『イヴの時間 劇場版』吉浦康裕監督ロングインタビュー(後)

『イヴの時間 劇場版』公開記念・吉浦康裕監督ロングインタビュー──「トゥーンシェーディングを使わなくても手描きと3DCGはマッチングします!」監督が語ったその秘策とは!?(後編)

 2010年3月6日より池袋テアトルダイヤとテアトル新宿(1週間限定 モーニング&レイトショー)、春休みにはテアトル梅田でも公開される『イヴの時間 劇場版』。はじまりは2008年からネットで全6話が順次公開されたアニメーション作品で、その視聴回数は累計300万回に達し、コミック、ノベライズなどマルチ展開もスタート。WEBアニメの新たな地平を切り開きつつある。

 “ロボットが実用化されて久しく、アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代”の“たぶん日本”を舞台を舞台に、ロボットと人間の関係を喫茶店「イヴの時間」を舞台にしたワンシチュエーションムービーとして描いた本作で、絵コンテ、演出、3DCG、撮影、編集、音響監督、原作、脚本、監督をこなしたのが吉浦康裕氏。吉浦氏は個人でアニメを制作するスタイルで世界の注目を集め、大学在学中に「ジャパンデジタルアニメーションフェスティバル2001」でトムシート賞を、「デジタルスタジアム」にて伊藤有壱賞を受賞。『イヴの時間』は個人からグループワークに移行した作品としても注目を集めた。

 今回は吉浦氏にロングインタビューを敢行。そのルーツ、そしてクリエイターとしての軌跡、『イヴの時間』を高い完成度に導いた要ともいえる3DCGについての吉浦氏なりの方法論まで、多角的に話を聞いた。

⇒前編はコチラ

吉浦康裕監督

吉浦康裕監督

●3DCGに興味を持ったきっかけは“箱庭感”がたまらなかった『MYST』

――なるほど。次は監督の“絵を描く”という部分についてのルーツをお聞かせいただきたいのですが……

吉浦:最初に興味を持ったのは、アニメよりもむしろ3DCGなんですよ。


――それはいつ頃だったんですか?

吉浦:中学の終わりから高校の頃ですね。『MYST』ってご存知ですか?あれにメチャメチャ興味を持ったんです。


――『MYST』はMacですか?

吉浦:実際にプレイしたのはサターン版です。ゲーム雑誌の広告で島の俯瞰の絵があって、それを見た瞬間に「おおっ!」となって、“これが俺の見たかったものだ!”っていうぐらいの衝撃を受けたんです。この“箱庭感”というか、“ここに行ってこの中を歩いてみたい”って強烈に思って。そんな衝撃は後にも先にも初めてでしたね。ゲームを買ってプレイして、こういう独特の世界を作ることができる3DCGという技術はすごいなと思ったんです。それで貯金をはたいてMacを買ったんです。
 そして『MYST』に使われていたストラタスタジオプロ(STRATA STUDIO Pro)というソフトを、貯金全部おろして買って、最初は3DCGで“世界”を作ることにはまりました。


――物語作りよりも世界を作ることから始まったんですね

吉浦:それも建造物ですね。ミニチュアみたいな。広大な世界よりは屋内、部屋だったり細い階段だったり廊下だったり。


――そこから映像を作るようになったのはなぜですか?ゲームを作るという道もあったと思いますが……

吉浦:最初はゲーム志望だった時期もあったんですが…。2つ上の兄が演劇にはまって、芝居のビデオとか観て、それで演劇って面白いなと思って、自分も高校に入ってしばらくは演劇にはまったんです。で、演劇ってアニメ好きな人も多くて、アニメへの興味も少し出てきました。さらに高校から大学にかけての時期に、アニメに“デジタル”という言葉がくっつき始めたんですね。“デジタルアニメ”って言葉が登場するようになって、『スチームボーイ』とかSTUDIO4℃の作ったアニメをみて、そこから今度は3DCG経由で“作画アニメ”に興味が沸いてきたんです。


――アシモフが好きで、箱庭が好きで、演劇が好きということで思ったのですが、大きなフレームが決まったなかで何かをしていくことに興味がおありだったんですね

吉浦:演劇も暗転が入って舞台がどんどん変わるものより、三谷幸喜さんの作品が好きだったり。映画でもワンシチュエーションものだとすぐ観に行っちゃいますね。


――そして自分でも映像を作ろうと思われるんですね

吉浦:STUDIO4℃の作品を観て、キャラクターは手描きのほうが好きだなと思いました。さっきゲームの話が出ましたが、キャラクターも3Dの映像にはあまり興味が沸かなかったんですよ。


――それでキャラクターは2Dで、背景は3Dでアニメを作っていこうと考えたんですね

吉浦:たまたま電車1本でいける場所に九州芸術工科大学っていう、わりと初期からCGをやっている大学があって、そこにいってなんとなくアニメを作りたいなと思って、手描き+3DCGでやろうと。自分に絵の素地はそれほど無かったんですが、真似事で描いてみたんです。最初って2、3枚でパラパラと動くだけでも感動するもので、それでノリで作ってみたらすごく面白くて。

●CGと手描きアニメを馴染ませるにはシェーディングではなく“映像の文法”が大事

――手描きアニメのテイストとCGとのバランスについてはどうお考えですか?

吉浦:大切なのは3Dを手描きっぽくすることではなく、2つの素材が違和感なく共存できるレベルの質感を作り上げていくことだと思います。3Dなら3Dなりに手描きと融合する質感のレベルとかバランスってあると思うんです。『イヴの時間』ではその質感を突き詰めていきました。背景をトゥーンシェーディングだったり手描き感を付加することによって(2Dと)馴染むという考え方もあるかもしれませんが、一般的な手描きアニメってアナログの頃から、キャラはセル(セル画風)で背景は水彩美術じゃないですか?もともと違和感があるんですよ。でもあれがちゃんと成立してるってことは、単純に質感を同じにすればいいってことじゃないんだなと思って、それで3DCGくささを除くことが全てじゃなんだなと気づいたんです。


――トゥーンシェーディングに注目しているクリエイターの方も多いようですが

吉浦:トゥーンシェーディングでも、カメラが3Dっぽくぬるぬる動いた時点で手描きっぽさは破綻するじゃないですか?逆にトゥーンシェーディングじゃなくても、手描きアニメの“文法”を守っていれば、手描きと馴染むと僕は思うんですよ。


――では実写のように動くカメラワークは手描きアニメと馴染まないということでしょうか?

吉浦:いえ、カメラワークはまた別の問題だと思います。『イヴの時間』でもカメラはぐんぐん動きますし。


――でもあまり違和感は感じませんでした

吉浦:手描きが破綻しないようにルールは守ってました。


――“手描きが破綻しないカメラワーク”ですか?

吉浦:あ、その言い方はしっくりきますね。違和感のない表現という選択肢のなかで、背景が3Dじゃないアニメでは難しいカメラワークも簡単にできるので、そういうのはガンガン入れてって、独自の面白さにつなげたいなと。


――お店のなかが細かく作りこまれていて、そこをカメラが動くことで、店内の作りこみは観客によく見えていたと思います。観客も店内を自由に行き来しているような気分でした。それがドラマ作りに生かせるんだなというのは今回勉強になりました

吉浦:ワンシチュエーションはともすれば飽きちゃうので、映像の緩急をつけるという意味合いでも変則的なカメラワークは結構使いましたね。あとは趣味の問題で、デヴィッド・フィンチャーの映画にあるような、例えば『パニック・ルーム』でコーヒーメーカーの取っ手の間をカメラがすり抜けるとか(笑)、ああいうのが好きだったので。


――すでに次回作の構想も練られているかと思います。次はどんなものに挑戦したいですか?

吉浦:『イヴの時間』を作っていくなかでアニメ業界にもつながりが生まれてきました。エピソードによっては作監クラスの方にも参加して頂けたりとか、僕も『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でデザインさせていただいたりとか、一通りのノウハウもできてきたので、次はそういった横のつながりを大事にしていきたいです。それと『イヴの時間』ってセリフ芝居じゃないですか?それは当時の自分で出来ることを選択した結果だったんですが、今回作品を終えてやることの幅が増えたなと。だから増えた分の何かをやりたい。具体的にいうと、室内でしゃべるだけのアニメからもう一歩外に出たいなと。アクションや躍動感だったり冒険、ですかね。


――なるほど!期待してます!

<取材・文:だーくまたーお>

<吉浦康裕 プロフィール>
1980年生まれ。北海道に生まれ福岡で育つ。九州芸術工科大学(現在は九州大学芸術工学部)にて芸術工学を専攻。大学時代にアニメーション制作を開始し、国内外に作品を発表。注目を浴びる。2006年にOVA『ペイル・コクーン』を発売。最近では『イヴの時間』のほか、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』でデザインワークスを担当。

<STORY>
ロボットが実用されて久しく、アンドロイド(人間型ロボット)が実用化されて間もない時代。
ロボット倫理委員会の影響で、人々はアンドロイドを"家電"として扱う事が社会常識となっていた。
頭上にあるリング以外は人間と全く変わらない外見により、必要以上にアンドロイドに入れ込む人々が現れた。彼らは"ドリ系"と呼ばれ、社会問題とされるほどである。
高校生のリクオも幼少の頃からの教育によってアンドロイドを人間視することなく、便利な道具として利用していた。ある時、リクオは自家用アンドロイドのサミィの行動ログに不審な文字列が含まれている事に気付く。
行動ログを頼りに親友のマサキとともにたどり着いた先は、「人間とアンドロイドを区別しない」というルールを掲げる喫茶店「イヴの時間」だった。
店を切り盛りするナギや店の常連客との出会いがリクオとマサキの「ロボットへの想い」を変えていく……。

<公開情報>
3月6日(土) 池袋テアトルダイヤ
テアトル新宿(1週間限定モーニング&レイトショー)
4月3日(土)よりテアトル梅田にて公開決定

<STAFF>
原作、脚本、監督:吉浦康裕
キャラクターデザイン、作画監督:茶山隆介
音楽:岡田徹
アニメーション製作:スタジオ・リッカ
制作:ディレクションズ
配給:アスミック・エース

主題歌 Kalafina 「I have a dream」 (SME Records)

<CAST>
リクオ:福山潤
マサキ:野島健児
サミィ:田中理恵
ナギ:佐藤利奈
アキコ:ゆかな
コージ:中尾みち雄
リナ:伊藤美紀


>>『イヴの時間』公式サイト
>>スタジオ六花(吉浦康裕)公式サイト

<b>『イヴの時間』</b><br>3月6日(土)より池袋テアトルダイヤ、テアトル新宿(1週間限定モーニング&レイトショー)公開。4月3日(土)よりテアトル梅田にて公開決定!

『イヴの時間』
3月6日(土)より池袋テアトルダイヤ、テアトル新宿(1週間限定モーニング&レイトショー)公開。4月3日(土)よりテアトル梅田にて公開決定!

(C)2009/2010 Yasuhiro YOSHIURA / DIRECTIONS, Inc.
おすすめタグ
あわせて読みたい

関連商品

おすすめ特集

今期アニメ曜日別一覧
2024年春アニメ一覧 4月放送開始
2024年冬アニメ一覧 1月放送開始
2024年夏アニメ一覧 7月放送開始
2024年秋アニメ一覧 10月放送開始
2024春アニメ何観る
2024年春アニメ最速放送日
2024春アニメも声優で観る!
アニメ化決定一覧
声優さんお誕生日記念みんなの考える代表作を紹介!
平成アニメランキング