
TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇-禍進譚-』三木眞一郎さん×ゆきのさつきさん×武内駿輔さんが3人で掛け合えた喜びを語る【インタビュー】
TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇-禍進譚-』が、2026年7月25日(土)23:00よりテレ東系列ほかにて放送中。長きにわたり描かれてきたTVアニメ『BLEACH』の物語も、いよいよ最終クールへ。黒崎一護たちの最後の戦いが、ついに幕を開けます。
本作では、死神と星十字騎士団(シュテルンリッター)の激闘がさらに加速。中でも、浦原喜助、四楓院夜一、そしてアスキン・ナックルヴァールによる戦いは、命懸けでありながらも独特の駆け引きや軽妙な空気感が交錯する、『BLEACH』ならではの魅力が詰まった見どころの一つとなっています。
アニメイトタイムズでは、浦原喜助役・三木眞一郎さん、四楓院夜一役・ゆきのさつきさん、アスキン・ナックルヴァール役・武内駿輔さんにインタビューを実施。アフレコ現場の裏話からキャラクターへの思い、『BLEACH』という作品が持つ魅力まで、たっぷりと語っていただきました。
「絶対に3人で録ってほしかった」掛け合いで生まれた熱量
──『BLEACH 千年血戦篇』も、「禍進譚」でいよいよ完結となります。改めて今のお気持ちを聞かせていただけますか?
ゆきのさつきさん(以下、ゆきの):本編の収録はかなり前に終わっているんです。感覚としては、もう記憶の奥に仕舞われていた部分もあって(笑)。だから今は「ようやく放送されるんだ」という気持ちの方が強いですね。
三木眞一郎さん(以下、三木):「千年血戦篇」自体の収録は、コロナ禍も挟んでいたからね。
ゆきの:挟みましたね。個別収録も多かったですし、その上で三木さんと武内さんは本当にお忙しいお二人なので、スケジュール調整がすごく大変だったという話も聞いていました。
でも「絶対に3人で掛け合いをしながら収録してほしいから、何としてでもスケジュールを合わせる」というお話だったんです。だから実際に3人で収録できた時は、本当に嬉しかったですね。
──実際にアフレコで掛け合ってみて、いかがでしたか?
ゆきの:コロナ禍は別録りになることが本当に多くて、相手のセリフをその場で聞けない状況が続いていたので、今回は一緒に収録できて本当にありがたかったです。「この人、こういう風に来るんだ!」という新鮮さもありましたし、純粋に掛け合いができる喜びを噛みしめながら演じていました。
三木:別録りの場合、ある意味で“先に録ったもの勝ち”みたいなところもあるんですよね(笑)。一緒に録るということは、お芝居をする上ではすごく意味が深いことだと思います。極端な話、商品として完成させるだけなら別々でも成立するかもしれないけれど、お芝居として考えるなら、やっぱり同じ空間でやることには大きな意味があります。
ゆきの:同じスタジオの中で空気を共有しながら相手の言葉を聞くのと、スピーカー越しに聞こえてくる声では、肌感覚が全然違うんですよね。
三木:**そうだよね。今回は3人での戦いだったから。武内くんはどうだった?
武内駿輔さん(以下、武内):そうですね。部分的に別録りのタイミングもあったのですが、それでも最後のパートでは三木さんとゆきのさんと一緒に収録させていただけたので、本当にうれしかったです。僕は『BLEACH』の直撃世代なので。また、1人の役者として先輩方から学びたいという気持ちがあって。
ただ、あまりにも「勉強させてもらいます」という姿勢で入りすぎるのも、それはそれで失礼だと思って……その“せめぎ合い”みたいなものはありました。この瞬間に何かを吸収しながら、長年築き上げられてきた『BLEACH』の世界観をしっかり受け取りつつ、自分も同じ熱量でそこに立たなければいけないと思っていました。アスキンは浦原を追い詰める存在でもあるので、「超えてやる」くらいの気概を持ってお二人と向き合わないといけない。こういう作品に参加できる機会はなかなかないので、本当に貴重な経験をさせていただいたと感じています。
──『BLEACH』直撃世代ということで、三木さん、ゆきのさんとの掛け合いは感慨深いものがあったのでは?
武内:とにかく掛け合うことの楽しさや面白さを強く感じました。僕はデビューして10年ちょっとになるんですが、その頃から徐々に別録りのスタイルが増えてきて、特にコロナ禍ではその流れが一気に加速した部分がありました。だからこそ、お二人の呼吸感をその場で感じながらお芝居ができたことは本当に大きかったですね。人って、言葉だけじゃなくて、呼吸や空気感だったり、いろんなノイズをまとっていると思うんです。でも、そういうものはマイクを通してしまうと、意外と伝わり切らない部分もあって。
実際に横でお二人の“生の呼吸”を感じながら演じていると、自分自身もいい意味で背伸びをさせられるというか、「もっとこの二人と会話したい」という気持ちがどんどん強くなっていったんです。自分で言うのもなんですが、すごく高いモチベーションで臨むことができましたし、本当に感動しました。
「取り込まれないように戦っていた」武内さんが語る浦原の魔力
──先ほどゆきのさんも「こう来るんだ!」という意外性があったとおっしゃっていました。アスキンと対峙して、新たに引き出された部分や印象に残ったことはありましたか?
ゆきの:なんとなくですけど、アスキンはタイプとしては喜助と少し似ているところがあると思うんですよね。だから「もし敵味方じゃなかったら、意外と友達になれたんじゃないかな」なんて思ったりして(笑)。命懸けで戦ってはいるのですが、いわゆる真っ向からぶつかり合うような感じとも少し違うと思いました。
例えば、一護と恋次みたいな熱さとはまた別の空気感というか、戦いの中に独特の“おしゃれさ”がある感じがしていて。「あまり必死になりすぎるのも格好悪いよね」みたいな、そういう美学をどこか共有しているように感じたんです。そういうところは嫌いじゃないな、と思いながら戦っていました(笑)。
──三木さんはいかがでしたか? ゆきのさんの「(喜助とアスキンが)似ているところがある」という印象もありますし、2人の軽妙なやり取りも印象的でした。
三木:軽妙なやり取りに見えていたかもしれませんが、やっていることの本質は他の人たちと変わらないと思うんです。ベースにあるのは、やはり“命懸けの戦い”なんですよね。だから、言い回しやキャラクターの雰囲気だけに引っ張られないように意識していました。相手のペースや言葉の表面に踊らされないように、あくまで根っこの部分を見失わずにいなければいけないなと。
──浦原は、つねに先を読みながら戦っているキャラクターですからね。
三木:そうなんですよ。「千用意して、そのうち一でも使えればいい」という人なんです。……ここから先はすごく長くなりそうなので、この辺でやめておきます(笑)。
武内:気になるな~(笑)。
ゆきの:聞きたい、聞きたい!(笑)
三木:本当に長くなりすぎるから(笑)。また別の機会があったらお話しします。
──武内さんは、浦原に対してシンパシーのようなものを感じた部分はありましたか?
武内:シンパシーというわけではないのですが、三木さんが発する言葉には、すごく人を惹きつける力があるんですよね。浦原って、セリフを読んでいても気持ちよさや爽快感がありますし、「こういう喋り方って格好いいな」と思わせる魅力があるキャラクターなんです。ある種の魔力みたいなものを持っているというか。だからこそ、三木さんのお芝居や言葉遣いに影響されすぎないようにする必要があります。気を抜くと、どんどん浦原の空気感に取り込まれてしまいそうになるんです。
浦原はヘラヘラしているように見えるのに、どこか怖さも持っているキャラクターじゃないですか。だからアスキンとしては、その空気に飲まれず、少し距離を取るというか。うまくかわしていく感覚がすごく大事だったんです。少しでも隙を見せると持っていかれそうになるので、すっと受け流すような距離感は、ずっと意識していましたね。
──具体的に「取り込まれそうになったな」と感じたシーンはどこだったのですか?
武内:最初に対峙した瞬間からありましたね。戦いの空気が強く出ているシーンも印象的ではあるんですけど、意外とそういうところだけじゃなくて、何気ない言葉のやり取りだったりするんですよ。だから「ここが決定的だった」という感じではないんです。対面で会話をしている瞬間から、もう持っていかれそうになるというか。「どこが」というよりは、本当にずっとです(笑)。常に「持っていかれないように」と戦っていた感覚でした。
──浦原とアスキンの似ている部分として、意外と“生への執着”が強いところも共通しているように感じました。特に浦原は今回「敗けたら死ぬ」「死なない為に死ぬほど準備することなんて、みんなやってる事でしょう」という印象的なセリフもあり、これまで以上に“生”に対する考え方が見えたようにも感じました。
武内:そうですね。アスキンはおそらく、軽く見られたくない人なんだと思うんです。でも一方で「みんな、そんなに俺のこと高く買ってないでしょ」みたいな立ち位置の方が、本人としては楽な部分もある気がしていて。そういうことを言いながらも、実はものすごくプライドが高いですし、負けん気もすごく強い。そういうものを根底にしっかり持っていることを念頭に置きながら演じていました。
言葉自体は軽かったり、適当なことを言っていたり、相手を妙に褒めたりもするんですけど、その裏側にあるものが完全には隠し切れていなくて、少しずつにじみ出ているような。その絶妙なラインをどう表現するかは、ずっと考えていましたね。そういう意味では“生への執着”みたいな部分にも繋がっているのかなと思います。
三木:喜助の場合、結果としてそう見えているだけで、彼自身の中では別の興味から来ている可能性もあるのかなと。やっぱり“研究開発に人生を注いでいる人”なんですよね。そう考えると、その先に何か得られるものがあるのかもしれないですし……極端な話をすると、“死ぬ”ということ自体も、もしかしたら研究対象になり得る人なのかもしれないなと感じます。
──浦原は“生きたい人”というより“知りたい人”なのですね。
三木:勝たないと、その先を知ることができないですからね。根本にあるのは、そこなんじゃないのかなと思います。結果として勝ち負けがあるだけで、本当に大事なのは、その先にあるものなんじゃないかなという気がして。本当のところは分からないですけど(笑)、僕の中ではそういうことなんじゃないかなと思っています。
──今回の戦いで、そこがより見えてきた印象もありました。
三木:好奇心を満たすためのものとして“戦う”という行為に繋がっているんだと思います。だからきっと、彼が見ている先には終わりがないんじゃないかな。もう僕の想像の外側に行っているような気がするんですよね。喜助は一つの出来事に対して、いろんな方向性を同時に考えている人じゃないですか。「この出来事に対してどうするか」という発想が、二次元的なものじゃないというか。もし彼の思考が、ある一点を中心に広がる“球体”みたいなものだとしたら、僕にはもう追いつけないんですよ(笑)。そこからさらに無限に広がっていくわけですから。
だから僕自身は、それをどこまで想像して、どこまで彼の考えに寄り添えるか、ということをずっと考えています。そうじゃないと「浦原喜助はこうだよね」というものから離れてしまう気がするから。それは作品の面白さを削いでしまうことにもなりかねないですし、喜助にも失礼になってしまう。喜助と向き合う時は、ずっとそういうことを考えていますね。































