「死んだらどうする」のセリフは作者のお願いの結晶。「足りないとするならば私の方だ」は作者の想像を超えた演技|TVアニメ『逃げ上手の若君』連載第1回:原作者・松井優征先生インタビュー
『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』を手掛けた人気作家・松井優征先生が描く歴史スペクタクル漫画『逃げ上手の若君』がTVアニメ化。2024年7月よりTOKYO MX・BS11ほかにて放送中です。本作の主人公は、信頼していた幕臣・足利高氏の謀反によってすべてを失った北条時行。時行は逃げ落ちてたどり着いた諏訪の地で仲間と出会い、訪れる困難を「逃げて」「生きて」乗り越えていきます。
アニメイトタイムズでは、本作の魅力を深掘りする連載インタビューを実施! 第1回目は原作者の松井先生に、本作を描こうと思ったきっかけや、アニメ化するにあたりリクエストしたことなどをお聞きしました。
北条時行は主人公適正に満ちた人物
――『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』に続いて『逃げ上手の若君』もアニメ化となりました。アニメ化が決まったときは率直にどんなお気持ちでしたか?
松井優征先生(以下、松井):競争の激しい「週刊少年ジャンプ」ではアニメ化まで連載を続けるのも容易ではなく、デビューから三作連続でアニメ化していただけたのは紛れもない勲章だと思っています。また、いつも自分の作品を面白いと思っていただき、アンケートを入れてくださるお客さんに本当に感謝です。
――『逃げ上手の若君』は北条時行を中心とした物語です。時行の物語を描こうと思ったきっかけや理由を教えてください。
松井:基本的に歴史ものは大人向けであり、映画や小説はおろか、江戸時代の講談や歌舞伎でも、子供の時行はまず題材にされません。少年漫画というジャンルでしか感情移入してもらえない稀有な武将です。いま自分が少年誌で描いているうちに、このままでは永遠に埋もれてしまう武将に光を当てる事ができるのでは、と思いました。
――先生は史実における北条時行をどういう人物だと感じていますか?
松井:一族の敵討ち、宿敵はただひとり、決してあきらめず神出鬼没と、主人公適正に満ちた人物だと思います。味方を裏切らず、中先代の乱後に天下の支配者になろうとした形跡がなく、かつての敵とも協調できている、といった断片的な史実から、義理堅く、野心が少なく温厚、調和を大事にする人物だと推測しています。
――アニメ化するにあたり、先生からは何かリクエストはされましたか?
松井:キャストには素敵なオッサンをたくさん呼んでくださいとお願いしました(笑)。
また、オッサンがらみの配役で最初に候補に挙げていただいた方々は、落ち着いた年配感のある方が多かったのですが、「殺伐とした時代に生きて戦場に出る以上は、現役感があって若さが垣間見えるオッサンが良い」とご相談したんです。
メインキャストの方々に関しては、挙げていただく候補にほとんど文句のつけようがなく、大体そのまま決まった記憶があります。
――北条時行役の結川あさきさんのお芝居を聞いてみての印象や、リクエストされたことがあれば教えてください。
松井:結川さんはまだキャリアが始まったばかりなのに「侍王子、少年」といった役どころをばっちり掴んでいらっしゃって、ほとんど言うところがなかったです。一点強くお願いしたのが、逃げの才能が発揮される時の時行の声質。すべてが弱い時行が逃げる時だけは大人を上回る怪物になる、という設定なので、楽しそうだったり余裕だったりという演技より、無敵の変態感のある発情した演技をお願いしました。結川さんもしっかりご理解があり、一話の「死んだらどうする」というセリフは作者のお願いの結晶です。
――諏訪頼重役の中村悠一さんについてはいかがでしょうか?
松井:中村さんはもう自分がリクエストを出すまでもなく万の引出しをお持ちの方で、一度音響監督さんのディレクションが入ったら大体文句のつけられない仕上がりになっていました。三話の「足りないとするならば私の方だ」というさりげないセリフに込められた頼重自身の気づきなどは、作者の想像を超えた演技でした。