
『学園アイドルマスター』世界中のことねPが思っている「俺の藤田ことねが一番可愛い」理由を言語化しようと思ったら彼女の可愛さの根源を見つめ直すことになった【担当アイドルへ愛を叫ぶレビュー&考察】
藤田ことねはファンが好き
そんな彼女の在り方を語る上でもうひとつ外せない要素がある。それが彼女の「ファン観」だ。
公式サイトにおける藤田ことねに添えられた文言は以下のとおりである。
「褒められるのが好き!」
「褒めてくれる人が好きっ!」
「ファンのみんなが、だぁ〜い好きっ♪」
この一節を見たとき、ある種の違和感を覚えた。通常、一般的に「ファンなら褒めるだろう」と思ったのだ。
もしかしたらそこまで深い意味はないのかもしれないが、この書き方だとなんとなく「褒めてくれる人」と「ファンのみんな」がイコールで結ばれていないような気がしていた。「褒められるのが好き!」と「褒めてくれる人が好きっ!」はつながっているのに、そのふたつと「ファンのみんな」が分かれていて、急に差し込まれたようになっている。
この仮説が正しいとして、ふたつの可能性が考えられるだろう。
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・「褒めてくれる人」は必ずしも「ファン」なわけではない
・「ファン」であっても必ずしも「褒めてくれる」とは限らない
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まずひとつめの仮説は、中学時代からアイドル候補生として学び活動しているがゆえの視点である。タレントを褒めることで「次につなげたい」と考えるファン以外の人間はたくさんいるし、そもそも彼女たちは学生なのだから教員も褒めるという行為を日常的に行うだろう。
しかし本チャンは、もうひとつの可能性だと思っている。
「ファンだからことねを褒めている」わけではなく「ことねを褒めたいと思う人がファンだった」だけ。その逆もしかりで、ファンであっても不甲斐ないパフォーマンスをすれば褒めないストイックな人間もいよう。
担当アイドルであることの贔屓目もあるが、ことねは誰よりも目が良いと思っている。彼女が持つのは現実を歪みなく視認できる目である。他のアイドルも理想と現実に悩む描写があるが、ことねはその先を行っているときがある。行き過ぎて諦観の目をしているときだってあったかもしれない。
なればこそ、彼女はファンを大事にするのだ。「ファンは褒めてくれる存在だから」ではない。「ファンに褒められるようなアイドルになる」が彼女の胸にあるのだとしたら、きっと「全員のファンがことねを褒めてくれる」そんな世界を望むハズである。
以上の妄想垂れ流しが正しければ「褒めてくれる人に加えてファンも好き」というニュアンスになる。これならば言い換えもスッキリとするだろう。ここまでこねくり回しておいてなんだが、普通にことねは「ファンも好き」な気がしてきている。というか、そうなんだろう。だってことねは良い子だもん(偶像崇拝)。
ただひとつ確かなのは、ファンに対してこんなにも真摯に歪みなくひたむきに向き合うアイドルなんて、死ぬほど愛おしくて“可愛い”じゃないか、ということだ。



























