『メアリと魔女の花』はなぜ生まれた!? 西村Pが語る制作の葛藤

『メアリと魔女の花』はなぜ生まれた!? どのようにジブリを引き継いだのか!? ――西村義明プロデューサーが語る制作の葛藤

スタジオジブリの制作部門の解散宣言から約3年。

スタジオジブリのイズムを引き継ぐ、『メアリと魔女の花』が2017年7月8日に公開されます。制作は、スタジオポノック。本作が記念すべき第一作目です。

監督は、『借りぐらしのアリエッティ』(2010)や『思い出のマーニー』(2014)を生み出したジブリ出身の米林宏昌監督。

本作には、スタジオジブリ出身者を中心とした日本を代表するクリエイターが集結しており、杉咲花さんや神木隆之介さんなど、豪華出演陣が多彩なキャラクターたちに息を吹き込みます。今夏一番の期待作でもあります。

そんな、期待作を取りまとめたのが、スタジオポノックの代表である西村義明プロデューサー。

スタジオジブリに入社したきっかけや、『メアリと魔女の花』の生まれた理由、どのようにジブリを引き継いただのか!? などをしっかりと伺ってきました。

▲『メアリと魔女の花』西村義明プロデューサー

▲『メアリと魔女の花』西村義明プロデューサー


1977年、東京生まれ。米国留学後、2002年にスタジオジブリに入社。映画宣伝担当を経て、『かぐや姫の物語』『思い出のマーニー』ではプロデューサーを担当。現在は、スタジオポノック代表取締役/プロデューサーを務める。

取材日:2017年6月22日

作品を公開するまえの心境は「怖い」

――2017年6月19日に行われたメディア向けの試写会に西村義明プロデューサーが登壇された時に、「スタッフ以外の方に観ていただくのは今回が初めてです。なので、みなさんの反応がとても心配です」と仰っていたのが印象的でした。今の心境はいかがですか?

西村義明氏(以下、西村):多くの人と数年かけて心血注いで作ったものがどう受け取られるか……、考えだすと「恐ろしい」ですね。

――「恐ろしい」なんですね。公開が近づいて、少し光が見えたという感触はありませんか?

西村:作っているときから、「メアリと同じくらいの年代の子が見てくれた時に、どんなことを思ってくれるんだろう」という思いでいるので、まだ恐ろしいですね。

子供は作品を理屈抜きで、直感で観るので、彼らの感想は楽しみだし、「怖さ」もあります。ちゃんと伝えたいことが伝わったかな、という。

今の心境を例えると、自分の子供にプレゼントあげる時に、喜んでもらえるかなとチラチラと見守る感じに似ているというか。そんな心境ですね。

――今後の試写会で、子供の反応を聞くまでは安心ができないと。

西村:今日、うちの子が見に来てくれるんです(※この取材後後に、試写会を実施。イベントの様子はこちら)。うちの子は一番しんらつですから。

「パパぁ、やっちゃったねぇ」とか言われたらショックですよね(笑)。

「おもしろかったね」って言って欲しいですけどね。

――それは、怖くもあり、楽しみでもありますね!

▲メアリ(CV:杉咲花)

▲メアリ(CV:杉咲花)


 

ジブリは夢と悪夢の両面を持っている

――スタジオジブリ時代、『かぐや姫の物語(以下、『かぐや姫』)』(2013)や『思い出のマーニー(以下、『マーニー』)』(2014)のプロデューサーをされていましたが、西村さんはどういう経緯でジブリに入られて、どのような仕事をしてきたのか改めて教えください。

ジブリに入る前は、海外に留学されてました。様々な経験を経たうえで、あえて日本でアニメーションを選んだのは何故なのでしょうか?

西村:中学校2年生の思春期に、自分の人生について考えまして。悩んだ末、人生の目的なんて勝手に決めてしまえば良いんだと気づいたんです(笑)。

自分は子供が好きだったので、「子供のために何かやれる仕事をしよう」と決めました。

映画も好きということもあり、映画を作るためにロサンゼルス(アメリカ)への留学を決めたんです。子供が好きということもあって、映画の中でもアニメーション映画を目指しました。そこからピクサー、ドリームワークス、ジブリのどれかに行こうかなあと。

――目的がしっかりと決まっていたわけですね。

西村:最後は、ジブリに決めました。

色んなスタジオがある中で、「夢と希望のスタジオジブリ」と言われるけれど、ジブリの作品って夢だけでなく影の部分も描いているんです。こんなアニメーションスタジオは、世界を探しても他にないと思うんですよ。

「ジブリに入りたい」と思った僕は、知り合いのツテを使って鈴木敏夫プロデューサーに手紙を渡し、運よく会わせて頂いて、ジブリに入れてもらったんです。

――海外のビジネスは明確なビジョンがあったり、オープンな所がありますよね。逆に、日本のアニメーションビジネスは作家性が強く、クローズドな印象を受けます。海外経験のある西村さんは、そのあたり不安に思う事はありませんでしたか?

西村:先々を考えて行動するタイプじゃないので、あまり考えませんでしたね(笑)。

ただ、海外で教わったのは、「まずは現場に入る」ということ。ハリウッドの世界って、中と外が明確に分かれていて、中にいるということが大事なんですよね。

僕の知人には、ディズニーのメールボーイから始めた人がいました。その中から興味を持ってもらい、どんどん取り上げられていく。なので、自分の仕事ができないからといって、そこから出ていくというのは考えていなかったですね。

僕がジブリで最初にやった仕事は著作権法務というものでした……。いかにも映画ビジネスといった印象を受けませんか?

――そうですね。

西村:でも、実際は違うんです。とにかく契約書をエクセル(パソコンのデータファイル)にまとめたり、ファイリングするだけです。入社して、1年半は契約書のファイリングを続けました。

「つまんねぇ! 辞めてしまおう」と思いながらも、辞めなかったんですね。

ある日、鈴木さんに「聞いたぞ、お前、ふてくされているそうじゃないか」と呼び出されて(笑)。

――ふてくされていたんですか(笑)。

西村:「いや、ふてくされてないですよ」って言ったら、「その態度がふてくされているんだよ!」って(笑)。

「宮崎駿さんが今度CM作るから、お前やってみろ」って言われて。

それから宮崎さんのCM、ジブリ美術館でのコンサート、音楽CDを全部作ることになって……。「やったことないんですけど?」と言っても、「いいからやれ!」と。暴君ですよね(笑)。

――(笑)。

西村:仕事を続けていく内に「宣伝を手伝え」と言われ、『ハウルの動く城』(2004)や『ゲド戦記』(2006)をやったり、高畑勲監督が好きだった『王と鳥』という海外作品の買い付けや宣伝をしました。

その流れで、高畑勲さんの『かぐや姫の物語』に関わることになるんです。

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――ジブリ作品の真ん中を歩いてこられたんですね。高畑さんの下で続けられた理由は何かあるんですか?

西村:そんなことないですよ。高畑さんの作品は、辞めるという選択肢が僕の中になかったんです。単に逃げるのが嫌だったんですね。

高畑さんの作品を作ると決めて、どういうことをすればいいか考えていただけなんです。

鈴木さんから教わった「疑う」という解法

――聞いていると辛い話ばかりが出てくるのですが、ご自身がジブリで身につけた大事なことはありますか?

西村:もちろん、たくさんありますよ。

中でも一番大事にしているのは、ジブリに入社した時に鈴木さんから言われた言葉ですかね。

「お前は素直過ぎるから、全部疑いな」って。
「疑い続けて、考え抜けば正解が見つかるから」と。

その言葉は企画を作る時でも、映画の宣伝告知の時でも、自分の中で大切なものになっていますね。

先入観とか偏見をなくして、とにかく疑い続けます。
みんなが賛成した内容にも、「本当にこれ合ってるのかなあ」と絶えず斜めからみます。

高畑さんからも「あなたみたいなうるさいプロデューサーは今までいませんだしたよ」と言われるぐらい議論しましたしね(笑)。

――そうなんですね(笑)。

 

「映画のために命をかける」という大きな気づき

――米林監督との出会いはどのようなものだったんですか?

西村:出会いは『借りぐらしのアリエッティ』(2010)が日本アカデミー賞を受賞した後のお祝い会の時でしたね。

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鈴木さんに「『マーニー』もやってくれない?」と言われて。

「いや『かぐや姫』をやってるし、できないですよ」って言ったら、「麻呂(米林監督のあだ名)にも未来はあるし、お前にも未来があるから、未来を持った二人が組んだらどんな作品になるか見てみたいんだよね」って言われて。

その時、高畑さんの言葉を思い出したんですよ。

『アリエッティ』を見た後、高畑さんが「あの映画にはプロデューサーがいない」と言ったんです。「現場で、この映画のために命を懸けるようなプロデューサーがいない」と。

その時、僕は高畑さんからプレッシャーをかけられていると思ったんですね。「『かぐや姫』に、お前は命かけろ」っていう(笑)。

高畑さんって戦前生まれの方で、「命を懸ける」といった前近代的な言葉は大嫌いなん人なんですよね。その人が命を懸けるという言葉を使ったので凄く印象に残っていて。

一方、米林さんが日本アカデミー賞を受賞した時に、「高畑さんって羨ましいですよね」と言われたことを思い出したんですよ。

「『アリエッティ』は常に一人で描き続けて、不安だった。高畑さんには西村さんのアドバイスがあって、それは嬉しいことですよね」と。

その時に、高畑さんが言いたかったことに気が付いたんです。
それで、鈴木さんに「やります」と伝えました。

そこから僕は『思い出のマーニー』のプロデューサーになったんです。

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プロデューサーとはどんな仕事なのか?

――アニメーションのプロデューサーって、具体的にどんなお仕事なんでしょうか?

西村:プロデューサーと聞くと、ビジネスや、宣伝をイメージする人が多いと思うんです。

僕にとってプロデューサーは、映画の本質を作る人間のことだと思っています。

良い作品を作って、多くの人に喜んで欲しいけど、そのためには作品を本質へと導かないといけない。監督が悩んでいるときに一緒に考えたり、ヒントを与えたりといった、キャッチボールの相手になれる存在が、プロデューサーの仕事なんだと思います。

――「監督の能力を最大に引き出す」のがプロデューサーなのですか、それとも「世の中にたくさんの人に受け取ってもらえるような作品を作る」のがプロデューサーなのでしょうか?

西村:両方ですね。今回の映画で僕がやってきたのは、クオリティを上げるために、キャッチボールをしていくということでした。

価値のあるものを作ろうとしても、その価値観も時代によって変わっていきます。

昨今アーカイブが数万と存在する世の中で、果たして新しい作品を作る必要があるのか?
作り手は理由を求められると思うんですよ。過去にも傑作と呼ばれるものはたくさんあるわけですから。

何故新しい映画を作るのかというと、「今いるスタッフの才能を最大限に引き出し、今の人たちに寄り添うものを作る」ということに答えがあると思ってます。

――西村さんが担当されていた作品というのは、その瞬間の時代性の中で、何かしらテーマを持って作られたということですね。

西村:そのつもりです。

どんな思いで、スタジオポノックは作られたのか?

――2014年12月にジブリの制作部が解散しましたが、どのような心境でしたか。

西村:ジブリが解散するという話を聞いたのは、『マーニー』と『かぐや姫』を同時に並行している時でした。

『マーニー』が完成して、スタジオに戻ってきたら誰もいないわけです。クリエイターの作画机も全部きれいに片付いてしまっていて。その時に、「ジブリが終わってしまったんだ」としみじみと感じました。

それを同時に、「子供たちに残さないといけないものがあるんじゃないか」とも感じたんです。

いろんなアニメーション映画の中で、子供と大人が一緒の所で笑って、一緒の所で泣ける作品って、ジブリだったと思うんですね。そういうものが無くなっちゃったらダメなのに、「何で誰もやらないの?」と。

「だったら俺がやるしかない」と考えて。

――ジブリの定義というのは、スタッフの中にしっかりあったのですか?

西村:考え方や仕事の姿勢というのが、総じてジブリだと僕は思っているんです。なので、何かがあったらジブリで、無かったらジブリでないのかという定義も難しいですね。

ただ、ジブリらしさは存在していて、それがまだ各々のクリエイターや監督の中に残っているんです。

それぞれの中にあるジブリらしさが、バラバラになることで消滅する前に、作品を作るという形で再構築するしかないと思ったんです。

自分には金銭的な体力や経験も知識もなかったけれど、ジブリのような作品を失うのはまずいということだけは理解していたので。

自分たちは子供の頃から高畑さん、宮崎さんから恩恵を被っているわけです。

自分が親になった時に、子供たちはどうなるんだろうと思ったんです。自分たちが良い作品をもらったんだったら、次の人に受け渡していきたいと思うのは、当然のことじゃないですか。

血気盛んにジブリの後を継ぐとか、独立して一旗あげてやるとか、そういうことではなく、大事にしていたものが崩れてしまうのだったら、誰かが絶対に残した方が良い。

その中で自分たちが今のお客さんに対して、「これが僕らの映画です。いまの皆さんにとって大事だと感じられることを詰め込みました、ぜひ観て下さい」ということを地道にやっていく。

こんなアニメーション製制作の現場を、なくしちゃいけないと思うんですよ。

だから、まずは映画を作ろうと。
それが、スタジオノポックと『メアリと魔女の花(以下、『メアリ』)』の始まりです。

制作を大手アニメスタジオに頼むこともできたんですけど、そんな生半可な気持ちで「ジブリの志を引き継ぐ」と言っても、理解されないだろうと思った。シンプルなのは、ゼロからやってみることですよね。

――一番困難な道ですね。

西村:『かぐや姫』の時も、「ジブリのスタッフを使うな」と言われていて。別の建物を借りて、スタッフ、機材をかき集めて作ったんです。

なので、やることは同じなんじゃないかなと思っていたら、今回は想像以上に大変でし(笑)

――スタジオポノック(註)として西村さんが米林監督と組むきっかけはなんだったんですか。

西村:『マーニー』が終わった打ち上げの時に、米林さんに「(ジブリの制作部は解散しましたが)また映画作りたいですか?」と聞いたら、「また映画を作りたい」と即答をもらったんです。

そんなにすぐ返事が返ってくるとは思わなかったですね……。

――監督、熱いですね……!

西村:さらに「西村さんとやりたいです」と言ってもらえて。「それなら現場と環境を作るのを全部任せて下さい」と言って、今からもう3年前ですね。

――周りからみても、スタッフ集めには大変苦労されたという印象がありますね。

西村:単にスタッフを集めるだけだったら簡単にできるのですが、自分たちが愛したスタジオジブリのクオリティを実現するという部分は大変でしたね。ジブリの事を、自分たちが一番よく分かってますから。


(註)スタジオポノック:2015年4月15日設立。2014年末に、スタジオジブリを退社した後、西村義明プロデューサーが立ち上げたアニメーションスタジオ。「ポノック」とは、クロアチア語で「深夜0時」に由来し、「新たな一日の始まり」の意味を込めている。

宮崎駿監督から学んだ3つの教え

――ジブリらしさを残す上で、大切にしたことはなんですか?

西村:ジブリで宮崎さんに教えられたことがあって。

第一に「面白いこと」。
第二に「作る意義があること」。
第三に「次を作り続けるために少しだけ儲けること」です(笑)。

――儲けることは大事ですね(笑)。

西村:この3つが揃わないと、映画は成立しないんです。

意義のあるものって何だろう――意義なんて時代によって変わってくるものだし。

アニメーション映画というのは、ある大人たちからしたら、もしかしたら子供騙しと思われるかもしれないけれど、アニメーション映画だからこそ込められるメッセージと、社会的に価値のあるものが実はあったりするし……。

自分たちがやっていくことの影響は、子供が一番受けてしまう――だからこそ、自分たちが表現することに責任を持たなければいけないし……。

今やる価値を常に問われているというか。そういう映画を作るのが、ジブリだったんですよね。だから、ジブリイズムって茫漠(ぼうばく)としてるんです。

なにか形があるわけでなく、そういう作り手の姿勢だったりするし、世の中の見方だったりするし。そういったものの集積が、僕の愛したスタジオジブリ作品でした。

――ある意味、哲学集団だったんですね。

西村:そういう人たちと過ごしてきてしまったから、単に面白ければいいだけの作品は作れないんですよ。分からない中で、なんとかひねり出していくしかないんですね。


 

監督には考えるだけじゃなく、もがいて欲しい

――『メアリ』は、作品のテーマが「魔女」ですが、宮崎監督の『魔女の宅急便』(1989)がまさに魔女を扱っています。ジブリの過去作品と同じテーマをあえて選ばれたことに理由はあるのでしょうか。

西村:米林さんと企画を決める時に、『マーニー』とは真逆をやろうということは話していたんです。

『マーニー』では小さな村の内向的な女の子・杏奈の内面の成長を描く「静的な映画」でした。

今度は元気な女の子が動き回るファンタジー作品で、「動的な映画」にしましょうと。そこから考えていく内に、僕の中で“魔女”が思いついたんです。

――それは感性や、センスで決めたという感じでしょうか?

西村:米林さんの持ち味である、ダイナミックなアニメーションを描くとなると、非日常は必要ですよね。非日常は魔法、ファンタジー、サイエンスフィクション、歴史もの、モンスター、超能力もの……と、そんなに選択肢が多くないんですよ。

この中でどれをやろうかと考えて、魔法を使う“魔女”が良いと考えたんです。

――米林監督に合わせてということだったのですね。

西村:ただ、米林さんは嫌がるだろうなあと(笑)。

――ですよね(笑)。

西村:しかし、嫌がるからこそ良いと思えたんです。過去に『魔女の宅急便』という傑作があるからこそ、違うものを作ろうという意識が働くじゃないですか。

新しいものを作ろうというのはなかなか難しいんだけれど、「違うものをやればいいんだ」と思ってほしかったんです。違うものをやれば新しくなるんだと割り切ることができれば、焦点が絞れるし、その中でもがき苦しんでくれると思ったんですね。

――自分が考え抜いた後に、監督にも考え抜いて欲しかったということなのでしょうか。

西村:考えるだけじゃなく、もがいて欲しいんですよ(笑)。自分たちが持っているものだけで勝負されたら、こちらはつまんないんですね。何が起こるんだろうという期待こそが、お客さんの気持ちだと思うので。

それをやるためには、もがいてもらうための何かを作る必要があって。スタッフに関しても安心できる馴染みのスタッフだけでなく、はじめてご一緒するスタッフを起用するとかね。

今回は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の撮影監督の福士亨さんに、撮影監督をお願いしています。でも、ご一緒したことがないので、米林監督としても最初はどんなものができるか、予測できないですよね(笑)。

ただ、僕の中では「米林さんとスタッフがキャッチボールをしながら、作ることで良いものができ上がっていく」という、確信があったんです。

――監督はそのあたりのお話を、“ボコボコ感”と仰っていました。

西村:実はボコボコというのは、高畑さんの言葉なんですよ。

僕が高畑さんに「もっと脚本を削った方が良いのでは? ここの台詞とここの台詞の役割は同じだから、削りませんか?」と意見した時に、高畑さんは机を叩いて怒ったんです。

「あなたも、もう少し演出を勉強してほしい」と。

さらに「脚本の役割論で言ったらその通りですし、見やすくなるでしょう。しかし、見やすいものは印象に残らないんです」と続けられて。

「映画というのはボコボコしている方が良いんですよ。違和感がある方が、記憶に残ってしまうんです」と。

高畑さんの考え方は、かなり高度な演出的な考えなので、理解できるプロデューサーは少ないかもしれませんけどね(笑)。

――(笑)。理論よりも感性が必要とされますね。

西村:そんな高畑さんの考えも影響して、『メアリ』に関しては、ボコボコ感をあえて残しているんです。バランスが若干悪かったりするけど、熱量だけはすごく感じる。映画の中身や作り方としては、新人監督に近い作り方をしていると思います。


 

問題の解決の答えは、作品の中にある!

――正直言うと、どこかジブリとは違うボコボコ感があるなあと思いました。その原因は何かと考えると、「外部の方と仕事をする中で、ジブリ感の統一が難しい」とか、「あえて気づいたポノック感を出した」というのがボコボコ感の原因なのかなと考えるのですが、当初、目指していた部分からズレが生じるということは無かったのでしょうか?

西村:制作の序盤はありましたね。完成図が見えない時が一番大変でした。監督の要望が伝わっていなかったりするときに、代弁者として僕が伝えてあげたりもしましたし。

――クリエイティブな現場は皆さん優秀な方々が揃っていて、その人の能力に依存しないとできないものがたくさんあると思うんです。アニメ―ションの制作現場もその一つだと思うのですが、優秀な人を束ねる時に気を付けていることはありますか?

西村:まずは、作品の中身について共有してもらうことですね。

ただ、表現は言葉にできるものだけではないです。監督とクリエイターの間に、イメージや意見の相違は、自然に生まれるため、自分が間を取り持ったりもします。これが、大変です(笑)。

ただ、答えは作品の中にあるんです。監督の中に答えがあるわけではないんですよ。

――そうなんですか。

西村:アニメーション映画は特にそうですけれど、最後に出来上がったものって、想像を超えていたりして、自分たちの手に余ったりするんです。

自分たちの思い通りのものが出来上がったかというと、そうじゃない部分、それがボコボコ感になってくると思うんです。どんな映画になっていくかの答えは、作品の中にあると思います。

――宮崎監督の「作る意義があること」につながりますね。やる意味が存在しているという話を、明確に考え抜いてるということに繋がっている気がします。

西村:高畑さんと話していて、一番なるほどと思ったのが、「内容と表現は不可分で、表現があるのは内容があるからであって、内容があるから表現が生まれる」と。

単に表現だけで成立するのであれば、それは様式に過ぎないんです。

例えば、空を飛んでいるほうきから落ちたシーンを描く場合、コミカルな作画なら「いてて」となりますが、リアルな作画では「痛い」の一言では済まない場面になりますよね。つまり、表現によって内容が変わってきてしまうわけです。

キャラクターの造形から、背景美術の様式から、全部が作品の中身によって規定されていくというのが正しい作り方だと思うんです。

作品の中で役割があるから、キャラクターの造形が決まるし、声も決まっていくんですよ。

――それが、声優として役者を使うに繋がるんですね。

西村:役者さんを使っているのは、決して目立つからというわけではないんです。役者さんの人生の声が欲しいんですよ。

ジブリの作品や作画というのは、アニメ的に動く様式ではありません。アニメーターたちが、自分たちの人生を経たうえでのリアリティのある動き、感覚的再現を絵にしてきたんです。

だから、ジブリの作品は、抽象的なキャラではなく「人間」を描いてきたんだと思うんです。

人間の声には、当たり前ながら人間の声が合うし、抽象的なキャラには抽象化された声というのがマッチングしやすいんです。

だから声優さんの声が合う作品と、合わない作品というのがあるとは思いますね。

ピーター(CV:神木隆之介)

ピーター(CV:神木隆之介)

――なるほど。最後に、映画を楽しみにしている方へ、メッセージをお願いします。

西村:メアリという少女は、失敗しても前に進みます。ついに魔法は消えて、ぼろぼろになっても立ち上がります。色々なものが変わり続け、確かなものも頼るものも消えつつある時代に、立ち止まることを選ばずに、一歩を踏み出したときに見える光とは何か。現代における魔法とは、魔女の花とはいったい何なのか。そういうことを考えながら、一本の映画を作りました。

冒頭から2分半のアニメーションは、多くの人が引き込まれるはずです。また、背景美術は日本が世界に誇る美しい美術が実現できたと思います。全てがエネルギーに満ちた作品です。笑いあり、感動あり、エンタメアリと魔女の花。ぜひ、劇場でご覧ください。

――ありがとうございました。

取材・編集:内田幸二/文:島中一郎
 
 

作品情報

 
2017年7月8日(土)より全国東宝系にてロードショー

【スタッフ】
原作:メアリー・スチュアート
脚本:坂口理子
脚本・監督:米林宏昌
音楽:村松崇継
プロデューサー:西村義明

【キャスト】
メアリ:杉咲花
マダム・マンブルチューク:天海祐希
ドクター・デイ:小日向文世
赤毛の魔女:満島ひかり
ほうき小屋の番人・フラナガン:佐藤二朗
赤い館のお手伝いさん・バンクス:渡辺えり
メアリの大叔母・シャーロット:大竹しのぶ

>>『メアリと魔女の花』公式サイト
>>『メアリと魔女の花』公式Twitter(@mary_flower_jp)

 
 
 

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(C) 2017「メアリと魔女の花」製作委員会
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