
まっすぐさが、決して押しつけがましくなくて。“嫌らしさのないまっすぐさ”というのが、ジンランの大きな魅力だと思います──TVアニメ『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』張景嵐役・河瀬茉希さんインタビュー【連載第6回】
浮かんだ言葉をそのまま伝えるって素敵なことだなと
──ジンランの役作りについてはいかがでしたか?
河瀬:オーディションのときのお芝居の感覚をベースに、現場でもそのまま持っていこうと思っていたのですが、話数を重ねるごとにジンランの日本語がどんどん上手になっていくんです。その成長のスピード感を意識しました。
みんなとコミュニケーションを取る中で自然に上達していくと思うので、その過程を大事にしつつ、ジンランらしさが消えすぎないようにするバランスは特に気をつけていました。日本人でもなかなか使わないような言葉を、ジンランは自然に口にすることがあって。逆に、日本語ネイティブではないからこそ「この表現ってすごく素敵だな」と感じて、覚えていくこともあるのかもしれないなって。
私たちって、素敵な熟語やことわざを見かけても「いいな」と思いながらそのまま流れていってしまうこともあるじゃないですか。でもジンランにとっては、日本での経験が何もかも新鮮。その中で「この表現、素敵だな。使いたいな」と思った言葉が自然と出てくるのは、彼女の真面目さや勤勉さにもつながっているんだろうなと思いました。彼女の性格と「自分の知っている日本語で一生懸命しゃべろう」とする感じが、すごく合っているなと感じていて。
それに、すごくストレートに気持ちを伝えたいとき、日本語っていろいろな“ぼかし方”ができてしまう言語でもあると思うんです。少し霞ませて言ったり、遠回しにしたり。でもジンランの場合、自分の知っている言葉の中から伝えたい気持ちにぴったり合うものを選ぶと、すごくまっすぐな言葉になる。そんなジンランを見て「好きだと思ったものは好きと言ったほうがいいし、良いと思ったものは良いと言ったほうがよね」って。浮かんだ言葉をそのまま伝えるって、すごく素敵なことだなと、ジンランを通してあらためて感じました。もしかしたら私は、大事なことを言わずにここまで来てしまったのかもしれないな、なんて思うほどで(笑)。
──たしかにジンランは大切なことを、ちゃんと言える人ですよね。
河瀬:この作品は、言葉で語りすぎない場面がすごく多いんですよね。間の取り方や表情で見せるシーンがたくさんあって、そういう美しさもある。その空気の中で、ジンランが急にスパッと正直な気持ちを口にすると、ドキッと揺らぐというか。水面に波を起こすような感じ。そこはネイティブかどうかに関係なく、まっすぐ届けられたらいいなと思っています。
──本作ならではの“余白”といいますか。
河瀬:本当に。しかもそれが「じれったい」わけでもない。彼女たちは目を合わせるだけで、たぶんもう伝わっているんだろうなと思える瞬間が多いんです。見せ方が独特で、そこがこの作品のすごく面白いところだなと思います。
──昨今「生っぽい表現」を目指すことが増えてきたように思うのですが、本作での「生っぽさ」はそれとも違うように感じています。
河瀬:そうですね。漫画としてもアニメとしても、もちろん表情が大きく動くカットはあるんですけど、キャラクターがぽつりと何かを言うときに、あえて無表情に近いまま発せられることも多いんです。表情で限定しすぎないからこそ、受け取る側がいろいろ想像できる。その不思議さがあって「このとき彼女は何を考えていたんだろう」と、さらに深く知りたくなる作品だなと思います。
──その中でジンランらしさを保つうえで意識されたことを、もう少し詳しく教えてください。
河瀬:ジンランのまっすぐな言葉の出し方は、彼女の大きな魅力だと思っています。ただ、日本語が自然になればなるほど、どうしても感情のニュアンスも乗せやすくなってくるんですよね。
もちろん喜怒哀楽ははっきりさせたいのですが、あまりに細かいニュアンスを乗せすぎると、逆にジンランっぽさが薄れてしまう瞬間もある気がしていて。作品全体の空気感に合う切なさやニュアンスは大事にしつつも「ジンランが出す音だったら、もう少しこうかな」と考えることは多かったです。でも、めっちゃ喋れているんですよね。「この間までひらがなとカタカナだったのに、漢字になってる!」みたいな(笑)。
──(笑)。日本語はもちろん、コミュニケーション自体が上達しているということは忘れずにしつつ。
河瀬:そうですね。ジンランって……なんていうんだろうな。この作品の中でも特に“気持ちが読み取りづらい”子だなと思っていて。モノローグも少ないですし、他の子に比べて内面がはっきり言語化されないんですよね。
だからこそ、見ている方にも「この子ってどういう子なんだろう」と、完全には掴みきれない存在であってほしいなと感じていました。最初の登場の仕方も、ぼたんやいぶきにスッと距離を詰めてきて「もしかして関係をかき乱すのかしら?」と思わせるような雰囲気があるんですけど、実際はまた違う方向に進んでいくじゃないですか。まだ詳しくは言えないのですが……(笑)。
そんな“人を少し惑わす魅力”というか、本心がどこにあるのか気になる存在であってほしいなと思っていたので、演じるときも、あまり感情を乗せすぎないように意識していました。不思議さの魅力というか。変にニュアンスを足しすぎず、できるだけまっすぐに出すことで、その“わからなさ”が魅力として残るようにしたいなと。感覚的な話なので言葉にしにくいところではあるんですけども、“ジンランらしさ”は常に意識していましたね。
──アフレコはいかがでしたか?
河瀬:思っていた以上に、任せていただけた感覚がありました。自分なりに考えて持っていったお芝居に対して、あまり細かいニュアンスのディレクションがなくて。「これで合っているのかな?」と少し不安になるくらい(笑)。
でも振り返ると、自分がイメージしていたジンラン像と、制作側の皆さんが思い描いていたものがうまく重なっていたのかなと思います。距離感についての調整などはありましたが、お芝居そのものに関しては、持っていったものを受け取っていただけた感覚があって、とてもありがたかったです。
──塀先生とのやり取りで印象に残っていることはありますか?
河瀬:最終話の収録後に、先生が一人ひとりに声をかけてくださったんです。そのときに「ジンランがどういうニュアンスでしゃべるのか、まだ掴みきれていなかったけれど、河瀬さんのお芝居を聞いて“これがジンランなんだ”とわかりました」と言っていただきました。そのときに「本当に良かったな」って。先生が生み出した言葉を、我々は“音”にする仕事なので、そのニュアンスがずれてしまうと作品全体の空気も変わってしまうと思うんです。だからこそ、そう言っていただけたことが自信にもなりましたし「これなら皆さんにしっかり届けられるかもしれない」と思えました。




































