アニメ『PLUTO』原作・浦沢直樹さんインタビュー|手塚治虫先生が手掛けた名作『地上最大のロボット』に若者が触れてもらうきっかけになれば
手塚治虫先生はマイナーな人なのではないか
——浦沢さんのお話を伺っていると『PLUTO』という作品が浦沢さんの苦労の上に生まれている作品なんだなと改めて感じました。漫画を描いていた時に特に大変だったことはありますか?
浦沢:もうホントに肉体的な話です。その前に描いた『20世紀少年』の時に体を壊してしまって、結末が描けないんじゃないかという状況だったんです。そのまま本作に突入した際に、正直描ける状況じゃなかったんですが「ビッグコミックオリジナル」は隔週誌で、それを一回置きにすると月イチになるんですよね。
それならなんとか行けるかな〜と。本当は無理なんですけど、2003年アトム誕生の年に、この作品を描く価値をわかっていたので月イチでやり始めてみようと。描けるかなって思っていましたが、この作品への衝動みたいなものが体を描ける体に作り変えていきましたね(笑)。
——公式のインタビューでも、子供の頃の浦沢少年が語りかけてくると仰っていました。
浦沢:それが一番つらかった(笑)。あの頃の手塚ファンである浦沢少年が「下手なもの描いたら、ただではおかないぞ?」と迫ってくる感じ。どんな外野に文句言われようとも、自分自身のあの声が一番しんどいですね。手抜きが一切できなかったのは、あの子のせいですね。
——先生は5歳で『地上最大のロボット』と出会って、何度も読み返されたと思うのですが、作品に再び触れるきっかけはなんですか?
浦沢:まずカッパコミックス。その後、小学館ゴールデンコミックス、そして手塚全集というふうに形を変えて出版されるたびに読んでます。そのうち手塚先生による作品解説なども一緒に掲載されているものも出たりして。
他の漫画作品にはない、なんだかわからない切ない感じがしていましたね。一体それが何なのか、『PLUTO』を描くことで解明されていきました。手塚作品には描かれていない、私の中にある巨大な切なさ、それが一体なんなのか。それを分析して描き残したつもりでいたんですけど、ここに来てまた波のように押し寄せてくる。読むたびに作るたびに繰り返されていきます。
——日本の漫画やアニメ、クリエイティブにとって大きな存在である手塚治虫先生ですが、浦沢先生にとって手塚治虫とはどんな存在ですか?
浦沢:誤解を招くかもしれませんが、手塚治虫先生ってマイナーな人なんじゃないかなと思うんです。大きなマス層に訴えるような作品ではないんですよね。それでも手塚先生が頭ひとつ抜けられたのは、それをもエンターテイメントにしたということです。内容は凄くマイナーで、小劇場でかかるような作品を大きな舞台で発表するにはどうしたら良いか、という工夫が詰まっている。
それはこれからも大事なことで、いきなり発想からマスに向けたものではなく、「どうしたらこれを大衆に届けられるだろうか」という考え方って我々にとってかなり大事だなと。どうしたらみんなが好きなもの作れるかな、ではなく、食いつき悪そうだけど、どうやったらこれをみんなに見てもらえるかなという発想の順序ですよね。
『地上最大のロボット』を現代の若者へ
——偉大な原作をリメイク・リブートすることは、とてつもなく大変な作業だと思うのですが、その作業の意義について浦沢先生はどうお考えですか?
浦沢:おそらく『PLUTO』が真正面からリメイクをする先駆けだと思うんですよね。2003年のアトム生誕にあわせて、何かやらないかというお話を頂いた時にまず浮かんだのが真正面から取り組むことだったんです。
子供の時にどれほど影響を受けたのか、ということが大前提で、子供の頃ファンだった自分からの期待を背負い込んだ大人の行動がリメイクやリブートだと思うんです。
当時の時点で『地上最大のロボット』という作品に若者が触れる機会ってほとんどなかったんです。なかなか目に触れなくなってきたものを、再度目に触れるようにする。これが最大の意義ですよね。
そして、今回2023年になって『地上最大のロボット』を手にする子供や若者、多くの人たちがもう一回読もうという気持ちになる。この流れを続けるために我々は存在している。
原書に帰るきっかけになって欲しいというのもひとつありますよね。1963年に描かれた手塚先生が知り得なかったことを、私達は読みながら加味することができる。ということは、より完全版に近い形で楽しむことができるかもしれないんですよね。リメイクっていうのはそのためにあるかもしれません。
——歴史を語り継いでいきながら、新しいものをプラスしていく作業なんですね。
浦沢:黒澤明監督作品をどんなに素晴らしいって私達が言ったって、あのモノクロ映像や音声にハードルを感じて若者は見れないじゃないですか。そこをなんとかして、見れる形にして、その人達が原版を見てくれるようにする。そこを我々は努力していく必要がありますよね。
——今回のアニメも、きっと浦沢さんの漫画やその奥にある手塚作品を読もうとなると思います。
浦沢:時代の流れや、メッセージを観客の皆さんが体感していただけたら良いですよね。僕はこの話も良くするんですが、夜空の星の輝きは平面的に感じますが、ひとつひとつ距離感がある。その立体感、奥行きのあるスケール感、「こんな奥から光ってるんだ!」という気持ちを体感して欲しいです。
[インタビュー/石橋悠 撮影/小川遼]
作品情報
あらすじ
人間とロボットが<共生>する時代。
強大なロボットが次々に破壊される事件が起きる。調査を担当したユーロポールの刑事ロボット・ゲジヒトは犯人の標的が大量破壊兵器となりうる、自分を含めた<7人の世界最高水準のロボット>だと確信する。
時を同じくしてロボット法に関わる要人が次々と犠牲となる殺人事件が発生。<ロボットは人間を傷つけることはできない>にも関わらず、殺人現場には人間の痕跡が全く残っていなかった。2つの事件の謎を追うゲジヒトは、標的の1人であり、世界最高の人工知能を持つロボット・アトムのもとを訪れる。
「君を見ていると、人間かロボットか識別システムが誤作動を起こしそうになる。」
まるで本物の人間のように感情を表現するアトムと出会い、ゲジヒトにも変化が起きていく。
そして事件を追う2人は世界を破滅へと導く史上最悪の<憎しみの存在>にたどり着くのだった―――。
キャスト
(C)手塚プロダクション/浦沢直樹・長崎尚志/「PLUTO」製作委員会
1989年(平成元年)生まれ、福岡県出身。アニメとゲームと某王国とHip Hopと自炊を愛するアニメイトタイムズの中堅編集者兼ナイスガイ。アニメイトタイムズで連載中の『BL塾』の書籍版をライターの阿部裕華さんと執筆など、ジャンルを問わずに活躍中。座右の銘は「明日死ぬか、100年後に死ぬか」。好きな言葉は「俺の意見より嫁の機嫌」。