
劇場アニメ『ひゃくえむ。』公開記念対談! 魚豊さん(原作)×岩井澤健治さん(監督)が語る“走ること”と“生きること”
監督の劇伴へのこだわりと豪華キャスティングの中でマストだった声優とは?
──魚豊先生も納得する映像だったということでしょうか?
魚豊:役者さんたちの声がイメージ通りで、めっちゃハマっているなと。また劇伴が抑制的だからこそ、流れている時にはテンションが上がるし、流れていない時も音が聴こえるのがいいなと思いました。
岩井澤:アニメーションで声がハマらないとガッカリしちゃうし、ノイズになってしまうので、それは絶対に避けたくて。なのでキャスティングはキャラクターとマッチするように要望として伝えました。
音楽は一般的には映像に寄り添ったり、邪魔しないように盛り上げることが多いと思いますが僕の好みとしては、音楽が前に出ても構わないし、むしろ印象に残ってほしいなと思っていて。音楽担当の堤(博明)さんに要望としてハッキリ伝えたのは「メインテーマを作ってください」と。キャッチーで耳に残る音楽が一つ欲しくて。メインテーマを作る過程でできた曲たちは他にシーンで使われているので、結構ぜいたくな作り方だと思います。
──トガシ役の松坂桃李さんと小宮役の染谷将太さんは高校時代から社会人まで演じていますが、素晴らしいお芝居でしたし、絶妙なキャスティングですね。
岩井澤:本当にそうですね。こちらが二人にやってほしいと思っても実現できるとは限りませんが、今回やっていただけて、恵まれているなと思いました。
──周りの声優陣もお芝居に定評がある方ばかりそろっているのもすごいです。
岩井澤:『ひゃくえむ。』を読んだ時、海棠の声は完全に津田(健次郎)さんでした。なので今回のお話をいただいた時に一番最初に決めたのも津田さんでした。その時は『チ。』のキャスティングを知らなくて、数カ月後にノヴァク役をやられると聞いて、「考えることはみんな一緒なんだな」と思いました(笑)。
──財津役の内山昂輝さんも適役だなと思いました。
岩井澤:内山さんと津田さんはかなり早い段階で希望を出させていただきました。イメージ通りで、声でまたキャラクターに命が吹き込まれるので、そこでまた魅力が加わるし、クオリティーが上がりました。本当にキャスティングは重要だなと改めて思いました。
魚豊:今回のキャスティングは本当にハマっていますね。主役のお二人もイメージ通りで、描いている当時は声まで考えていなかったけど、今にして思えばお二人の声みたいな感じだったなと。他のキャストさんたちも皆さんハマっていて、演技をやられる方は凄いなと思いました。
魚豊先生が20代前半で『ひゃくえむ。』を描けた理由
──『ひゃくえむ。』は小学生時代から社会人までの「光と影」や「栄光と挫折」そして社会人の悲哀などが描かれていますが、魚豊先生が20代前半で描かれていると知った時は衝撃的でした。
魚豊:当時、死ぬのがめちゃくちゃ怖かったからでしょうか。今でも怖いですが、当時は比じゃないくらい恐れてた。人生に限りがあるから真剣な冒険ができるわけで、死ぬことを意識しないと時間感覚も定義できない気もします。僕は死ぬのが怖いので、その気持ちが『ひゃくえむ。』という作品に出力されたのかなと思います。
──ゴールが見えているからこそ、スタートまで逆算できると。まさに100m走みたいですね。
魚豊:そうだと思います。描いている時はそう思わなかったけど、ちょっと前に松坂さんや染谷さんとお話しして思ったんですけど、役者さんって"本番"がある仕事ですよね。
で、それはアスリートもそうで、この作品は"本番"について色んな角度から考えているものだなと。例えば、そもそも本番ってのは幻想ですよね。日常に、あるゲームのルールを導入する事によって、勝手に本番って領域を架構してるだけなわけです。
でも、本番があるから、本番以外の、例えば練習なんかに意味が生まれるわけで、そういった感じで1つピンを打つと逆説的に外部のいろいろなものの意味が色づいて立ち上がってきます。
実は、コンテンツを見るのもそういうことだと思って、マンガを読んだり、映画を観たり、文学を読んだりすると、それがピンになって、作品外の、つまり現実の日常の意味付けがなされていく、みたいな。
この構造を敷衍すると、死ぬという絶対的なことを一番大きなゴールに設定すると、その前の練習している緊張の時間が生きている時間で。つまり死によって、立ち返って生を考える事が出来て、生き生きと毎日を暮らす事が出来るわけです。常に内部は外部から定義されるんですよね。
──哲学科出身の魚豊先生ならではですね。監督は先生のそんな想いを映像にし切れましたか?
岩井澤:『ひゃくえむ。』はキャラクターそれぞれのセリフなど難しい作品です。僕は魚豊さんと真逆のタイプだなと思っていて、作品作りだけではなく、普段の生活も感覚やパッション、勢いでやってしまうタイプで。『音楽』の時も「自主制作で長編アニメを作っちゃえ! 何年かかってもやっちゃえ!」という感じだったし、まったく計画性がなくて。やり始めるとどうにかなったりするので、それほど深く考えていない気がします。
魚豊さんのマンガは、絵やセリフが自分の中にめちゃめちゃ入って来るんです。新しいと感じるのは「こういう考え方があるんだ!?」と気付かされるからなんですよね。今のお話を聞いていても思いましたが、たぶん同じようなことをみんなも考えていたり、感じているけど、魚豊さんはちょっと視点が変わった見せ方をされたり、キャラクターの言葉を投げかけてくるので、ハッとさせられることが多いです。「シンプルな言葉なのにこういう組み合わせでこういう意味合いになってくるんだ!?」という発見がめちゃめちゃありました。
またキャラクター同士の対話は映画の見せ場として、なかなか作りにくいけど、魚豊さんの作品はそこが見せ場で。自分はそれを感覚的に捉えているけど、それを深く理解して、自分の中でまた消化して考えなければいけなくて。あとキャラクターの言葉が巧みかつ哲学的で、キャッチーなので取っつきやすかったりするので、そのあたりの魅力を感じて、作品を作りました。それがうまく形にできたのかはわからないですけど。
──この映画の見どころのご紹介、そして原作ファンの方、そして映画で初めてご覧になる方へメッセージをお願いします。
岩井澤:原作とはちょっと違う『ひゃくえむ。』の世界になっていますし、それでいて原作ファンの方が観たいあのシーンやセリフも入っていますので、すべて楽しんでいただけたらと思います。
この映画で初めて『ひゃくえむ。』に触れる方にも楽しんでいただけるものになっていると思います。気に入っていただけた方は原作にはもっと深い心理描写がされていますし、映画で描けなかった部分もたくさんあります。ぜひ原作と映画を両方楽しんでいただけたら嬉しいです。
魚豊:原作の良さと映画を観た時の良さには違うところがあります。どちらの良さも重なっていないので、どっちを見ても食傷にならず、2度美味しいと思います!ぜひ映画も観てほしいし、原作も読んでほしいです!
[文・永井和幸]






































