
『学園アイドルマスター』世界中のことねPが思っている「俺の藤田ことねが一番可愛い」理由を言語化しようと思ったら彼女の可愛さの根源を見つめ直すことになった【担当アイドルへ愛を叫ぶレビュー&考察】
藤田ことねは可愛くない?
ここまで思考を巡らせて、筆者はひとつの結論、あるいは混乱に辿り着いた。ことねは本当に「可愛い」のだろうか?
これまでの物語を振り返ってみると、彼女は絶対的に普通ではなかった。
極めて重いデバフがかかっている状態でも夢を諦めなかった。家族に後ろめたさを感じながらも歯を食いしばって頑張って稼いで仕送りをした。そして、プロデューサーの働きで懸念事項がなくなった途端、水を得た魚のように爆発的な結果を出した。ことねルートでは見事にN.I.Aで優勝を果たし、ファンを増やし、さらに心身ともにベストコンディションへと仕上がっている。
ことねって可愛いんじゃなくて、めちゃくちゃカッコいいのでは……?
逆境を跳ね返し、夢を掴み取るために這い上がり、ファンを誰よりも大切にする人間。そんな人間は、そもそも人としてとてつもなく魅力的なのだ。
そして魅力的である彼女に対して。俺は藤田ことねを「可愛い」と思っている以前に、藤田ことねという人間に「憧れている」のではないかと考えた。
夢を追う藤田ことねに憧れている。遮二無二前を向いて稼ごうとする泥臭さに憧れている。ステージで輝きを放つことねに憧れている。
そもそも彼女の容姿は無条件に可愛い。だから彼女の生き様や在り方に対して抱く、この巨大すぎる感情を最も手っ取り早く、わかりやすく表現するための最適解となる言葉が「可愛い」だったのではないだろうか。
俺たちは藤田ことねの生き様に憧れ、その眩しさに目を細めながら、ありったけの敬意を込めて「可愛い」と呼称しているに過ぎないのかもしれない。
藤田ことねは世界一可愛い
「憧れは 理解から最も遠い感情だよ」とは有名な漫画のセリフだが、まさにその通りだと思う。憧れてしまうということは、我々はいつまで経っても藤田ことねのすべてを理解することはできないだろう。
でもそれでいいのである。元より藤田ことねはアイドルである。我々が熱狂し、見上げるべき「偶像」である。遠ければ遠いほど良い。仮に彼女自身がもっと近くにいたいと願っていたとしても、ファンである我々は一定の距離を取らなければならない。
一方で、我々プロデューサーは彼女の背中を押し続けなければならない。彼女が世界一可愛くて宇宙一稼げるアイドルに成り上がるその日まで、この得体の知れない強烈な憧れを「可愛い」という言葉に隠してコマンドとドリンクを選び続けるのだ。
藤田ことねは、世界一可愛い。
しかし“俺”とともに歩んでくれて、輝きを最も近い場所で見せつけてくる藤田ことねがいる。そんな彼女が一番可愛いのは当然のことだった。
【文:西澤駿太郎】
































