
衝撃的な展開の続くTVアニメ「BanG Dream! Ave Mujica」。柿本広大監督が明かす、第9話までの制作の裏側。そして気になるAve Mujicaのこれから【ロングインタビュー】
にゃむ、海鈴……それぞれの人物像
──にゃむについても伺いたいです。にゃむはものすごく努力家ですよね。
柿本:Ave Mujicaというバンドの中で、他のキャラがそれぞれ何かしら「持っている」のに対し、彼女は「持たざる者」です。祥子に買われたのはドラムの腕前というよりはインフルエンサーとしての「話題性」や「バンドのビジュアル的要素」としてで。でもにゃむとはきちんと交渉、つまり「これを与えるから、私のところでやってくれ」という取引きをしている。当時、祥子は闇堕ちしていて“悪い”状態だったから、にゃむの欲しい言葉を的確に与えて加入させています。ある意味そのしっぺ返しをくらうのが第1話のラストですが。
その交渉の際、祥子自身は自分が上の立場にいると思っていて、でも、にゃむは彼女の服装の安っぽさから、ハッタリである可能性も見抜いていたと思います。ただ彼女は手段を選びません。むしろ共に成り上がってやろうとあえてそれに乗った。付け焼き刃のように始めたドラムもデビューまでにはしっかり仕上げています。それを裏付けする日々の練習をかかさない真面目さ、地道で実直な努力ができる勤勉さを持っているんです。
──その観察眼といいますか。彼女の根性はすごいものがありますよね。
柿本:彼女はクレバーな野心家で、良く言えば「夢に向かって一直線」。その純度がとても高いがためにどんなチャンスでもつかみ取ろうと努力を重ねています。時に他人を利用するようなこともしますが、手段を選ばないだけで、実はメンバーの中で一番、その言葉ままの意味で『バンドリ!』しているとも言えます。
自分の商品価値も計算できているので、今までのシリーズのキャラにはいなかった、スタイル重視の服を着ています。夢を叶えるための武装は計算の上で選んでいるし、体型維持のために普段はラテすら飲まない。にゃむのすべては努力の結晶でできています。だからこそAve Mujicaで、「持てる」天才たちの都合に振り回されたくない。自分が積み上げた努力を、才能だけで持っていかれたくない。その考えが彼女の行動原理になっています。
──ここに来て海鈴が大活躍していて。それこそ、不器用な方法ながらも、Ave Mujicaのメンバーの潤滑油になろうとするんですよね。
柿本:海鈴本人は、器用か不器用かでいうと器用なタイプですが、器用すぎて人の苦しみがわからないというか……。苦しむ前にすっと逃げてしまう傾向があり、そういう人が「後から何を言っても響かない」ということを彼女を通して表現しています。安全なところから見ていた人が「やりたくなった」と言って後から渦中に飛び込んでも、それまで泥の中でもがいていた人たちには全く響かない。
だから再結成の話にしても、にゃむや初華、そして睦の状態があってこそで、いきなり「他のバンドを辞めてきました」と言われても、誰にも響かないんですよね。
──そこで、「え?」 と言ってたのは立希だけでしたもんね。信頼が薄いというか……。
柿本:海鈴に欠けているのは信頼なんです。でも完全な個人主義者である彼女には、どうすれば信頼を得られるのかが分からない。彼女について考えていた時に、「信頼されないこと」こそが彼女の恐怖なんだなという側面が浮かび上がってきました。人間関係において、頼ってもらえない、頼れない、という状況が最も怖いのであれば、そういう状況を作り出してしまうキャラクターにしようと考えて海鈴の造形が生まれていきました。
アンバランスな他のメンバーと異なり、海鈴は最初から、優れた能力、技術、容姿、安定した家庭環境などすべてを持っていて、大体のことは一人で完結できます。言い換えれば、危なくなったら一人離脱すればいい場所にずっといたのに、CRYCHICの解散ライブを機にAve Mujicaの存在が気になり始め、にゃむに自分の過去を話してみたりもするけど、結構な事件ではあるのに、どこか軽く扱われてしまう。
──確かに、それを聞いたにゃむは「ふ〜ん」という感じでしたものね。
柿本:今まで海鈴自身が正面から関わってこなかったんだから、にゃむからしたって当然他人事なんです。ポンと投げられた悩み相談ぐらいにしか受け取れない。
Ave Mujicaが解散してある意味一番つながりのない二人ですので、そのにゃむに相談しに行く海鈴はやはり物理的な距離と心の距離を詰められていないんですよね。
──同じ一匹狼でありながら、立希と海鈴はまた違う立ち位置にいるというのが面白いです。『It's MyGO!!!!!』と『Ave Mujica』では、それぞれのキャラクターの立ち位置が異なりますよね。
柿本:そうですね。MyGO!!!!!のメンバーは、それぞれに個を際立せて描いていましたが、Ave Mujicaでは、誰かと誰かが似ているようで、実は異なる、あるいは同じように見えて内面が違う、というような構造を意識的に作っています。言動だけ見れば一見似ているのに、実は全く違うものを抱えている、という見せ方ですね。
また、MyGO!!!!!のメンバーが、どちらかというと共依存的な関係にあったのに対し、Ave Mujicaは共依存に見えて、実は依存し合ってはいない関係性を描いています。いっそ共依存できたなら話はシンプルだったのですが、そういうテーマの話にはならなくて……。
── 立希と海鈴、ふたりの関係性がどう変化していくのかも、楽しみにしたいです。
柿本:一匹狼同士、馬が合うところもあるんですけどね。海鈴にとっては、立希の言動は理解できないことも多いんです。立希も言い方が淡白なところがあるので拍車をかけるのですが。憎まれ口を叩きながら割と仲の良いふたりだったのが、今後どう変わっていくのか……は、ボチボチ出てくるかもしれませんね。
立希って、CRYCHICのメンバーに対して、実はかなり強い思い入れがあるんですよね。メンバーのことも彼女なりに大切にしていたり。
──確かに、それを感じるような場面が出てきます。
柿本:CRYCHICの解散を経て、立希はそよから「燈ちゃんがいればいいんでしょ?」と言われていたけど、それはある意味、建前でもあるといいますか。もちろん燈は大切ですが、ただCRYCHICのことも、メンバーのことも、好きだったんですよね。
CRYCHICを特別に感じていたのは彼女も同じで。でも崩れてしまったものをもう一度作り直すには彼女の性格上難しく、もはや意地という名のシェルターとでもいいますか。だから「祥子とは絶対に一緒にやらない」という方向に気持ちがこじれていったんです。
── ああ……。
柿本:立希は燈の才能を理解しているけれど、燈のことは姉と違って「かなわない存在」とまでは見ていません。姉に対しては、自分のほうが劣っているという認識が明確にありますが、燈に対しては、自分がいないと成り立たない面もあるということをなんとなく分かっている。だから、燈がやらない作曲の勉強もしています。
詩の才能やステージングに感激しながら、危なっかしい面を支えなきゃと思っていて、時に自分より上にも下にもなる関係。そこが立希にとってすごく複雑で不安定で、結局燈から目を離せないんですよね。実は面倒見もいいタイプなもので。
立希は人のことをよく見ています。自分に自信があるタイプだと前しか見えなくなることも多いけれど、彼女は前に立っていそうでいながら、本質的には後ろからついていって、前の人たちを観察するという生き方をしています。
──まさにドラマーですね。
柿本:そう、そうなんですよね。睦のことも実はよくわかっているけれど、だからといって優しい態度を取ることまではできない。そういうのは苦手なんです。
──それはどこか自分と似ているところがあるから?
柿本:そういう面もあるかもしれません。心に傷がある人は、他の人の持つ傷にも敏感なところがあると思っていて。話が進むにつれ、立希の中のそんな一面が浮かび上がってきました。でも、海鈴にはそういう傷はなくて、だから分からないんですよね。ひとり暮らしはしているけど母と不仲なわけではなく、むしろわがままに近い形で一人暮らしをしている。
── 第8話では海鈴が母親と電話する場面がありました。すごくかわいいお母さんでしたが、海鈴の母はどんな人物なんですか?
柿本:僕の中では人格者としてイメージしています。裕福な家庭で、わりとなんでもあって、節度のある教育をしてきたお母さん。海鈴はにゃむのように田舎から夢を追って都会に出てきたわけではないし、腕もあって、スタイルも顔もよくて。他人がいなくても生きていける。羨望の眼差しを向けられることは好きではないから、他人と関わるのを面倒に感じることもある。そういう理由で一匹狼的なキャラクターになっています。
──海鈴が奔走している横で、初華は少し蚊帳の外状態になってしまっていますね。
柿本:実は初華だけは「こういう人いるよね」という人物像を想定して作っていないんです。他のキャラクターは実際にいる人を観察したり、行動や反応の思考実験をしてみたり、本や資料を読んだり、プロファイリングしてみたりしながらキャラクターを作っているところがあるんですが……。
── 柿本監督とお話していると、もはや研究者にお話を伺っている気持ちになります。実際勉強されていたんですか?
柿本:(笑)本を読んだり何か調べたりするのは、小さい頃からずっと好きですね。大学で学んだのは経済学ですが、歴史や物理学も昔から好きですし、心理学や犯罪心理学にも興味がありました。『Ave Mujica』では、シリアルキラーの話や、解離性同一障害、ミュンヒハウゼン症候群など、心理的なテーマも作品に組み込みながら物語を作っています。
初華は実在するリアル感のある人というよりは、まさに仮面をモチーフにしたキャラクターで。どこか存在が閉ざされている人物として描いています。この物語の中で、彼女はずっと中途半端なんですよね。祥子のそばにいたいと言いながら、行動は何もできない。Ave Mujicaが解散する時も、そこまで強く出られない。
足枷のついたヒロインというイメージで、なにか……行動や心情に蓋をしている印象でしょうか。その理由については、今後の展開を見てもらえるとわかってくるかもしれません。





























































