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『ある魔女』青山吉能×榊原良子インタビュー【連載第8回】

『ある魔女が死ぬまで』声優インタビュー連載第8回:メグ役・青山吉能さん×ファウスト役・榊原良子さん |『ある魔女』での収録の思い出は、一生忘れられない大切な宝物に

榊原さんにとっての悪役の原点は、マクベス夫人だった?

――収録を通して、メグのセリフはかなり多かったと思うのですが、榊原さんから見た青山さんのご活躍はいかがでしたか?

榊原:これが新人の子だったら“頑張り”だと言えるんですけど、彼女の場合はもうその域はとっくに通り越していて、ベテランに近づいていますから(笑)。その上で、どんな時にもメグそのものであり続けられるパワーのようなものは感じました。

もしかしたら私自身はファウストとしてブレていた時もあったかもしれないと思っていますが、彼女はとにかくブレることが一度もなかったなと。

メグは時々すごい汚い言葉を吐くことがありますが(笑)、青山さんが言うと不思議とまったく下品に聞こえないんです。青山さんの演じるメグは、ぽこんと叩いたりしたいと思わせない、愛らしさのようなものがある。それって本当にすごいことで、そういうご自身の声質や雰囲気は大切にしてほしいと思っています。

青山:ありがとうございます。ただ、メグとしてそれで良かったのか、ちょっと考えてしまうところもあるんです。もしかしたら、もっと品のなさみたいなのを出した方が良かったのかなと。

榊原:いえ、多分青山さんが持っているものと、メグの持っているものって似てるんじゃないかと私は思ってるの。

メグも口ではね、「クソババア」みたいなこと言っているけど(笑)、彼女の心の奥にある聡明さや美しさを引っくるめると、「クソババア」という言葉でも汚く聞こえないはず。

逆に、本当に心が汚い人がどんなに丁寧な言葉を使っても、汚く感じられる時ってあるんですよ。青山さんの声からはそういう汚さみたいなのを感じないから、すごくメグには合っていたんじゃないかなと。

さっきのお話を聞いて、東京でいろんな挫折をご自身が味わったからこそ、地に足をつけた表現ができたのではないかと私は感じています。

青山:ありがとうございます。もうそこまで言っていただいて、本当に嬉しすぎます……。

――青山さんご自身としてはどうですか?

青山:私はそんな自分の心を表現することについて、あまりポジティブに捉えられていなかった部分があって。

素直って、場合によってはいい意味にもなるんですけど、私はどちらかというと、小さい頃から言わなくてもいいことを口にしてしまうタイプで。歳を取るにつれ、自分の気持ちに蓋をするのが癖みたいになってしまっていました。

それはお芝居に対しても同様で、素の自分を出すと怒られてしまうんじゃないかという恐れがあって、最初は蓋をして演技をしていたんですけど、もうダメダメで。それから少しずつ、蓋を開けてみるようにしたら、自分の根っこから出てくるお芝居って荒いんだけど、良さはあるよねって、自分でも思えるようになってきたんです。

――少しずつ自分を出せるようになってきたと。

青山:そうですね。メグに出会ったのもちょうどその最中で、彼女は良い意味での素直さを持っているキャラクターなんですよね。それまで私がなかなか認められなかった部分を、メグに肯定してもらったような気になれて、メグのおかげで自分の蓋を開けるのが怖くなくなってきたところがありました。

あと、私はずっと榊原さんのファンだったので、まさかファウスト様を榊原さんが演じられて、共演させていただけるとは夢にも思っていなくて。ちょっとこう、やっぱり最初は役柄のイメージに引っ張られてしまい、怖い感じの方なのかと思ってドキドキしていたんですよ。

……今思うと、本当になんてことを考えてたんだ、って恥ずかしいんですけど(苦笑)。

榊原:分かる分かる。私も新人の時は本当に先輩が怖くて、ずっと「怖い怖い」って思っていたから(笑)。

青山:でも実際にお会いしたら、本当に柔らかくてユニークなお方で、いろんなお話をお聞かせくださって、本当に収録が楽しみになっていました。

榊原さんとお話したいあまり、早めにスタジオに入っていましたし、当たり前ではあるんですけど、培ってきたものの差がありすぎるので、少しでも吸収したいなって。お芝居に加えて、お人柄も本当に尊敬できる方であることを身を持って感じて、その両軸で引き込まれていきました。

だから、お師匠様と弟子という間柄でご一緒させていただいた『ある魔女』の12話分の収録は、私にとって二度と忘れることはないであろう時間で、人生の宝物の一つになったと思っています。たぶん、私が死ぬ時も走馬灯のようにこの頃の光景が浮かぶだろうと思えるくらい、素敵な思い出をいただきました。

――青山さんが榊原さんのお芝居に惹かれたのは、どの作品だったのでしょうか。

青山:『PSYCHO-PASS』の禾生局長です。ちょうどアニメの放送中が、熊本から上京したタイミングだったんですけど、いろんなところで展示会やイベントをやっているのが衝撃で。もういろんなところに行って、局長のお声を聞いて回っていました(笑)。

榊原:ありがとうございます。本当に怖い役だったけど(笑)。

青山:いやもう本当に、この温かくて柔らかいお人柄からは、あのお声は想像できないですよね……!

榊原:でも学生の頃ね、私はマクベス夫人が得意だったの。反対にオフィーリアとかは柄じゃないと思っちゃって。多分、あれが私にとっての悪役の原点で、ああいう役を演じると、すごく解放された気分になるの(笑)。

青山:やっぱり対極のところにあるからこそ、そういうエネルギーが湧いてくるような感覚なのでしょうか?

榊原:そうね。私、若い頃は太ってたりもして、自分は可愛くないってコンプレックスがずっとあったの。

それを解消したのが30歳くらいの頃で、「可愛さなんて別になくたっていいじゃない」って吹っ切れて、そこから可愛いお芝居もできるようになったのね。だから、そういうコンプレックスが自分の力になることはあると思うの。

コンプレックスに押しつぶされたらダメなんだけど、逆にコンプレックスがあることを、自分の宝だと思うくらいの気持ちでいた方が良いんじゃないかなって。

――榊原さんの演じられる悪役というと、ものすごくカリスマ性のある印象も強いです。

榊原:相手を二度と立ち上がらせないような言葉を隠し持っているような役が多いですね。なかなか言わないんですけど、最後の最後にそれを口にしてくるみたいな役が(笑)。

でもそれは、私自身が言われて傷ついた経験があって、言われた側の気持ちが分かるからこそできているのかなと。言われた当時は辛かったけど、あの時の経験が役立っているのだと今振り返ると思えますね。

青山:そのお話を聞くと、役者って本当にどんな経験でも活かせるものなんだなって改めて感じます。

――そういう意味では、ファウストは強いカリスマ性に加えて、優しさも持ち合わせているキャラクターですよね。

榊原:実際、私がファウスト役をすごくやりたいと思ったのは、私のこの図太い感じで、果たして彼女の優しさを表現できるのかという気持ちがあったからなんです。

今までは本当に冷たい役が多かったから、優しさを表現できるかが心配で、自分の中では「これで出来ていたらいいな」と思いながら、試行錯誤の連続でした。多分、声優は皆そうだと思うんですけど、私も自分の声があまり良くないと思っているんですね。

青山:めちゃくちゃ分かります……! チェックの時とか……。

榊原:そう、分かるでしょ(笑)。人になんと言われようと、自分の声というものはとても気になる。

青山:いや、本当におっしゃる通りで。やっぱり皆そうなんですね。

榊原:でもね、きっとそう感じている人の方が良い表現ができるの。自分に酔っていると見えなくなっちゃうから、そういう気持ちは絶対どこかに持っていた方が良いと思う。

――ファンの人たちからは、いい声だっていう言葉がたくさん来ると思うので、それに流されすぎてはいけない難しさみたいなところもあるんですね。

榊原:そうですね。いわゆる「いい声」って言われる人たちにも、皆それぞれ違った悩みが絶対にあるんです。でも、格好いい声じゃないことを自覚しているからこそ、格好良く聞かせることができているのではないのかなと思います。

――青山さんとしては、どんなところに榊原さんの演技の凄みを感じられましたか?

青山:やっぱりまずは、本当に唯一無二のお声を持たれているところがあって、榊原さんが言葉を発するだけで、セリフに込められたメッセージ性が自然と出てくるんですよね。ちょっとした言葉の中にも、愛情や温かさ、厳しさみたいなものが全部込められているというか。収録で掛け合いをやらせていただいても、言葉が流れていかない重みというか、心の奥底に言葉が刺さるような感覚があるんです。

実際、メグはファウスト様の言葉でいろんな考えや行動のきっかけを得ることが多いですが、メグって結構楽な方に流されやすそうなタイプじゃないですか。そうならないのは、ファウスト様の言葉がそれだけメグの心にも刺さっているからで、このファウスト様の言葉が持つ説得力は、榊原さんにしか出せない表現なんだって感じました。

――セリフや出番が抜きん出て多いわけではないと思いますが、最後まで存在感がすごかったです。

青山:そうなんですよ。回想の中のみ登場する回もありましたが、それでも存在感がとてつもなくて。これは本当に真似できない、榊原さんが培われてきた経験が乗っているからこそなんだろうなと思います。

榊原:それは私自身が両親を介護した経験も大きかったのかもしれません。私にとってはとても辛い経験でしたが、やっぱりその時に「死」や生きることの意味について考えて、少しずつ分かってきたんですね。

私は父と母、両方を看取りましたが、母は心肺停止で脳死の診断が出て、最終的に私が決断をしたんです。その時の私は「奇跡の芽を摘んでしまったのではないか」という罪悪感があって、その後も本当に何ヶ月も悩んでたんですけど、その判断が正しかったか間違っていたのか、それは私が死んだ時に、閻魔様の前に行ったら分かるだろうと。だからそれまでジタバタせず、潔く全部を受け止めるように、残りの人生を生きようと思えるようになりました。

その経験があったからこそ、ファウストを演じる時も色々なことを考えさせられて。フレアおばあちゃんが亡くなってしまうエピソードも、ファウストは既に「死」を自分自身のこととしても受け止められるからこそ言えたセリフなんだろうなと、考えたりもしていました。

(C)坂/KADOKAWA/ある魔女が死ぬまで製作委員会
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