
「マンガ作品にとって『わからない』は一番アウトなんです」──誰もがアツくなる自転車競技マンガの金字塔『弱虫ペダル』コミック100巻刊行記念! 渡辺 航先生ロングインタビュー【前編】
「週刊連載ってライブなんだ」
──連載を長く続けていく秘訣はありますか?
渡辺:『ペダル』を描き始める前に週刊連載をしていて、毎週16ページ描いていましたが、「これ以上ページを多く描けないな」と思ったんです。だけど、週刊連載をしている友人にいろいろな話を聞いたら、「大事なことは入口と、見せ場とヒキだよ」とアドバイスをしてくれました。それを聞いて僕も「なるほど」と納得したんです。
『ペダル』の連載を始めるにあたっての編集さんとの話し合いで「18ページか20ページで」と提案してもらった時、少し弱気になってしまって18ページかなと思いました。でもその後「見せ場でどんと見開きを使えるのなら20ページのほうがいいかな」と思って、最終的に20ページでお願いしました。本当に20ページの連載ができるのかドキドキしましたが、描き始めてみたら意外とできたんですよね。
それまでは読み切りスタイルのマンガが一番美しいと思っていましたし、読み切り形式のマンガを描きたいという想いがありました。物語の最後にヒキがあって「次回をお楽しみに!」みたいなパターンはあまりやったことがありませんでしたが、『ペダル』で挑戦してみて「これはおもしろいな」と思いました。
──週刊連載ならではの感覚といいますか。
渡辺:テーマを提示し、みんなで解決していった最後に「これってどうなの?」と逆側に光を当て、「本当だね」と言わせるように引く。次にまたテーマをもんでいくと、別の問題が出てきて「どう解決しよう?」とみんなでワーワーやっていく……そんな展開もおもしろいなと思ったし「週刊連載ってライブなんだな」と思いました。
──熱くて、友情もあって、みんなで一丸となって勝利を目指すという少年マンガのお手本のような作品ですね。
渡辺:ありがとうございます。……某S社の某J誌のマンガ教室で、参考書にされているというウワサだけ聞きました(笑)。あくまでウワサですが。
──(笑)。連載が始まってからの反響はいかがでしたか?
渡辺:昔も今もイベントに行くと「先生のマンガを読んで、自転車を始めました」とよく声をかけられます。連載を始めて長くなるので、ロードレース界でも「野球をやっていましたが、このマンガを読んで自転車を始めました」と言ってシマノレーシング(※)の選手になった人もいます。
※世界中に自転車や部品を販売しているアウトドアメーカー。ロードレースチームも保有している。
渡辺:その選手は今、競輪養成所に入って、もうすぐ競輪選手になります。他にも「自転車を夫婦で楽しんでいます」「自転車関連で仲良くなった女の子と結婚します」など色々なエピソードが届きますね。
あと「鹿児島に住んでいたけれど、宇都宮で大きなレースがあると聞いた」「『ペダル』の世界を見たくなって宇都宮でレースを見た夜、ご飯を食べていたところで知り合った人と結婚して、今宇都宮に住んでいます」とか。本当に嬉しいですし、ありがたいなと思います。
──サッカーの世界でも名選手のメッシやネイマールなど『キャプテン翼』に憧れてサッカー選手になったように、『ペダル』を読んでいた方が、世界最高峰のロードレース「ツール・ド・フランス」に出場する日も遠くない気がします。
渡辺:そうなったら嬉しいですね。先日、取材で「ツール・ド・フランス」に行った時、18歳くらいのフランス人の男の子が、僕が着ていた坂道くんがプリントされたTシャツを見た瞬間「そのキャラクター、知ってるよ」と話しかけてくれて。「僕が作者なんだよ」と話したら最初は信じてもらえなかったけれど、丁寧に説明したら「すごいね! 僕はそのマンガを読んで自転車を始めたんだ」と。フランスにもちゃんと作品が届いていて、そう思ってくれる人がいるのかと思って嬉しかったです。その人がプロになってくれたらいいですね。
──ありがとうございます。次にここまでの連載の中で、特にお気に入りのエピソードを教えてください。
渡辺:ひとつめはコミックス4巻。坂道くんが「ヒメッ!」と叫んで、今泉くんと勝負をしたシーンです。担当さんと打ち合わせをした時に「最終回を描いていいですか?」という話をしました。「坂道くんが今泉くんを抜いたらもう最終回じゃないかな」と。
マンガの文法的なところで言えば「ロードレースの強い人にはかなわなかったけれど、尊いものを得ました」という話にしてもいい。でも僕の中でそれはつまらないなと思ったし、夢がないなと感じたんです。坂道くんにはやっぱり勝ってほしいし、鳴子から根性注入をもらっているので勝ちたいなと。なので「どうやったら勝つかな」と考えながら描いていましたが「ヒメッ!」って叫んだ瞬間に「これは勝ってもいいだろう」と思ったんです。「これ、もう最終回じゃん!」って(笑)。
鳥山 明先生の『ドラゴンボール』で「最終回じゃないぞよ」「もうちっとだけ続くんじゃ」という伝説のセリフがありますが、僕もあのシーンを描いた時「もう少し続くんじゃよ的なヤツだな」と思いました。「もうすぐ終わるかもしれない」と思いながら描いていましたが、坂道くんが勝ったらまた次の扉が開いて、彼が進むべき道がどんどんできてきました。
「それはあなたが描いたものでしょ?」と言われるかもしれませんが、週刊連載はライブなんです。気持ちをのせて描いていたら坂道くんが「ヒメッ!」と叫んでくれたので、彼が自らの足で扉を開いたんだなと。彼の魂の叫びが、彼が好きだった「恋のヒメヒメぺったんこ」にすべて集約されて、それがドカンと出てきた。その時に「これは勝ってもいいだろう」と思えたし、僕自身も坂道くんが勝ってよかったと思いました。
──『弱虫ペダル』と同じく「週刊少年チャンピオン」で連載されていた名野球マンガ『ドカベン』を描かれていた水島新司先生も描いていたらキャラクターが構想とは違う行動をしていたと話されていたエピソードがありますね。
渡辺:水島先生がシーンの説明を求められて「キャラクターがやるんですよ」のようなことをおっしゃっていた記事を見て「そんなわけないよな」と思っていました(笑)。でも描いているとそういう現象が起きるんです。僕もそのスイッチを入れながら描いているところがあって。
キャラクターを動かしてみないとわからないし、担当編集の方と打ち合わせして「それ、いいですね!」と双方納得したのに上がってきたネームがまったく違うものになっていることもよくあります。僕も気持ちが入ってしまうので「こっちでやってみたいんですけど、いいですか」と。
コミックス5巻に掲載されている真波山岳が登場するシーンも、編集さんから「すごく悪いヤツにしてください」と言われたんです。僕も「そうですね」と承諾してから描き始めたのですが「坂道くんのライバルで、登りが好きなヤツに悪いヤツがいるわけないじゃん」という気持ちになって。完成した真波山岳は打ち合わせとは違うキャラクターになっていましたね。
──自転車をしている人間に悪い人はいないという芯の考えがあるのですね。
渡辺:僕はそう思っているし、イジメがある世界はすごく嫌なので。せめて自分のマンガの中だけはイジメのない世界にしたいという、ある意味、僕の理想の世界を描きたいという想いがあります。
それは、別にきれいな世界を描きたいというわけではないんですね。相手をうらやましいと思う気持ちもあるし、アイツを負かしたいという気持ちもある。ただ色々な人間の感情があるけれど、それを不条理な暴力に持っていってほしくないと願っているし、描きたくないと思っています。なので作品の中には盗人も悪いことをする人もいません。
こんな世の中ですから、マンガの中くらいは理想の世界に入りたいじゃないですか。だから苦しいこともあるし、大変な努力をしなくてはいけないけれど、それがちゃんと報われるように。『ペダル』でいえば、闘いたい相手と闘えるような状態を作ってあげたいなと思っています。
その結果、みんな良い人になっています。御堂筋くんも何を考えているのかわからないヒールポジションですが、彼がやっていることは悪いことではないんですよね。すごく頑張り屋さんで、勝利に真っすぐなだけなんです。今泉くんに「お母さん、ミニバイクで事故ったらしいよ」というような時折ウソはつきますが(笑)、レースの最中なので、彼の発言を信じるか、信じないかはあなた次第ですという演出で描いています。
──そうして魅力的なキャラクターになっていく、と。
渡辺:そうですね。……御堂筋といえば、9巻での登場は編集さんとの打ち合わせで「完璧サイボーグ人間みたいな人にしましょう」という話をしていたんですよ。でも描いてみたら「ハコガクぶっ潰します」という人が出てきて、段々とおもしろくなってきました。
この週刊連載というライブの中で、とても大事にしているのが「悪ふざけ」なんです。
──「悪ふざけ」ですか?
渡辺:「のってきて、こちらの方向に行きそうな時にブレーキをかけるなよ」という意味ですね。例えば御堂筋を描いてみておもしろいなと思ったので、一旦ブレーキをかけずに描き切ってみました。編集さんに見せて、結果として「違う」と言われて僕も納得すればキャラクターを変えます。御堂筋はその典型的なキャラクターで描いて動き出したら「強いキャラが出てきたな」と思って、おもしろくなってどんどん描いていきました。
──御堂筋の圧倒的な強さに絶望感さえ感じていました。
渡辺:たくさんの読者の皆さんにも同じように言ってもらえます(笑)。そこまで強いキャラクターと思ってもらえるのは嬉しいです。

































