
「ケーキのためなら死ねます!」とはどういう意味なのか?『さよならララ』第5話で描かれた“労働の二重性”を考える【考察・レビュー】
キネマシトラス15周年記念作品として放送中のオリジナルTVアニメ『さよならララ』。本作は人魚姫の童話をモチーフにしつつも、ただの現代風アレンジには留まらない特別な魅力を放っています。
先日放送された第5話は、印象的なセリフと映像演出が光る名エピソードとなりました。タイトルにも使用された「ケーキのためなら死ねます!」というララの言葉に、思わず笑ってしまった方も多いはず。
一見ユーモラスな表現に見えますが、今回のストーリーを踏まえることで、ララが経験した労働に繋がる深いテーマが浮かび上がってくるかもしれません。本稿では作中の描写を頼りに、第5話の物語を考察します。
※第5話のネタバレを含みます。未見の方はご注意ください
小さな皮むきと大きなケーキ
第5話ではケーキ屋のアルバイトに励むララの姿が描かれました。面接の中で追い詰められたララは、前の日に覚えたであろう「面接のテンプレート的な言葉」を乱発し始めます。その中で放った「ケーキのためなら死ねます!」という一言は、意外にも店長の心を掴み、ララの採用へと繋がりました。劇中では苦し紛れに放った言葉ですが、考えていくと、エピソード全体で語られる「労働の二重性」と深く関わっていることが分かります。
店長は洗い物の辛さを訴えるララに対し「仕事は拷問」と告げました。しかし、次の日には「仕事は楽しいもの」と真逆の言葉が返ってきます。働くことには、本来「苦労・辛さ」と「やりがい・楽しさ」の両面が共存しているのです。ララの言葉は、その性質を期せずして言い当てた表現だったと考えられます。
ここで重要なのは「小さな仕事と大きな仕事」の対比です。皮むきや洗い物といった地味な苦労の積み重ねがあって初めて、ケーキという大きな仕事や喜びへと結びつきます。つまり、“ケーキ”に辿り着くためには“死ぬ”ほど頑張る必要があるということ。この構造は、ララに課せられた「“本当の愛”を探す」という一朝一夕では達成できない目的とも響き合っているのです。
膨らむマフィンとインスタントカメラ
第5話はキャラクターの心情を映像のモチーフで語る演出も見事です。
例えば、オーブンの熱で「膨らむマフィン」は、「働くこと」と「“本当の愛”を探すこと」の間で葛藤するララの焦りや心の揺れを映すメタファーとして機能していました。彼女が不用意な操作でマフィンを焦がしてしまう展開も、結果を急ぎ、地道な時間を疎かにしてはならないという「小さな仕事と大きな仕事」の対比に結びついています。
もうひとつ注目したいのは、ララが大津茉里の父からもらった「インスタントカメラ」。彼女自身の変化を表現するうえで、非常に象徴的なアイテムではないでしょうか。
自らの手でファインダーを覗き、目に見える景色を切り取る行為は、自分自身で考え、人間や世界と能動的に関わろうとする意識の表れとして捉えられます。
さらに言えば、インスタントカメラには「やり直しがきかない(不可逆性)」という性質もあります。一度シャッターを切ればそのまま残るフィルムは、後戻りできないララの時間、あるいは普遍的な人生のメタファーとして重なり合っているのです。
おわりに
具体的なモチーフを通して、働くことの辛さと喜びを描ききった第5話。
今回ララが学んだことは、物語の核心に迫る第6話以降のストーリーに大きな影響を与えるはずです。ラストに姿を見せた妹・リサの動向も含め、今後の展開からも目が離せません。
[文/小川賢人]
『さよならララ』作品情報
あらすじ
海の王である父と、姉たちに愛されて、すくすくと育ちました。
ある日、ララは地上に生きる人間の王子に恋をしてしまいます。
それは人魚たちの世界では許されぬ、禁じられた恋でした。
それでもララは地上へ旅立ちます。
魔女グレイスにもらった薬を飲み、人間の姿になったのです。
しかしそれは、”本当の愛”を見つけなければ、
泡となって消えてしまう禁忌の薬でした。
人魚のプリンセスでありながら、人間との愛を望んだララ。
けれど———その願いは叶わず、泡となって海へ消えてしまうのでした。
それから200年。
長い時を経て、人魚姫ララは琵琶湖に蘇る。
今度こそ“本当の愛”を見つけるために———
キャスト
(C)キネマシトラス/「さよならララ」製作委員会































