「初音ミク」は人じゃないからこそ、人に寄り添える。『劇場版プロジェクトセカイ　壊れたセカイと歌えないミク』連載インタビュー｜ボカロP・40mPさん×sasakure.UKさんが語る世代を超えたボカロ音楽と文化

『はじまりの未来』を歌うミクのイメージは、「スケールの大きい初音ミク」

――密なやり取りが、楽曲の完成度を高めたのですね。一方で苦労された部分や、制作の過程で大変だったことはありましたか？

sasakure.UK：ストリングスのアレンジは大変でしたよね。

40mP：たしかに。sasakureさんのストリングスアレンジでは、トレモロ（※1）やピチカート（※2）など、装飾的な要素を入れて可愛らしさを演出してくださっていたのですが、僕はメロディに添った旋律を加えていたんです。

（※1：1音、あるいは隣り合わない2音を規則的に反復する演奏法）
（※2：弦を指で弾く演奏法）

sasakure.UK：ストリングス単体で聴くと綺麗でも、歌メロとぶつかってしまうこともあって。そうなると音が濁ってしまうんですよね。40ｍさんはミクのボーカルがメインとして綺麗に聞こえるかをいちばん気にされていたので、その考えは大切にしたいなと思っていました。

最終的に、ストリングスのラインを調整してボーカルを引き立たせる形に落ち着きましたね。

40mP：結構、レコーディングの直前まで手を加えていきましたよね（笑）。

sasakure.UK：そんなストリングスですが、今回初めて大人数編成のサウンドに挑戦したんです。レコーディングは有形ランペイジのkey岸田くんに手伝ってもらって、より迫力のあるストリングスアレンジになりました。

40mP：楽曲の中でも注目ポイントですよね。映画館の広がりのある音響で聴いたとき、ストリングスの広がりを感じていただけるかなと思います。

sasakure.UK：ミックスの段階でも5.1chの音響用にかなりこだわったので、ぜひ映画館で聴いてほしいです！

――必聴ですね！　歌詞もお二人でアイデアを出し合いながら進められたのでしょうか？

40mP：そうですね。歌詞のキックオフはsasakureさんでしたが、基本的に2人で作りました。

sasakure.UK：最初に浮かぶ部分だけ歌詞を書いて、虫食いのような状態のものを40ｍさんにお渡ししたんですよね。

40mP：全体を通して見ると、半々くらいの割合で分担しています。歌い出しやAメロの前半部分、冒頭の〈走り出す未来〉のフレーズはsasakureさんが担当されていて、それに対して僕が続きを答える形で書かせていただきました。

――なるほど。

40mP：僕は伝えたいテーマやアプローチが決まっていると、悩まずにスムーズに書けるタイプなんです。逆にそれらがないとかなり悩んでしまうタチなので……。今回だと、劇場版の一部ではあるものの、あまり具体的な指定がなかったんですよね。

sasakure.UK：たしかに。「春から夏に季節の変わるような」「何かが始まるわくわく感」というオーダーをいただきましたが、かなり自由度の高いオーダーでしたよね。

40mP：さらに、「映画本編のストーリーに絡ませすぎない」ということで。自分としては難しい作詞だったのですが、sasakureさんが明確にフレーズを提示してくださったので、楽しく書けました。

sasakure.UK：作詞において、40mさんの制作が非常に早かったですね。2日3日くらいでとてつもない早さで送られてきました。

40mP：書きたいことが決まっていれば早いんです（笑）。（sasakure.UKさんが）先に書いてくださっていたからこそですね。

sasakure.UK：僕は歌詞を書くのに時間がかかるので、40mさんの歌詞を書くスピードの10倍くらい時間がかかりましたよ（笑）。

40mP：最初の一行を書くのが一番難しいですからね。

sasakure.UK：本当に最初が難しいんですよね。歌い出しの〈光、未来〉と〈走り出す未来のすぐそばで〉のサビ部分は特に悩みました。

でも、楽曲制作においてこのような出だしの部分が一番最初に出来上がることも多いですよね。

40mP：そうですね。やっぱり最初に提示してもらえたフレーズがあったからこそ、そこにどう合わせるかを考える形で楽しく作業できました。sasakureさんは悩む時間が多かったと思いますが……。

sasakure.UK：僕も楽しかったですよ！（笑）

――そんな歌詞の中で、お二人が特にお気に入りのフレーズについてお聞かせください。

sasakure.UK：40mPさんが作った歌詞で、〈息継ぎしたら生まれたての季節を吸い込んだ〉という部分がすごく好きなんです。この情景の綺麗さや、聴いた時の爽快感は40mさんにしか作れないなと思って。何度も聴き返しましたね。このフレーズが活きるようにアレンジのバランスを考えたくらい、大好きです。

40mP：ありがとうございます（笑）。

sasakure.UK：あとは、サビ前の〈解いたら、一歩先〉のところも「一歩先」にするかどうかで悩んだりもしましたね。

40mP：「0歩先」の案もありましたね（笑）。

sasakure.UK：そうそう！　聞きなれない単語で聴く人をハッとさせたくて。でも、いざ入れ込んでみたらあんまりハッとしなくて……「一歩先」に落ち着きましたね。

40mP：最初にsasakureさんが書いていた歌詞は「一歩先」だったのですが、制作中に（sasakure.UKさんから）「『0歩先』もいいんじゃないか」という提案があって。「メロディーへの乗り方は『一歩先』の方が良いと思います」と提案させていただきました。

歌詞で悩んでいるときって、二択のどちらも合っているという状況が多くなるので、お互いに意見をしっかりと言いながら進められたのがよかったですね。お互いに迷いが吹っ切れるきっかけになったのではないかなと。

sasakure.UK：気になるところについてしっかりと意見を交わして、「どう思いますか？」と確認し合えたのが良かったですね。

40mP：僕が書いた〈後悔も願いも君のうた〉のフレーズも、「後悔」か「ときめき」かで迷っていたんです。「後悔」のほうが良いと思いつつ、ネガティブなワードを入れないほうがいいかなと悩んでいたときにsasakureさんに相談して、「『後悔』にしませんか？」という意見をいただいて。「sasakureさんが推してくれるなら！」と、最終的に「後悔」にしました。

sasakure.UK：この『はじまりの未来』に関しては、明るいだけの曲にしたくなかったんです。楽しいことだけではなく、悲しいこと、後悔する気持ちも含めてすべてを歌にしてくれるミクに救われる、という曲になればと思っていました。

40mP：お互いに意見を交わせたことで、自分の中で悩む時間が減りましたよね。

sasakure.UK：減りましたね！　背中を押してくれるのは心強いです。「40mさんが良いと言ってるから大丈夫だな」と思えたので（笑）。

――お二人の信頼関係も見えてきますね。40mPさんは、sasakure.UKさんの書いた歌詞の中で特にお気に入りのフレーズはありますか？

40mP：全部お気に入りなのですが……先ほどお話しした「伝えたいテーマやアプローチ」を提示していただいた部分でもある、Aメロの〈君と居れば　ほらね、ミュージック〉でしょうか。このフレーズから、このミクがどのような立ち位置で歌っているのかが見えた気がして……「『君』って誰だろう？」と考えながら作業しました。

この部分から、ミクが少し離れた地点から、音楽と「君」の関係を歌っているんだなと感じて。そのあとに続く〈君の手にかかれば、ミュージック〉は僕が応える形で書かせていただいたものなんです。フレーズとしても好きですし、歌詞の方向性が見えたという思い出もあって、お気に入りですね。

sasakure.UK：すごく嬉しいです（笑）。この部分は、最初に40mさんからもらったメロディから少し変わりましたよね。

40mP：そうですね。sasakureさんに手を加えていただきました。

――歌詞ができてから楽曲に調整を加えることもあったのですね。

sasakure.UK：詞先で書いた箇所が多かったので、歌詞にハマらない部分を微調整しました。〈君と居れば　ほらね、ミュージック〉はまさにその部分なので、綺麗にハマってよかったなと。

――今回の劇場版の書き下ろし楽曲の中で、この『はじまりの未来』だけセカイのミクではなく「初音ミク」が歌っているんですよね。

40mP：そうです。その部分は僕もsasakureさんも意識していました。このミクはどういう存在なのか、どこにいるミクなのか……。最終的に、sasakureさんに「少し離れた場所から全体を見ているイメージ」と突き詰めていただきました。

sasakure.UK：このミクは、『プロジェクトセカイ』だけでなく、あらゆるセカイを見守るような存在として書きました。スケールの大きい「初音ミク」をイメージしています。

――タイトルの「未来」という言葉からも「初音ミク」の要素を感じます。

sasakure.UK：タイトルについても、最後の最後まで悩みましたよね。

40mP：悩みましたね！

sasakure.UK：当初は「はじまりのミュージック」というタイトルだったのですが、「ミク要素をもっと入れたい……！」と思って、「はじまりの未来」になりました。

――詰めの段階まで悩み抜いたタイトルなのですね。

sasakure.UK：タイトルは楽曲の心臓部分なので、決めるまで一番時間がかかるんですよね。