
現・アイドルオタクが語る! 推しも自分も、もっと好きになれる哲学アイドルアニメ『少年ハリウッド』のすすめ
私にとって推しは神様なのか、それとも、生贄なのか -そんな問いが、ふと浮かんでしまうアニメ『少年ハリウッド -HOLLY STAGE FOR 49/50-』。
2011年4月に舞台として始まった『少年ハリウッド(少ハリ)』は、2015年に“アニメ×小説×リアル”を掲げたプロジェクトへと広がりました。今回取り上げるのは、2014年〜2015年にかけて放送されたアニメ版です。放送から10年以上が経ちましたが、その静かで深い余韻は、時間が経つほどに色を変えて心に残り続けています。
物語の舞台は「少年ハリウッド」が一世を風靡し、解散した15年後。専用劇場のハリウッド東京に、主人公・風見颯(かざみ・かける)をはじめとする新しいアイドル達が所属するところからスタートします。
大学生のころ、私は「アイドルが好きだから」というシンプルな理由だけでリアルタイムで視聴していました。しかし社会人になった今、あの頃とはまったく違う視点で物語のテーマが突き刺さります。お気に入りの話をときどき見返したり、曲を聴いたりはしていましたが、全話を通して改めて向き合ったとき、「アイドル飽和時代、推し活が大流行している今こそ再評価されるべき作品だ」と強く感じたのです。
そこで今回は、『少ハリ』をまだ見たことがない方に向けて、その魅力をお届けしたいと思います。派手さよりも“心の温度”を丁寧に描くこの作品の特別さを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
少ハリは“考えるアイドルアニメ”。哲学を感じる名言のオンパレード
少ハリを一言で表すなら、哲学アイドルアニメです。一見すると、明るく元気をくれるアイドルと、思考に没頭するような哲学は結びつかないように感じるかもしれません。実際、私は初見で見たとき、たくさんの場面で頭の中が「?」でいっぱいになりました。
第1話の始まりは、カケルのモノローグから。「気づけば僕は、この世界にいた」という印象的な一言とともに、小学校、中学校、高校、そして大人になってゆく過程まで、自分の人生が「社会のレールの上」に乗っていることへの安心と不安が静かに語られます。アイドルアニメの幕開けとは思えないほど、深く考えさせられる導入です。
このようにカケルのモノローグや、少年ハリウッドが所属するノエルジャパンエージェンシーのシャチョウのセリフには、ふと立ち止まってしまうような言葉がたくさんあります。(ちなみに、シャチョウの名言スタンプがLINEで売られています。笑)
なかでも私が忘れられないのは、シャチョウが言った「アイドルはね、追いかける側の時と場合によっては神にだって生贄にだってなってしまうんです」という一言。
当時の私は、まさにアイドルを「神様みたい」と思って応援していました。ファンに寄り添い言葉を届けてくれる彼のことやそんな彼を応援する自分を誇らしく感じていて、「こんなに誰かに想われるなんて、彼は幸せに違いない」とさえ思っていたほど。
だからこそ、この“神様と生贄”という対照的な表現に、強い衝撃を受けたのです。しかし、時間が経つにつれてその意味がゆっくり理解できるようになりました。私は彼に理想を押し付けていて、彼は何万人ものファンそれぞれの期待を背負って立ち続けている。その姿は、確かに“神様”のようでもあり、“生贄”のようでもあったのです。
このように少ハリは「アイドルとは何か?」「アイドルを応援するとはどういうことか?」「人生とは何か?」という正解のない問いを考えさせられる作品なのです。
アイドルが生まれる瞬間に立ち会う。彼らが“少年ハリウッド”になるまで
もちろん、アイドルの成長譚としての少ハリも素晴らしい作品です! ただの少年だったメンバーが“アイドル”になっていく過程は、見ているだけで胸を掴まれます。
例えば、第1話では、シャチョウから「自己紹介キャッチフレーズ」を手渡されます。どのメンバーのものも身体がムズムズするほど恥ずかしいセリフばかり。「シャチョウの言うことは絶対」というルールの元、一人ずつ挑戦していきますが、あまりの照れによって声が小さかったり、漢字が読めなかったり……正直、見ているこちらが逃げ出したくなってしまうほどの仕上がりでした。
ところが物語が進むにつれ、このキャッチフレーズが、彼らに馴染んでいくのです。終盤には、ファンがそのフレーズを待つようになるほどで、「少年ハリウッドのライブと言えばこれ」と言える独自の文化として根づいていきます。
また、物語の開始時点ではまだカケルたちはユニット名すらありません。しかし第3話で、彼らが「少年ハリウッド」という名を継ぐことを知らされます。その名は、彼らと同じハリウッド東京で、15年前に一世を風靡したユニット名。
偉大な初代がいた分、活動開始当初はアンチの声がメンバーの目に入ることもありました。それでも、葛藤を抱えながら「少年ハリウッド」である責任を背負い、自分たちなりの形へ育てていく――その姿に、気づけば自分が励まされたり、元気をもらったりできるのです。





























