
「“これぞ『アギト』だな”と思いながら撮りました」歳を重ね、歴史を積み上げてきた25年後の世界――『アギト—超能力戦争—』監督・田﨑竜太さんインタビュー
仮面ライダー生誕55周年記念作品『アギト—超能力戦争—』が 2026年4月29日(水・祝)より全国公開されます。
今作は特撮史に残る金字塔「仮面ライダーアギト」の新作映画。人々が“超能力”に目覚め始める世界で、理解を超えた“不可能犯罪”を起こす者たちとの戦いが描かれます。鍵を握るのは、かつて「仮面ライダーになろうとする男」と称された氷川誠(演:要潤)。しかし、小沢澄子(演:藤田瞳子)率いるGユニットに彼の姿はなく……。
今回は監督・田﨑竜太さんのインタビューをお届け。TVシリーズ当時のお話はもちろん、新作の演出に込めた狙いや「仮面ライダーアギト」への想いについて、お話を伺いました。
※物語の内容に触れています。未見の方はご注意ください。
「仮面ライダーアギト」は長いキャリアの中の“最重要作品”
ーー25年ぶりに「仮面ライダーアギト」の新作が決まった際の心境をお聞かせください。
監督・田﨑竜太さん(以下、田﨑):特撮の世界では10周年などのアニバーサリー作品がよくあるので、「今回は25周年という位置づけなんだ」と。私に声がかかった段階では、すでにキャストの集結も決まっていたんです。やはり『アギト』を制作するからには、様々な方たちに集結していただかないと実現できないだろうと思っていました。
ーーこれまでにも、様々な仮面ライダーシリーズの世界観を作り上げてこられたと思います。中でも「仮面ライダーアギト」という作品では、どのような方向性を目指されたのでしょうか?
田﨑:「仮面ライダーアギト」を始めた当初は「仮面ライダークウガ」の続編というテイストが少し強かったんですよ。『クウガ』では警察という組織が登場し、警察とグロンギの戦いの中に仮面ライダークウガという存在があった。そして、『アギト』の世界においては、未確認生命体との戦いから数年後、G3ユニットが設立されたという設定だったと思います。そういった意味で、『クウガ』の持つリアリティを壊してしまわないように配慮しました。
ーー「仮面ライダークウガ」から受け継いだリアリティを大切にされた。
田﨑:そうですね。そもそも『クウガ』についても、番組内におもちゃが登場し、それを販売することで番組に還元されるというビジネスモデルは変わりません。とはいえ、2000年頃から「少子化」という問題が言われ始めていました。今は2000年当時とは比べ物にならないほど少なくなっていますが、当時の玩具メーカーであるバンダイや子供向け番組を制作する東映は、少子化に対して一つの答えを出さなければならないタイミングだったんです。
田﨑:そういう意味で、子供だけにアピールする番組ではいけない。親世代も楽しめる番組にして、大人に対する訴求力を持たなければならないということで始まったのが、平成仮面ライダーの第一作である『クウガ』でした。それを2年目の『アギト』でも受け継ぎ、継続していった感じです。個人的には『クウガ』で蒔いた種が、『アギト』の頃に花開いて実を結んだという感覚もあります。
ーーなるほど。
田﨑:1年というスパンでは、なかなか新しい認識は広まりません。「子供番組であり、大人が観るものではない」と思われていたものが、2年目も同じ路線を続けることによって、大人が観ても面白い作品として認知されるようになっていきました。
今年が仮面ライダー生誕55周年で「仮面ライダーアギト」が25周年ですから、TVシリーズの「仮面ライダーアギト」は仮面ライダーの30周年記念作品にあたります。ということは、初代『仮面ライダー』を観ていた6歳だった子供が36歳になっているわけです。ちょうどその方々がお父さん世代になっているのではないかと考えました。そういう意味で、親子で楽しめる番組にしたいと。それが次の『仮面ライダー龍騎』辺りからイケメンブームにつながり、お母さんも楽しめるという風にだんだんと客層が広がっていったイメージです。
ーー複数の仮面ライダーが登場し、群像劇的なドラマが展開するのも「仮面ライダーアギト」の特徴だと思います。
田﨑:群像劇として、第1話や第2話などは特に顕著ですが、氷川誠のシーンがあり、葦原涼のシーンがあり、津上翔一のシーンがある。それぞれが少しずつ関係しながらも、並行して描かれていきます。その3つの物語をうまくまとめる力が求められていた気がしますね。スーパー戦隊シリーズとは少し違って、全く関係のない場所にいる3人をそれぞれ並行して描きつつ、視聴者の方が楽しめるようにするというのは難しい挑戦でした。
ーー改めて振り返ってみて、監督のキャリアの中で「仮面ライダーアギト」はどのような立ち位置になっていますか?
田﨑:僕のキャリアの中では、最重要作品じゃないかな。というのも、当時はフィルム撮影からビデオ(デジタル)撮影に切り替わる時期で、ビデオで撮るのは『アギト』が最初だったと思います。
その前の2年間、僕はアメリカで『パワーレンジャー』を撮っていましたが、日本におけるフィルムの扱いというのは少し異常というか、かなりガラパゴス化していたんです。フィルムがもったいないから、基本的に使わない部分は最初からカメラを回さないという考えがあって、撮る前から監督がすでに編集済みのような撮り方をするわけです。一方のアメリカは「とりあえずすべてのアングルで全部回して、必要なところだけを切ればいい」という考え方をする。そういったフィルムの無駄遣いは日本映画では許されませんでした。
『パワーレンジャー』の2年間とビデオへの移行によって、アメリカ式の撮り方が日本でもできるようになった。それが『アギト』におけるエポックな部分でした。そういう撮り方をすることで、「ここだけ演じればいい」ということではなく、全体的にお芝居の自然な感じが重要になってきます。個人的には、30代でそれを経験できたことも非常に大きかったですね。




































