
『もののけ姫』4K UHD+ブルーレイセット発売記念 奥井敦さん×古城環さんインタビュー|不朽の名作を4K UHD化する手法・意義とは?
スタッフ陣が見た「初号試写」を蘇らせる
──昨年10月に上映もされた『もののけ姫』4Kデジタルリマスター版の作業では、デジタル制作部分とフィルム制作部分の色味の差異について、かなり調整を重ねて当時のフィルムの再現に力を入れていらっしゃったと伺っています。今回は、その点はどうだったのでしょうか。
奥井:ベースとなる考え方は同じなので、そこまで大きくは変わっていません。
4K版としてのベースは、SDR(スタンダードダイナミックレンジ:HDに比べ容量が軽い)で作り込んだ映像が基準になっています。今回のHDR映像は、そこにさらにハイライトとシャドウに調整を加えたものなので、ベース自体は変わりません。
ただ、フィルムで撮影したシーンについては、当時から「透過光」という映像効果の技術を使って発光部分を強く光らせる処理を行っていたんです。
そうしたフィルム撮影のシーンは、データ化した後もその表現を生かすことができます。一方で、『もののけ姫』にはデジタル制作されたカットもある。実はその中にも、強く光らせたい部分がたくさん含まれていたんですよ。
そのため、フィルム撮影したシーンとの差異が生じてしまうんです。今回は、その差を埋めるために、ハイライト部分を伸ばすような処理を後から加えていて、HDR版では、その部分がSDR版とは少し違った見え方になっていると思います。
──シシ神の初登場シーンなど、より迫力を感じました。
奥井:あのカットは3DCGですね。撮影台を使った従来の撮影だと、カメラには物理的な寄り引きの限界がありますから、あそこまで寄ることができないんです。
それに、あのシーンは立体的にカメラが動いていますよね。そういったシーンに関しては3DCGで制作しています。
あのシーンもそうですが、絵コンテの段階で宮﨑駿監督からの指示が入っていました。絵コンテ集などを読んでいただくと、詳しい内容などもおわかりいただけるかと思います。
古城:絵コンテに「奥井さんよろしく」って書いてありますからね(笑)。
奥井:もう30年くらい前の話です(笑)。でも、やっぱり当時作品を見てくれた人たちにも、改めてスクリーンで見てもらいたいという気持ちはありますね。だから今回はスクリーン上映も実施しましたし、実現できたのは本当に良かったと思っています。
──当時劇場で公開されたものが、その時点での完成形だったと思います。そのうえで今回4K化するにあたり、どのような方向性を目指し、どのような考えで改めて作品を形にしていったのでしょうか。
古城:最初にBlu-ray化する時もそうでしたし、DCP(デジタル・シネマ・パッケージ:劇場用データ)化する時もそうでしたが、まず奥井さんや宮﨑さん、鈴木さんたちと共有していた考えがありました。今は新しい技術でいろいろなことができてしまう時代なんですけど、だからといって何でも使うのはやめようと。
ひとつの理念として、「制作当時にスタッフが観たオリジナルプリントの初号試写、その時スクリーンで観た映像を再現しよう」という大きなコンセプトがありました。
ですから、それ以上のことはしない。もちろん技術的なトラブルやフィルムの傷などは修正していますが、それ以上のことは、やりたくてもやっちゃダメよと。
奥井:リメイクではありませんからね。あくまでもリマスターです。
──当時関わっていたスタッフの方々が作業に携わることで、よりその理念に近づける部分もあるのでしょうか。
奥井:そうですね。当時のスタッフでそういう作業ができるタイムリミットもそろそろ来ています。だからこそ今やっている、という面もあるんです。
技術を詰め込んだ、最後のアナログ制作
──先ほど30年という月日のお話もありましたが、昨年は劇場公開もありましたし、今見ても「ここはすごいな」「全然負けていないな」と思う表現がたくさんあると思います。お二人が特に印象に残っているシーンや、苦労した表現などがあれば教えてください。
奥井:『もののけ姫』は、ジブリでアナログ制作をした最後の作品です。先ほどもちょっと触れましたけど、当時のアナログ撮影の技術を詰め込んだ作品なんです。
これも本作で初めて行った作業ですけど、例えば、タタラ場の蒸気と煙の処理ですね。普通だったら作画で描いて、下絵にダブらせたり、エアブラシで表現したりするんですけど、それを撮影処理でディテールを加えながら動かすということをやったんですよ。
それがうまくハマってくれて、まず白い煙ができた。それで後半のシーンでは、それを黒い煙にしているんですけど、実はフィルム上だと黒くはできないんですね。なので、黒くした部分はデジタル上で処理しています。
元は同じ撮影処理なんですけど、それをデータ化したうえで反転して黒くし、合成しているんです。それによって作品全体の世界観も変わったと思います。
古城:まさに奥井さんがおっしゃった煙の表現ですね。これが、実はめちゃめちゃ大変なんですよ。大きな画面の全景に煙が何本も出ているじゃないですか。しかも全部方向が違うんです。あれを一本ずつ撮らなきゃいけない。
そのシーンって、カメラもずっとトラックバック(被写体から引きながら撮る)しているんですけど、まず下絵を撮る。アニメーション撮影はコマ撮り専用なので、一回下絵を撮ったら巻き戻して、同じところに追加で煙を重ねていく、みたいな多重合成を延々とやるんです。
カメラが引く動きはコンピューター制御でやってくれるんですけど、そのあと煙を一本ずつ、真っ暗な部屋で重ねていかなきゃいけない。「ここの煙はこのサイズでこうして……」みたいな感じで、残された我々がそういう作業をしていくという(笑)。
──残された(笑)。
古城:しかも、ほかの煙との関係もあるし、三コマ撮りで動いているので、それに合わせて動かさなきゃいけない。それを煙の本数分やるので、10数秒のカットなのに一日で終わらないんですよ。
途中で「すみません、間違えました」なんてなったら、半日分が全部なくなって、またゼロからやり直し。でも、さっき話に出た後半の黒煙なんかは、それまでのアニメーションではあまりやっていなかった表現だったので、やっぱりラッシュを見た時は「おおっ」と思いました。
「もののけ姫」は撮影期間が1年半から2年近くあったんですけど、後半の半年くらいはほぼデジタル作業になっていて、奥井さんはアナログの現場にはほぼいなかったので残された3人くらいで頑張った記憶があります(笑)。
奥井:自分でデジタルのツールを触るようになった最初の作品でもありましたね。全くの未経験ですから、ゼロからやり始めるところなんです。しかも、誰にも聞けないみたいな(笑)。
──そういう新しい作業に挑戦する時というのは、不安の方が大きかったのでしょうか。それとも「面白そうだ」「挑戦したい」という気持ちの方が強かったのでしょうか。
奥井:もちろん、スケジュール的な不安はありますよ(笑)。でも、そういうことよりも、やっぱり新しい表現を突き詰められる喜びの方が大きかったです。
──ジブリ的にも撮影のお仕事的にも、次の時代やステージに行くみたいな感覚も?
奥井:いや、次のことはその時は考えていないと思います。その時にやろうとしていること、目指しているものを如何にして完成させるか。最終的にすべてが終わった時に、良かった点もあるし、反省すべき点も残る。そういうものを踏まえて次へ進んでいく、ということになる。
古城:宮﨑監督、この時多分引退宣言してましたよね(笑)。
奥井:最初の引退宣言ですね。
古城:だから次がどうとか、そういう次元じゃないんですよ。
──古城さんご自身はいかがでしたか。新しいことに挑戦しながら制作を進めていく中で、どんな感覚だったのでしょうか。
古城:ひたすら毎日、土日祝日関係なくスタジオに行く日々が6か月くらい続いていたので、「果たして終わるのか?」と思いつつ……ずっと映画『スピード』のキアヌ・リーブスみたいな感じで(笑)。ひたすら来たものをフィルムにしていく。朝、撮影室を開けて、カットが来てなかったら、そのまま徹夜明けの演出助手のところへ行って、「仕事ないんですけど〜」「僕らもやらないと終わらないんですけど」と催促しに行ったりしてました。それで、自分たちの作業をやって、また次を待つ。そんな毎日でしたね。作画枚数もものすごく多いし、セル画って重いんですよ。
──確かにセル画ですもんね。重量としても重い。
古城:そうなんです。朝、どさっと届くと、本をぎっしり詰めた段ボールを運んでいるみたいな重さになります。
カット袋に秒数が書いてあるので、今から撮影するのが何秒のカットか分かるんですけど、「秒数の割には分厚いな」とか(笑)。分厚いってことは、それだけ大変なんです。
しかも、特殊効果の処理とかが記号でいっぱい書いてある。それを見ると、「これは何時間で終わるのか」「今日はこれだけで終わるかもしれない」みたいな。そんな感じで、とにかく猛進して。
──やらないと終わらないわけですもんね……。
古城:やらねば終わらない。その頃の奥井さんはずっとPCと格闘してましたしね。もうToonz(アニメーション制作ソフト)を使っていたんでしたっけ?
奥井:そうですね、ペイントで使ってました。
古城:フィルム映像同士の合成もありましたもんね。
奥井:ありますね。セルをデータ化して、それを合成するという作業も当然あるんですよ。
ただ、今でこそ普通のPCでもある程度処理できますけど、当時はグラフィックワークステーションっていう1台1000万円くらいするような機材でないとできなかったんですよね。
奥井:「シリコングラフィックス」っていうアメリカのメーカーなんですけど。そのシリコングラフィックスのワークステーションを必要台数そろえていて、サーバーも含めてですけど、ちょっと考えたくないような金額でした。
そこで動くツールも特殊で、ペイントに使っていたToonzなんて、日本で使っていたのはジブリ以外ほとんどないくらいで。アニメーションの合成についても、セルを取り込んだデータを扱うわけですが、セルってキャラクター以外は透明ですよね。でも取り込む時には何か背景を敷かなきゃいけない。ブルーバックとかグリーンバックで取り込むんですけど、そこから背景色を抜いてマスクを作るとか、そういう前処理を全部やらなきゃいけなかった。そういうノウハウがまるっきりない状態からスタートしたんですよ。そこでやった経験が、その後に全部活きるんですけどね。
リマスター化へのこだわり
──当時のお話を伺いましたが、今回4K HDR化にあたって、「ここはぜひ見てほしい」というポイントがあれば教えてください。
奥井:基本はフィルムと変わらないように作っているんですよね。もちろん、さっきも言いましたけど、デジタルで作り込んだ部分はハイライト成分がないので、HDR化にあたっては少し手を入れています。
ただ、一般の方が見て、それがどれくらい違いとして分かるかというと、正直分からないと思います。フィルムで透過光処理を入れていたカットをHDRで再現するということはもちろんやっているんですけど、実は普通にやっただけだと意外と光の伸びが出ないんですよね。
なので今回は、グレーディング(映像に色の表現を施す工程)の工程で、そういう光の成分をきちんと伸ばせるような調整方法を開発していただいて、ちょっと裏技みたいなものも使いながら処理を進めています。
そこを意識して見ていただく必要はないと思うんですけど、画面の中のきらめき感みたいなものは、より分かりやすくなっていると思いますね。
古城:4K DCPの初号を見た時に、僕が率直に思ったのは、さっきも言ったように、背景画にセル画を重ねてフィルムで撮ったカット、一度スキャンしてデジタル上で合成して、もう一回フィルムに戻したカット、背景にデジタルでペイントをしたキャラクターを乗せて、さらにフィルムに戻したカットがあるんです。大きく分けると、その3パターンなんですよね。
後ろの2つは全体の1割くらいなんですけど。僕は当時作業をやった場所を覚えていたので、「あ、ここデジタルでやったところだな」って分かりながら見ていました。でも今回改めて見ると、その差がかなり分からなくなっている。
資料を見ればもちろん分かるんですけど、映像として見た時には本当にシームレスなんですよね。「これ絶対デジタルでやってたよな」と分かっているカットですら、見た感じではほとんど気にならない。ひとつの作品として見た時に、それはすごく良くなったんじゃないかなと思います。それを初号試写のあとに奥井さんに言ったら、ニヤッと笑っていました(笑)。
奥井:古城が言ったように、フィルム由来の素材を合成したカットというのは、どうしても一回フィルムで撮って、それをスキャンして合成して、さらにまたフィルムに戻すっていう工程になるので、エッジが少し甘くなるんですよね。逆に、デジタルでペイントしたキャラクターっていうのは、データ上で作られているのでパキッとしているんです。
それをフィルムにレコーディングすると、フィルムを通すことで少し柔らかくはなるんですけど、元々フィルムから組成したものをもう一度戻すのと、デジタルのものを一回戻すだけなのとでは、やっぱり違います。
13年前にリマスターした時は、2Kで作業していたので、その時は元の2Kデータをそのまま使ってマスタリングした方が、たぶんしっくりくるだろうという判断だったんですね。
でも今回は、最初から最終的な4Kが見えているので、全部フィルムをスキャンしたデータをベースに作業しています。そうするとフィルムで処理したもの、フィルムの素材を合成し直したもの、デジタルで作ったもの、それぞれで質感が少し違ってくるんです。
じゃあ、その差をどうするか。オリジナルでフィルム撮影したカットをターゲットにして、全カットを調整し直していく。それが今だからできる。この時代だからできるんです。色々効率的になったからこそできる作業になっていたかなと思います。
































