
“天幕”は何を隔てたのか? 二項対立から『天幕のジャードゥーガル』を考える【考察・レビュー】
モンゴル帝国の侵略によってすべてを奪われた少女・シタラが、知恵を武器に過酷な世界を生き抜くTVアニメ『天幕のジャードゥーガル』。トマトスープ先生の漫画を原作とし、史実をベースにした物語と魅力的なキャラクターたちで、多くの視聴者を惹きつけています。
本作の歴史エンターテインメントに留まらない魅力は、どこからくるのでしょうか。ひとつの見方として「ペルシャとモンゴル」「知恵と暴力」など、作中に数多く配置された二項対立に注目してみると面白いかもしれません。
本稿では、境界線の中で揺れ動くシタラたちの描写をきっかけに、作品が持つ独自の魅力を考察します。
※幾つかのネタバレを含みます。未見の方はご注意ください
内と外を隔てるもの
「モンゴル帝国」の捕虜となったシタラ(ファーティマ)は、ペルシャでの生活を奪った帝国に対して、仕えるフリをしながら復讐の機会を伺います。彼女にとってのモンゴルは生活の場でありながら、仇に囲まれた敵地。そのため、作中ではタイトルにもある“天幕”=テント(移動式住居・ゲル)という空間が効果的に使われます。奴隷であるシタラにとって、権力者たちの“天幕”に足を踏み入れることは、時として命がけの緊張感を伴うからです。
実際、“天幕”の中で物語が動き出す場面は多く見られます。シタラの主人だった学者一家の形見(原論)を持つソルコクタニと対面するシーンや、盗人に間違えられてドレゲネの前に引っ立てられる場面は、その最たる例でしょう。また、ソルコクタニに密偵を頼まれる展開も、本来なら「内」にいるはずの彼女が「外」で待っているという状況の反転によって、ただならぬ事態であることが演出されていました。
つまり、この作品の“天幕”とは単なる舞台装置ではなく、「内と外を隔てる(境界線を引く)」メタファーとして機能しているのではないでしょうか。境界線を引く行為は、物語に配置された様々な二項対立の発生に繋がります。例えばペルシャ(定住民)とモンゴル(遊牧民)、奴隷と主人、知恵と暴力——。主人公のシタラは幾重にも引かれた境界線のあいだで引き裂かれ、苦悩する存在なのです。
シタラとドレゲネの立体的な関係性
本作における二項対立を最も象徴しているのが、第三皇子オゴタイの第六妃・ドレゲネとシタラの関係性です。少女と妃。支配する/される側という真逆の立場でありながら、モンゴルへの憎しみを共有するふたりは、数奇な運命に導かれて協力関係を結ぶことになります。特に秀逸なのは、ふたりが時間軸のズレによって共鳴している点です。
シタラから見たドレゲネは、復讐の炎が消えないように薪を焚べ続けながら、巨大帝国の中枢へと入り込んだ「少し先の自分(未来)」。一方、ドレゲネは愛おしい記憶を思い出させ、自分が奪われた側の人間であることを痛烈に意識させる少女として、シタラに「少し前の自分(過去)」を重ね合わせます。
このような視線の交錯は、対立構造の先=人間の複雑さを捨象しない立体的なドラマが成立する要因のひとつではないでしょうか。
二項対立を問い直す
シタラとドレゲネの関係性のように、本作は二項対立をただ描くだけではなく、それらを「絶えず問い直す」性質を持っています。
大帝国の暴力に知恵で対抗しようとしたシタラがモンゴル側の合理性や文化に触れ、思わず感心してしまうシーン。あるいは、時間の経過とともに凄惨な過去が遠ざかり、未来を想像する中で憎きモンゴルを赦してしまいそうになる瞬間。突き詰めて考えると、知によって帝国を内側から崩壊させようとすること自体にも、ある種の暴力性を感じてしまいます。それはまるで“天幕”が風に揺れ、内と外の境界がぼやけるように、「対立する概念の中にもう一方が内包されていた」と気づかされる体験です。
そもそも「歴史」という概念にも事実と解釈のせめぎ合いが常に存在します。同じ出来事でも、帝国から見た世界とシタラから見た世界は大きく異なるでしょう。
現代人である私たちが歴史について考える際にも同じことが言えます。この繊細なグラデーションと向き合い続けること。トマトスープ先生の創作に対する姿勢が、作品全体の「誠実さ」に結びついていることは間違いありません。
おわりに
我々の生きる世界は複雑です。しかしその只中で問い続け、学びを止めないシタラの姿に勇気をもらった方は多いはず。
ぜひ『天幕のジャードゥーガル』が描くテーマについて、家族や友人と語り合ってみてはいかがでしょうか。そこには「自己」を手放さないための気づきが隠されているかもしれません。
[文/小川賢人]
『天幕のジャードゥーガル』作品情報
あらすじ
復讐の絆で結ばれた二人が、地上最強の帝国に嵐を起こす――。
母を亡くし、故郷からも遠く引き離された幼い少女・シタラは、
学者一家の心優しい奥方・ファーティマに拾われる。
「勉強して賢くなれば、どんなに困ったことが起きたって何をすれば一番いいのかわかるんだ」――
ファーティマの息子・ムハンマドの言葉に心を揺さぶられたシタラは、
"知"の可能性と大切さを知り、教養を深めていく。
いつの日にか、ムハンマドに追いつくことを夢見て……。
その頃、皇帝チンギス・カンによる地上最強の「モンゴル帝国」が日に日に勢力を拡大していた。
その歴史のうねりは、ついにシタラの住む街をも巻き込んでいく。
帝国の第四皇子トルイによってすべてを奪われ捕虜となったシタラは、
ただ一つ残った“知恵”を駆使して王族に取り入り、帝国を内側から崩壊させようと決意する。
奥方から受け継いだ"ファーティマ"を名乗って。
心に復讐の炎を宿しつつ、表向きは帝国に仕える身となったシタラはある日、第三皇子オゴタイの第六妃ドレゲネと運命的な出逢いを果たす。彼女もまた壮絶な過去を抱え、心の内に帝国への深い恨みを秘めていた。
シタラとドレゲネ。
出逢うはずのなかった二人が手を取り合うとき、運命が大きく動き始める
キャスト
(C)トマトスープ(秋田書店)/天幕のジャードゥーガル製作委員会
































