“無意識を刺激する”計算された画作り。一瞬に詰め込まれた意図の数々―― TVアニメ『薬屋のひとりごと』監督・シリーズ構成:長沼範裕氏インタビュー
多くの人を惹きつけるための“落差”
――アフレコ面のお話も伺います。第4話で猫猫が怒るシーンが原作よりも静かになっていて印象深いです。
長沼:人に対して怒るとき、ガッと怒鳴るより、落ち着いたトーンのほうが効果があるなと思って。でもあそこのシーンは、悠木(碧)さんが最初から仕上げてくれていたんです。自分自身、アフレコの声を聞いて「そうだよね」と再確認して、完成版に至ります。悠木さんのすごいところは、映像から汲み取る力と、その汲み取ったものと原作を読んだときのイメージを合わせた答えを出すところなんです。そもそもの勘の良さや頭の回転力の高さがすごいんだと思います。
――自分の中でこうくるだろうな、というパターンをイメージしていたので、良い意味で予想を裏切られました。
長沼:それは非常に重要で、見ている人には当然パターンがあるんですよ。そのパターンに乗るときもあれば、思いっきり外さないと失敗したように見えるときがあるから落差を出すこともあって。
――落差ですか?
長沼:例えば、猫猫の「これ、毒です」というシーンは、PVでもたくさん見ているかと思いますが、ながらでパッと見ただけの人に最後まで見てもらえるように、意図的に「これ」「毒です」で落差を出して、そのあとの音楽でしっかりとキャッチするように作っています。でも本編の「これ、毒です」は意図が違うので、猫猫の感情のまま、皆がイメージする「これ、毒です」に寄せた言い方にしていて。
――PVとは別で録っていたんですね。
長沼:そうです。多くの人に『薬屋のひとりごと』を見てもらうために作り方やアプローチを変えていたりします。
――たしかに、PV版は少し違和感を感じました。
長沼:知らない人にどう広めるのか、どうやって何回も見返してもらえるのか。違和感を持ってもらって、そのあとでちゃんとキャッチするように意識して作っています。だからアニメ「薬屋のひとりごと」は、原作よりだいぶライトに作っているんです。
――なにか理由が?
長沼:アニメを見て、ちょっと気になるところがあれば漫画を見て、また気になるところがあれば原作を読む流れが大半だと思ってるんですね、そこを狙っていて。そしてその上でアニメをまた見てもらえればまた違った発見があって。僕はその循環を心がけて作っています。
意図を汲み取るキャスト陣
――会話劇が重要な作品かと思います。改めてキャストの演技をご覧になった感想を教えてください。
長沼:モノローグのオンオフの使い分けがすばらしいなと。そもそも本作のキャストは、悠木さんをはじめ、モノローグとしての言い方、オフのとき、オンのとき、会話のとき、全部を使い分けられる人で固めています。そのおかげで、同じ長セリフでも「今は会話なんだ」「今は独り言なんだ」「これは説明なんだ」とわかりやすいんですよね。そうすると今度、聞かせたい大事なところは音楽や色使い、あとは余計な情報を入れない引き算をして組み立てることができるんです。
――引き算ですか。
長沼:聞かせたいのにワチャワチャ動いていると集中できないじゃないですか。そういうときは潔く動きを止めています。そして、見ている人の感情を捉えたいときに最適な色使いやカット、音楽の使い方を持ってくる、という作り方ですね。
――キャストの演技を受けて画に変化を加えたりはしましたか?
長沼:セリフの振り幅をどっちに寄せようか考えた際、キャストさんの言い方やイントネーションを参考にすることはありましたが、基本的には芝居を受けて画作りを変えることはなかったです。自分の画作りは構成・シナリオ・コンテの段階で固まっているので。もちろん絵作り、表情や芝居はキャストの演技に合わせて修正や変化を加えていますよ。
――キャストにはどんなディレクションをされたのでしょうか?
長沼:音響監督のはた(しょう二)さんに全て伝えているので自分からはそんなにはしていません。はたさんとは昔から一緒に仕事をしているので、自分がなにを望んでいるのか、どういうテーマなのか、どういう風に取り組んでいるのか理解していただいているので。だから多くは話していなくて。なので、自分から伝えるときは、大きく変えるというよりは軌道修正の意味が強かったかもしれないです。やはり、キャストさんのお芝居がすでに出来上がっていますから。
『薬屋のひとりごと』のキャストさんは変えてほしい部分を一箇所伝えると、自動的にそれに連なる部分を全部修正してくれるんです。そういった点を含めて、今回のような技術力がある方々にオファー出来て感謝です。
――意図を汲み取ることも技術力なんですね。
長沼:もちろんです。この先、猫猫がある女性のことを「馬鹿な女」と言うんですが、これは自分自身へのセリフでもあって。アフレコ中、最初は冷たく言っていたんですけど、少し柔らかくしてもらったことで先々の展開であったり、「親と子」「心の成長」に繋がるんですよね。
――細かな調整が先々に繋がったんですね。
長沼:悠木さんはこれができてしまうからすごいんですよね(笑)。
――監督はXにて、各話のテーマについてはもちろん、スタッフやキャストを積極的に紹介されていますね。
長沼:監督だからですね。自分は監督というものは作品であったり、作品作りの意図を伝えないといけないものだと思っています。そうしないと意図したフィルムにならないんですよね。
そして作ったものが視聴者の方に受け入れられることもすごく重要です。スタッフの皆さんに大変なことをお願いしているので、ありがたいことに放送後の反応が良くて監督としてホッとしてます、放送までは視聴者の反応が見られるまでに時間がかかるから大変だったんです。制作段階では「ここまでこだわる意味はあるのか?」ということで迷うことがあるので。
――結果、すごく話題になっています。
長沼:嬉しいことです。原作のターゲット層に向けてピンポイントに作ることはひとつの答えだと思いますが、今回はターゲットを幅広くして『薬屋のひとりごと』というコンテンツをより盛り上げていくことに重きを置いています。放送されるまで結果はわかりませんでしたが、実際、小学生に見てもらえたり、原作やコミックの重版が決まったりして。自分としてはアプローチの仕方が間違っていなかったんだと少し肩の荷が下りました。
【インタビュー MoA】
『薬屋のひとりごと』作品情報
あらすじ
名前は、猫猫(マオマオ)。
花街で薬師をやっていたが、現在は後宮で下働き中である。
ある日、帝の御子たちが皆短命であることを知る。
今現在いる二人の御子もともに病で次第に弱っている話を聞いた猫猫は、興味本位でその原因を調べ始める。呪いなどあるわけないと言わんばかりに。
美形の宦官・壬氏(ジンシ)は、猫猫を帝の寵妃の毒見役にする。
人間には興味がないが、毒と薬の執着は異常、そんな花街育ちの薬師が巻き込まれる噂や事件。
きれいな薔薇にはとげがある、女の園は毒だらけ、噂と陰謀事欠かず。
壬氏からどんどん面倒事を押し付けられながらも、仕事をこなしていく猫猫。
稀代の毒好き娘が今日も後宮内を駆け回る。
キャスト
(C)日向夏・主婦の友インフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会