕は沖縄で生まれ育って、沖縄にいるとしょっちゅう戦争のことを聞くんですよ。授業でいわゆる平和学習として聞きます。それが僕にとってトラウマになるような授業とかもありました。学校におばあちゃんが来て生々しい話をたくさん聞かされました。それで嫌になっちゃったんですよね。そういうのもいいや、お腹いっぱい、平和が大事なのがわかりました、という感じですごくいっぱいになってしまって、大人になっても自分から勉強することもなかったんですよ。」と実体験を明かしながら「いざ自分で映画を撮るとなって取材をした時に、この僕が住んでた島に残る爪痕を生々しく理解でき、、戦争って終わってないっていうのは本当に悲喩的じゃんとは思ったんですね。」と振り返った。

取材を重ねていくうちに戦争に対する価値観は人によって違ってくると感じたことを映画に落とし込んだ平監督は「僕は戻らないのは2つだなと仮定して、この物語を作ったんです。一つは命、もう一つは価値観だなと思いました。『木の上の軍隊』では、山田裕貴さん演じる沖縄出身の新兵・安慶名セイジュンに“もう戻らない“と言わせたんですが、土地の形が変わるのは自然でも起こることですが、人間の価値観だけは多分元に戻らないし、それは自分でも気がつかないうちにいつの間にか変わってしまうので、そういう恐怖に取材などを通して気付かされました。」と話した。

そんな二人は戦争を知らない世代として、映画や漫画として戦争を描くことにあたり、映像や絵を通して表現する意義や難しさについて、平監督のコメントを受け武田は「平監督がおっしゃった話の中で、子供の頃から平和学習を受けてきて、そのお腹いっぱいな感じには沖縄だけではなく、自分の中にもありました。子供の頃に戦争の話はなんかお説教とセットだったんですよ。平和な時代に生きているのがごめんねというか申し訳ない気持ちにさせられちゃう話で、苦手意識はやはり子供の頃にありました。ただ大人になってくると見方が変わるというか、その遠ざけていた戦争の話っていうのが、実は思ったほど自分は知らないなっていうことに気づかされて、詳しく調べると掘れば掘るとどんどん出てくる。戦争は悲惨でダメなことだと分かっているけど、その中身をもっと共有したいという思いで『ペリリュー』を描きました。悲惨だということは子供だってわかってるんですけど、エンタメで表現する意義ってあるんだろうなと思ってやっています。」と作品を通して次の世代に伝えたいメッセージと示した。

一方、平監督は「面白いというのは結構大事だなと思って、子供の頃の僕みたいな“もう嫌だ、お腹いっぱい“と言っている人に届けるために面白さというものを実装しないとやっぱ届かないなと思いました。面白さの中にある本来伝えなければいけなかったことを届ける役割が、エンタメ仕事をしている人たちにあるとするなら、その機会をいただけたので良かったと思うと同時に、その相応の責任を伴うなと思いました。」と作り手の責任を感じながら作品を制作していることを明かした。

最後、平監督から「『ペリリュー』がアニメ映画かされ、自身の漫画表現よりも面白くなったところや、ここのやりはうまくやっていたみたいなポイントはありますか」と武田に質問し、「やはり漫画には絶対に真似できないことにあった声や音はもちろん、タイトルが出る箇所、田丸が星空を見つけてタイトルが出るというタイミングがすごいなと思いましたし、上白石さんの歌声が流れるまでのラストシーン、オープニングとエンディングがすごく美しくんですよね。」と答えた

トークは会場に駆けつけた観客からの質問コーナーへ移り、映画化する上で限られた枠の中で要素をどのように取捨選択したのかという質問に対して、平監督は「僕は縛りと考えずに、より広げるためにいい制限だと思いました。一番捨てたのは残虐性です。僕が沖縄戦の平和学習の時に見たあまりにも残虐な部分を出してしまうと、多くの人に届かないと思ったので、堤真一さん、山田裕貴さんのユーモアに託しました。全年代の人が観られる映画にしたというのはある意味制限なんですけれども、沖縄戦の悲惨さも今までより多くの人に広めたいという思いがありましたから、僕の中で制限というものが逆にブーストをかけていろんな人に届けた結果にはなったと思います。」とコメントし、武田も「同じですね。映画は原作の残虐性よりもかなりマイルドになっています。映画を観た方は、ぜひ原作を見ていただきたいです。原作の向こうには映画よりもだいぶ残酷性が高いんですけども、現実はもっともっと残酷なもんです。当然ながらそういう想像力を働かせるための入り口になってほしいと思ってやっています。」と答えた。

さらに、時代が経つにつれて価値観って変わっていく中で、時代に即した価値観と現実で起こったことに対してこの2つをどのように取り合わせて表現していくのか、そして今後世間に届けるために何か必要なのかという質問に対して、平監督は「作品には賞味期限があると思っています。影響力には限界があるんですね。ただ、今この中で誰かがもしかしたらその思いを継いでくれるかもしれない。これがエンターテイメントの素晴らしいことだと思っています。価値観というのは、人それぞれでアップデートしていくもので、自分の価値観だけが正しいと思うっていうのが一番危険なことだと思っています。なので、その思いが伝わって、その優しさがまた次の世代につながっていくということを僕も目指しながら作品を作っていきたいと思っています。」とコメントした。

同じ質問に対して武田は「『ペリリュー』は、十年後二十年後もずっと今のように評価が続かなくてもいいんですよ。例えば戦争の漫画っていうのは、戦争が終わってからたくさんの方が描いて、その時代で代表的な作品や名作と言われるものがあって、そういう描かれてきた下地があった上で、『ペリリュー』があるんですよね。戦後70年、80年で突然変異として『ペリリュー』が現れたわけではなくて、いろんな方が描き続けてくれたその土台の上にある作品なんです。なので、今後10年後に『ペリリュー』に代わって、戦争を扱った漫画が現れたとしたら、それはきちんと『ペリリュー』がその歴史を繋いだという証明にもなるので、これは本当に望ましいことですよね。」と次の世代へのバトンが続くことという願いを込めて答えた。それぞれ質問に答え大盛況の中でイベントは終了した。

イベント概要

■日程:2月7日(土)
■場所:T・ジョイ PRINCE 品川
■イベント名:クリエイターズトークイベント
■登壇者:武田一義(原作・共同脚本)平一紘(映画『木の上の軍隊』監督)

『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』作品情報

公開表記:絶賛上映中
配給:東映

ペリリュー -楽園のゲルニカ-

あらすじ

仲間の最期を「勇姿」として手紙に書き記す功績係――彼が本当に見たものとは?

太平洋戦争末期の昭和19年、南国の美しい島・ペリリュー島。そこに、21歳の日本兵士・田丸はいた。漫画家志望の田丸は、その才を買われ、特別な任務を命じられる。それは亡くなった仲間の最期の勇姿を遺族に向けて書き記す「功績係」という仕事だった。

9月15日、米軍におけるペリリュー島攻撃が始まる。襲いかかるのは4万人以上の米軍の精鋭たち。対する日本軍は1万人。繰り返される砲爆撃に鳴りやまない銃声、脳裏にこびりついて離れない兵士たちの悲痛な叫び。隣にいた仲間が一瞬で亡くなり、いつ死ぬかわからない極限状況の中で耐えがたい飢えや渇き、伝染病にも襲われる。日本軍は次第に追い詰められ、玉砕すらも禁じられ、苦し紛れの時間稼ぎで満身創痍のまま持久戦を強いられてゆく――。

田丸は仲間の死を、時に嘘を交えて美談に仕立てる。正しいこと、それが何か分からないまま...。そんな彼の支えとなったのは、同期ながら頼れる上等兵・吉敷だった。2人は共に励ましあい、苦悩を分かち合いながら、特別な絆を育んでいく。

一人一人それぞれに生活があり、家族がいた。誰一人、死にたくなどなかった。ただ、愛する者たちの元へ帰りたかった。最後まで生き残った日本兵はわずか34人。過酷で残酷な世界でなんとか懸命に生きようとした田丸と吉敷。若き兵士2人が狂気の戦場で見たものとは――。

キャスト

田丸均:板垣李光人
吉敷佳助:中村倫也

(C)武田一義・白泉社/2025「ペリリュー −楽園のゲルニカ−」製作委員
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