
社会の片隅にだって、美しい物語は宿る。映画『ホウセンカ』木下麦監督が紡いだ愛と絆、創作へのこだわり【インタビュー】
「ろくでもない一生だったな」
『オッドタクシー』を手掛けた監督・木下麦さんと脚本・此元和津也さんのタッグによる完全オリジナル長編アニメーション映画『ホウセンカ』が、2025年10月10日(金)に公開されます。
独房で孤独な死を迎えようとしていた老人・阿久津。彼の前に現れたのは、人の言葉を操る不思議なホウセンカでした。花との対話の中で、阿久津は自身の過去を振り返り始めます。
舞台は1987年の夏。しがないヤクザだった若き日の阿久津は、愛する女性とその息子のために、組の金3億円の強奪という無謀な計画に身を投じます。「退路を絶ったもんだけに、大逆転のチャンスが残されてんだよ」。これは、ある1人の男の人生と愛の物語。
アニメイトタイムズでは、本作の監督・キャラクターデザインを務める木下監督にインタビューを実施。『オッドタクシー』の熱狂の先で木下監督が描こうとしたもの。北野武作品に受けた影響から自身の創作の原点まで、じっくりと語っていただきました。
群像劇から、一人の男の物語へ
──『オッドタクシー』を経て、再び脚本家の此元(このもと)さんとタッグを組んで生み出された『ホウセンカ』。本作の企画が始動するまでの経緯をお聞かせいただけますか?
木下麦監督(以下、木下):『オッドタクシー』が一段落した後も、此元さんとは親しくさせていただいていて、プライベートでも飲みに行くような仲でした。その中で、僕の方から「また一緒にアニメーションを作りたい」という思いがあり、新しい企画を立ち上げて脚本家として此元さんにお声がけした、という流れです。
──今作は前作の群像劇とは異なり、少人数の登場人物に焦点を当てたヒューマンドラマになっていますね。
木下:そうですね。テレビアニメだった『オッドタクシー』では20人ほどのキャラクターがいました。次作ではコンパクトな世界観を描いてみたいという思いがあり、今回は登場人物を絞って、一人ひとりにフォーカスを当てたいと考えたんです。映画という媒体で、一人の人間の心理描写や感情表現を深掘りして、表現の解像度を上げることを課題にしました。
世界観の規模としては非常に小さくても、その“小さな世界”を丁寧に描きたい。「小さくても美しいものを表現しよう」という心持ちで制作した作品です。
──今作は間の取り方など、邦画的な演出が意識されていると感じました。影響を受けた作品などはあったのでしょうか?
木下:やはり北野武監督の作品群には大きく影響を受けています。間の取り方やカット割り、あまりカメラを動かさない手法など色々ですが。「間で表現する」という部分は特に影響されていますね。
──監督の作品ではヤクザが重要な役割を担うことが多いですよね。これも北野監督からの影響なのでしょうか?
木下:そうですね。北野武監督はもちろん、マーティン・スコセッシ監督やクエンティン・タランティーノ監督の作品も好きでして。ギャングやマフィア、ヤクザといったジャンルの作品から影響を受けて作っている部分はあると思います。
そういった社会のサイクルから少し外れた人間を描くことは、今後も続けていきたいテーマです。社会には、日陰の中で生きている人々もいると思いますが、そうした人たちにフォーカスを当てたいんです。普段は注目されないような人々の人生を深掘りすると、もちろん様々な苦労や幸せ、葛藤といったドラマが見えてきます。才能や血筋に恵まれた主人公ではなく、日陰で淡々と生きる人々を描き、その中に美しさを見出していきたいんです。
孤独な老人に寄り添う、物語の語り部「ホウセンカ」
──ピエール瀧さん演じる「ホウセンカ」は、今作のタイトルにもなっており、ファンタジー的な語り部として登場します。このキャラクターはどのような経緯で生まれたのでしょうか?
木下:物語の狂言回しであり、アクセルになるような役割のキャラクターを作りたかったんです。そこで「孤独な老人と対話する花」というアイデアを考えました。阿久津の「咲かなかった人生」を浮き彫りにさせるために必要な存在だったと思います。
ホウセンカは、種に触れるとパンっとはじける特徴があります。企画の初期段階で、その「はじける」という言葉が作品全体のキーワードになりました。ヤクザの人生の栄枯盛衰、その儚い物語を美しく描くうえで、このキーワードはぴったりだろうなと。そこからバブル経済や風船、花火といったモチーフを盛り込んでいき、最終的に作品ができあがっていきました。
──いわば「ホウセンカ」は作品の核でもある訳ですね。そんなホウセンカ役にピエール瀧さんを起用された理由を教えてください。
木下:ホウセンカは脚本の設定上、記憶を受け継ぎながら100年以上生きているキャラクターです。人間の業(ごう)を俯瞰して見てきた、人知を超えた存在にしたかった。一見何を考えているか分からない、掴みどころのないキャラクターにしたかったんです。
そうなると、いわゆる王道の役者さんよりも、少し変化球な方を起用すべきだなと。色々と考えた中で、ピエールさんなら、この役を体現してくださるだろうと思いました。
──ピエールさんは、それこそ北野武監督作品の『アウトレイジ』などでも強烈な印象を残していますね。
木下:そうなんです。ピエールさんは本当に色々な側面を持っていて、面白い役も怖い役も、愛嬌のある役もこなされる。どれが本当の姿なのか分からない。そういう方にこそ、この役をやっていただきたいという思いがあったんです。
──収録時はいかがでしたか?
木下:最初は、僕とピエール瀧さん、そして小林さんと3人で1時間ほど、企画やキャラクターについてディスカッションをするところから始めました。そこで役作りの方向性を固めていった形です。
──キャスティングの面では、主人公の阿久津役を演じられた戸塚純貴さん、ヒロインの那奈役の満島ひかりさんも印象的でした。
木下:映画全体の演出も邦画に近い雰囲気があるので、実写で活躍されている俳優さんたちもきっとハマるだろうと思いました。
あとは声に血が通っているようなリアリティが欲しかったんです。阿久津は欲のない朴訥と生きている人、那奈は一見強いけれど心の奥底にか弱さがある人、そんなイメージでした。それは表面的なテクニックだけでは表現しきれない、その人自身が持つものだと考えていて、そんな所が映画に出ればと思っていました。
















































