
その振り幅が醸すのは苦しく滲む、重くて尊いあの一瞬でした。『霧尾ファンクラブ』がかつて青春を過ごした一人のオタクに与えてくれた“考える時間”【作品レビュー】
「涙なめなめソング」ってなんだよ
──Q.「涙なめなめソング」って?
A.霧尾くんへのラブソングです。
大丈夫か?と思うだろうが今更である。何度も言って申し訳ないが、OP映像にたくさんのうんこが出てくる作品なのだ。涙なめなめソングといえば涙をなめなめする歌だし、好きな人が涙を流していたらそれをなめなめしたくなるのは仕方ないこと。おかしなことは何も言っていない。
発案者はもちろん藍美である。「霧尾くんへのラブソングを作りたい」という秘めたる願望をピアノが弾ける波に耳打ちし(バカクソデケェ声でオウム返しされた)共作という形で制作がスタート。作曲は波、詞はワンフレーズずつ交互に出し合う形で作詞していく。
初手・藍美。紡がれたのは「あの日見た君の涙」。「どの日見た誰の涙!?」というすべてを拾った波のツッコミも見事だが、返す刀「なめたいと思ったよ」によってこの曲の方向性が完全に示された。発想が怖いよ。
その後も「なんでかっていうと」「なめたいと思ったから」と続いていく。その後燦然と輝く「君の口元のほくろ輝く」がまた映えるのだが、あまりにもJ-POPすぎるな。急に優◯か。
そうして完成した「涙なめなめソング」は、まごうことなき名曲である。完成したばかりの曲を前にテンションが上がる二人。波が鍵盤を叩く、藍美が歌う。また藍美(CV:稗田寧々)の歌が上手い。放課後に聞こえてきたら思わず聴き入ってしまいそうだ。ただ耳に入ってくる歌詞が物騒なので、途中からそちらが気になってしまいそうではある。臓器は歌詞に入れないって言ってたのに、全部入れてるんだもんこの子たち。
ちなみに「先祖代々 代々 大好きなんだ」という歌詞があるが「先祖は霧尾くんと関わりなさそう」などという正論は聞いちゃいない。藍美の先祖は霧尾くんのことが大好きなんだ、決まってるだろ。
そんなトンデモ歌詞に気を取られ初見では気が付かないが、後半になるにつれて歌詞の湿度が増していく。「泣いてる君も」「大好きなんだ」「私だけは絶対」「君をどんな時だって笑顔にできる」。言葉として前向きな歌詞である。霧尾が聴いたらきっと笑顔になってくれるだろう。
名曲を爆誕させてしまった二人のテンションはさらに上がり、霧尾に「涙なめなめソング」を送ろうとするも連絡先を知らず撃沈。歌って騒いで、最終的に断末魔のような叫びを上げた藍美らを注意するためにたった一言現れた教師(CV:杉田智和)にも注目だ。
一見、飛び道具のように登場した「涙なめなめソング」。実は本作におけるウルトラキーアイテム的な役割を持っている。この時点ではおもしろソング、ちょっと進むと不穏に感じ、最終回まで見るとこっちが涙をなめなめしてもらう必要が出てくる不思議な曲だ。でも私たちは霧尾くんではないのでなめなめしてもらえない。悲しいね。
実はアニメが作られるより前に、地球のお魚ぽんちゃん先生の大学時代のバンドメンバーによって作曲、歌唱、MVの制作まで行われている「涙なめなめソング」。アニメ版でも多くのバージョンの動画が投稿されているが、ぜひオリジナル版もチェックされたし。
『霧尾ファンクラブ』には悪いやつが出てこない
ここまで藍美、波、霧尾の三人にばかり注目してきたが、本作にはほかにも魅力的なキャラクターがたっくさん出てくる。そして彼ら、彼女らにはすぐに感じ取れる共通項がふたつあった。
霧尾の部活友だちである桃瀬隼人。隣のクラスだが霧尾、そして桃瀬と関係の深い村岡皐月。ちょっと不気味な見た目で、もっと不気味な呪術を研究している満田充。俺たち(オタク)の擬人化・田代星羅。全員一癖、二癖ある強烈な個性を持っているのだが、見ていて不思議と嫌な気持ちにはならないのである。
それもそのはず。この作品には「悪いやつ」が出てこないのだ。故意に誰かを傷つけようとしたり、貶めようとするやつがいない。高校生の青春を描く作品にありがちな「嫌味」がフックとして採用されていないのである。この作品におけるキャラクターたちの共通項のひとつめが「みんないいヤツ」なのだ。
そしてもうひとつの共通項は「好きの矢印が相互に噛み合わない」こと。ありきたりだが、藍美と霧尾が付き合うんだろうなぁとか、波はいわゆる負けヒロインなのかなぁとか、皐月が報われてほしいなぁとか。ラブコメ作品を運動後のスポーツドリンクのごとく摂取してきたオタクはそう思ってしまうだろう。私は思った。
でも違った。藍美と霧尾がくっついたかどうかはわからないし、波は負けヒロインじゃなかったし、皐月は……報われない様が可愛いみたいなところがある。“可哀想は可愛い”という言葉は古事記か日本書紀なんかに書いてあった気もするし、我(あ)もその考えに同意はするが今回の争点はそこじゃない。
青春とは、誰かと誰かが付き合い始めることだけに集約されるものではないはずである。
学生時代に恋人がいなかったら青春を満喫できなかったと判定されるのか。恋人と恋人らしいことができたからと言ってそれは青春と言えるのか。引き合いに出した後者はそうとも言えそうだが、前者は必ずしもそうではないはずだ。彼女たちの青春は彼女たちによって作られるものであり、例えばハチャメチャにうんこって言っていても爽やかな青い春だと思えばそうなのだ。例え星羅が藍美と波の追っかけをしていても、満田が人の爪を培養してクローンを作ろうとしていても(していない)、呪術を試した藍美が豚糞を頭から被っても。そして誰かに「好き」の気持ちを向け続けることもまた、あの日感じた重さなのだ。































