
『地獄楽』小林親弘さん&小市眞琴さんインタビュー|先生と弟子から変わっていく関係性、山田浅ェ門士遠とヌルガイがバディになる時
先日、第23話が放送されたTVアニメ『地獄楽』第二期。本編では、士遠とヌルガイの因縁であった“仇討ち”の戦いが繰り広げられ、ふたりの関係性に大きな転機が訪れました。
死と隣り合わせの戦いの果てにふたりが選んだ道は、その熱演によって、より深く視聴者の胸に刻まれました。
本稿では、士遠役・小林親弘さん、ヌルガイ役・小市眞琴さんの対談インタビューをお届け!
節目のエピソードとなった第23話を振り返りつつ、互いの芝居へのリスペクトや『地獄楽』という作品に通底する「強さと弱さのバランス」について語り合います。
壮絶だった第一期を振り返って
──改めて、TVアニメ『地獄楽』第一期を振り返ってみて、どのような物語でしたか?
小林:僕が初めて原作を読んだ時の印象でいうと「面白い設定だな」と思ったのと同時に、「残酷な話だな」という印象が一番強かったです。
死罪人側には特に救いがないですよね。ゴールしても幸せが待っているわけではなさそうで。『地獄楽』というタイトルですが、「地獄」の要素が濃いなと。
極楽要素は島の美しさくらいですよね。やっぱり物語が進むほどにどんどん手詰まりになっていく感じがあって、特に一期では「天仙様、強すぎるだろ!」って(笑)。本当に地獄のような作品だなと思いました。
小市:私も、島の美しさは印象的でした。一方で、キャラクターたちは血みどろの戦いをしていく。
魅力的だと思ったのは「バディもの」としての側面ですね。死罪人と打ち首執行人がペアになって、関係を築いていく。その絆の表れ方がそれぞれ違うのが面白かったです。
ただ全員が幸せになれるわけではなく、どこかで相手が死んでしまったり。特にヌルガイは、最初のパートナーである典坐(CV:小林裕介)が早い段階で亡くなってしまいます。
典坐の死から「本当に誰が死ぬかわからないんだ」と特に強く感じました。序盤で一気に人がいなくなる流れがあって、そこからしばらくは主要キャラが死なずに関係性が深まっていく時間があったんです。その後に典坐が死んだので、本当に衝撃でした。
小林:ああ、あれはびっくりしましたね。「ここでか……!」って。
──特に印象的だった話数はありますか??
小林:自分の中で一番印象に残っているのは、典坐が死んでしまった8話です。いろんな意味で大きなエピソードで、23話にも繋がる話だったなと思います。
小市:私も同じく印象に残っているのは、8話と23話ですね。典坐の死から、それまで「仇討ち」を目標にしていた気持ちが、「生き残る」ことへと向かっていく。この2つは、きっとヌルガイにとってとても大事な回だったと思います。
変わっていく士遠とヌルガイ
──エピソードが進んでいく中で、士遠とヌルガイが第一印象からどんなふうに変わっていったか、振り返っていただけますか。
小林:士遠が初めて登場したときは、ほとんどセリフがなかったんです。あか絹を容赦なく切り捨てる場面からだったので、「任務に忠実で冷静、躊躇のない人」という印象が強かったですね。
でも徐々に感情が現れて、人間味がどんどん出てきた。最初原作を読んでいたときは「距離を取って冷静に判断する軍師タイプなのかな」と思っていたんですけど、皆のまとめ役的なポジションになるのが意外でしたね。
──冗談を言うような場面もありましたけど、そこもすごくチャーミングで。
小林:ですよね。しかも本気でお笑いに取り組んでいるというか。それがすごいなって思います。ピンときてる人と、きてない人がいて、佐切だけは爆笑してくれるんですよね。
──ヌルガイは分かってないですよね。
小市:ほんとに(笑)。多分、頭がそこまで回ってなかったんですよね。
小林:でも、ちゃんと真剣に言葉の意味を捉えてくれるから。
──典坐に思いを馳せるような、自分を犠牲にする部分もあって。後半は出てくる感情が目立ちますよね。
小林:23話で初めて生い立ちが描かれるからこそ、よくわかる部分もあります。過去の話が出てきて、「なるほど、そういうことなんだな」と強く感じました。
小市:まとめ役っていうことでいうと、先生しかできないですよね。
小林:確かにしょうがないよね。このメンバーだと。
小市:そうですね。もともと先生気質ではあったと思うんですけど、ここにきてそれが開花したというか。特にヌルガイと一緒に行動していく中で、先生にならざるを得なかったのかなと。
小林:ヌルガイには、大人として「ちゃんと教えるぞ」という気持ちが芽生えていったと思います。
小市:ヌルガイって最初、大人っぽかったんですよ。頭も切れるし俊敏に動けるので、先生や周りの人たちにも一目置かれていたというか。でもその中で、本来の子供っぽさを取り戻し始めているように感じていて。
例えば杠と一緒にキャッキャしたりするのは、心が緩んだ証拠だと思うんです。もともと心を開ける子だったのに、家族や村の人たちを皆殺しにされて心を閉ざしてしまっていた。その固まった心を、士遠先生をはじめ周りの人たちが少しずつ溶かしてくれて、子供らしい部分が出てきているんじゃないかなって。
──氣(タオ)の本質の部分でもある、強さと弱さのバランス・中庸。士遠とヌルガイの強さと弱さはどんなところだと思いますか?
小林:そうですね。士遠先生の強さは、冷静に物事を考えられるところだと思います。どんな状況でもそれを崩さない。ただ同時に、それが弱さにもなっていて、仕方ない状況とはいえ、自分の大事な人を見殺しにしてしまったことをずっと悔いている。
正しく冷静に判断したからこその葛藤です。そこが強みでもあり弱みでもある。いわば中庸に近い性質を持っているんじゃないかなと。特に23話では、それがよく表れていたと思います。
小市:ヌルガイは、山で育ってきたので「山の中の正しさ」みたいなものはあるけれど、それ以外の正しさや常識みたいなところはわかっていないと思うんです。だから士遠と一緒にいることで、お互いの良いところを補い合いながら進んでいってほしいですね。







































